忘れられた街(3)
リークリットの街から少しだけ外れた草むらの中、そこには池があった。
澄んだ水の色からは想像できない程に底は見えない。
回りが薄暗いからか、それとも水深が深いからだろうか。
池のほとりに二人の人物が並ぶ。
髪の長い方が目を瞑り、両手を握り締め、ゆっくりと懇願するような祈りを捧げる。
「水の妖精ユーテリアよ、道を教えて。」
少しすると、祈りが辿いたのだろうか、微かな風の流れが静かに身体を通り過ぎる。
続いて、池の表面に少しずつ小波が生じ始め、ゆっくりと、しかし確実に池の波紋は大きくなっていく。
それはやがて、人が池の中で暴れているかのように大きな水しぶきを上げ、そして徐々に波打つ水面の一部が左右に分かれていき通路を形成していく。左右に寄った水は静かになり、見えなかった池の底を露にする。
そこには池の端から、底へと石の階段が続いていた。
「良かったわ・・・本当にあって。先へ行きましょうか。」
ユーリアは階段の上から中を見つめた後、少しだけ後ろの街を見る。
彼らに対し、突然姿を消して悪かったという罪悪感がある。
彼らが悪い人では無いことは理解している。けれでも、これ以上は本当に危険に巻き込んでしまうだろう。
一般人である彼らを死地に向かわせることは出来ない。自分のために死人を、犠牲を出す訳にはいかないのだ。
そう思って初めから、隙をついて3人の前から消えるてはずであった。
本当なら、少し恥ずかしいのだけれども、私がトイレに行き、それにヘンゼルが付き添って消える予定であった。
けれども何故か、彼らは街の入口で有り得ないほどに大きく注意を逸らしたのだった。
それはユーリア達にとっては想定外だが都合がよく、完全に【索敵】の効果が無くなったのを感じたヘンゼルが直ぐに行動に移し、私と共に気配を消すスキルを発動させ逃げたのだ。
・・・本当に彼らには悪いことをした。
ユーリアは街の方へと頭を下げて、小さく「ごめんなさい」と謝ることしか出来なかった。
「私が先頭を努めます。ユーリア様は後に。」
先に階段を踏み出したヘンゼルは、いつでも剣が抜けるよう柄を握り締め、ゆっくりと足を進める。
剣を握った手からは緊張からか、汗が滲んでいる。
そして、直ぐに彼女らは池の底へとたどり着いた。
そこで二人は周りを注意深く見て気づいた。
その池は一つ一つの巨大な岩を組み合わせて作られており、池というより大きな井戸のような作りであった。
この池は明らかに自然物では無い。
さらに彼女らの目の前には、回りとは明らかに違った一枚の平らな石の壁が存在していた。
まるで一枚のガラスのような壁であり、光沢があるように感じる。
「間違いないわ。伝承の通り、ここが目的の場所よ。ついに見つけたわ。これで、これでやっと悲願が達成できるわ。」
彼女は泣きそうな顔で微笑むと、そっと扉に両手で触れる。
すると、その動きに反応するかのように平らな石が徐々に青白く発光していく。
綺麗な光りだった。薄暗い池の底をキラキラと照らしだし、そして一瞬にして発散し消え去ってしまう。
石があった場所には、代わりに先へと続く空洞が口を開けていたのだった。
「す、すごいですね。石が消滅しました。」
「消滅では無いようよ。たしか・・・元からここには何も無く、結界の一種であるようよ。幻術の術式が施されているらしいわ。」
「そうなのですか。それでもこのような結界など見たことがありません。これも失われた術式の一つなのですかね。」
ヘンゼルは壁際を手で摩りながら、珍しいように見渡す。
目の前に出来た通路の壁からは小さな光りが輝いており、静かに内部を照らしている。
二人はその空洞にゆっくりと足を進めていく。
天井や壁を見渡せば、恐ろしい程に滑らかな石の通路であるようだ。足裏に感じる感触から、床の硬さが伝わってくる。
その壁や床は削った大理石を正確に敷き詰めたようにも思える。
しかし、不思議なことに継ぎ目が一切見当たらない。もしかしたら目に映らない程の技術で繋ぎ合わせたのか、もしくは元々繋ぎ目などないのか・・・
どちらにせよ、それは彼女らが見たことすら無いものである。
「これも古代の技術なのでしょうか?」
「きっとそうだと思うわ。流石にそこまで詳しくは書かれていなかっけれど、こんなもの作るなんて私たちでは無理ですもの。・・・あっ!みてヘンゼル、先が見えてきたわ!」
二人は足早に先を急いだ。
そして、ついに通路の終点、その四角い部屋に到達したのだった。
目の前に現れた部屋は、普通の家のひと部屋ぐらいの空間であり、あたり一面が通路と同じように輝いていた。
そして、入って直ぐに視線が奥へと惹きつけられる。
なぜなら、殺風景な部屋にただ一つだけ、奥の壁の手前に美しい女性の石像が鎮座しているからだ。
目を細めて見てみるが、その石像に見覚えは無かった。
その翼がある女性の像は、両手を差し出すように形作られていた。
そしてその両手に乗せられているものが一つ。
ブルーに煌き、恐ろしい程に極めの細かい色とりどりの細工が施された鞘、そこにはひと振りの剣収められている。
宝剣と言っても良いだろう。いや、そんな言葉では収まりきれないほどの見事な剣であった。
それはどちらからだろうか、微かに息を飲む音が聞こえる。
剣を見つめていたユーリアがゆっくりと近づき、そして、それに手を伸ばし・・・・
「なるほどな。そういう事か。」
ユーリアの指先が剣に触れる寸前、男の声が部屋に響いたのだった。
咄嗟に自らの剣を抜刀し、振り向くヘンゼル。
驚いて身を翻すユーリア。
二人は視界に入った人物を見て目を見開く。
そこには、部屋の入口、通路に立つコウ達三人の姿があったのだ。




