忘れられた街(2)
「そ、そんなバカな・・・・ここが『始まりの街』だ・・と。」
俺たち冒険者はゲーム内の最初の街である、『リークリットの街』を『始まりの街』と呼んでいた。
俺の後ろから同じように、柱の文字を覗き込みに来た二人も、有り得ないものを見るように目を開き、息を飲む。
「えっ?これはどういうことなの。ここが私たちの知っているあの街だというの。いえ、でもやっと思い出したわ。どこかで見たような街だと思っていたら、そういうことだったのね。」
「なるほど。確かに私にも見覚えがありますぞ。まさか、我々の知っている場所がこんな所に実在していたとは驚きでしかたありませんが。」
ただし、本当にそんなことがあるのだろうか。もしかすると似たような街であり、この標識も偶然かもしれない。
あまりに信じられない事態に、
「これは一体どういうことだ?二人は何か知って・・・・」
標識に釘付けだった視線を後ろへと向けると、ヘンゼルとユーリアの姿が無い。
少し前までは確かにいた筈なのに、いつのまにか気配と姿が消えている。
俺たちは、あまりに驚くべき事実を前にして、完全に彼女らの存在を失念していたのだ。
「ふむ、どうやら姿を消しましたかな。」
爺さんの一言に状況を察する。
今の俺たちから気配を消すには、意図的に行わなければ無理だろう。
それも、三人が同時に注意を逸らす瞬間でなければ難しいはずだ。
それが、今この瞬間だったのだろう。
つまり彼女らは、隙を見て『わざと』に姿を消したのだ。
「どうするの?二人を探す?」
「いや、二人とも何か目的があって消えたのは確かだろう。それに、索敵には未だ魔物が一切かからない。こんなに広い範囲で長い時間魔物の反応がないということは・・」
「安全地帯、という可能性が高いということね。」
「そうですな。それに彼らも子供ではありません。もしもの場合には危険を知らせることも出来るでしょうな。」
「ああ、その通りだ。だったらまずは、俺たちは俺たちで確かめなければならないことがあるだろう。そのためにも、街の中に入ってみるかしかないだろうな。」
「そうね。分かったわ。」
俺たちは恐る恐る街に足を踏み入れ、注意深く周りの建物を確かめながら歩く。
そして可能性が確信へと変わる。
小さな家々の形や配置、街の中央にある朽ちた噴水の形、どれもこれもが確かに記憶にあるものだ。
「どうやら本当にあの街みたいだな。」
途中、小さな教会を通り、そこで俺は思い出す。
ここがもし本当に『始まりの街』であるならば、あれが存在しているはずだ。
それを確かめるのに、緊張しているのだろうか、俺の手の平が汗で濡れるのが分かる。
教会の扉は長らく使用されていなかったのだろう、鈍い音をたてているが、なんとか開くようであった。
そして、その中の礼拝堂には長椅子が通路の両脇に数列ずつあり、半数以上は朽ち果てていた。
さらに、通路の突き当たりにある埃まみれの大きな窓の前には、背中に羽が付いた大きな女性像が設置されている。
何かを祈るように手を組み、目を瞑る美しい女性の像である。
さらにその女性像の目下には・・・
「えっ!?これはどういうことかしら!!無いわ。」
「あぁ、『転生の石台』が消えているな。」
【転生の石台】とは、システム上、俺たちプレーヤーが初めに召喚される場所だ。
ゲームでは、その石台の上に寝た状態から目を覚ますことでゲームが始まるのだ。
さらに死亡した場合などは、そこからまた始まるのである。
その形は3~4人が寝られるくらいには大きく、表面には魔法術式の文字と絵が刻まれている長方形型の石であった。
「ふむ、お嬢様、コウ殿見てみてくだされ。『転生の石台』があった場所に窪みがありますぞ。これはもしや、持ち出されたのではないでしょうか。」
爺さんが片ひざを着き、地面を手で探りながら言う。
その窪みは丁度石台の大きさであり、そこだけが長方形型に地面に数ミリの陥没を作っていた。
「この街の様子から、ここが始まりの街である可能性はかなり高いはずだ。それに、その位置や、痕跡から石台があったのも事実だろうな。しかし何故だ。何故石台が持ち出されているんだ?」
「そうね、そもそも何時頃持ち出されたかも問題ではないかしら。周りを見る限り結構古く感じるのだけれども。下手したら遥か昔かしという場合もあるわ。そうだとすると調べるのは無理ね。ねぇ爺、あのスキルは使えるかしら?」
問われた執事は、心得たとばかりに首を縦に振ると、石台があった場所に手を当て、
「【鑑定】・・・ふむ、解りましたぞ。どうやらこの跡は300年ぐらい前のものですな。けっこう古いものですぞ。」
「爺さんあんた、鑑定スキルも使えたのか。」
爺さんの得意げな顔を見て、俺は少し呆れる。
鑑定スキルとは名の通り、物事の詳細を知る魔法であり、そのランクは5段階まで存在する。
今爺さんが使用したのはその中でも上位のレベルである。
殆どの者は低レベルしか獲得はしない。それだけで事足りるからだ。
上位レベルで分かるのは、物の年代や使用されている材料などであり、一部のゲームマニアがマニュアルに書かれている以上のことを知りたい場合に使用するものだ。システム内の物を、ただ知りたいという欲求だけで獲得される、マニアの領域であるスキルだ。
確か、鑑定屋という店まであり、自分の武器がゲーム上どのような設定であるか詳しく知りたい時など、頼む者がいた事を思い出す。
「300年前か。それなら、その時に誰かがここへ来たということなのか?なぁ、そのスキルで、この街がいつ頃からここに有るのか調べることはできないのか?」
執事は目をつぶり、首を左右に振って否定する。
「私も既にそれを考えました。しかし、村全体という集合に対しては効果を発揮しないのが事実です。分かるのは個別の存在や痕跡がいつ出来たかですので。」
そして爺さんの話では既に、街の名が彫られた石柱に魔法をかけたらしい。
そこから得られる情報はいつ文字が掘られたか、いつ石柱が立てられたかであるが、実際はエラーで何も分からなかったという事だ。
それが何を意味するのか爺さんにも分からないらしかった。
そして、難しい表情で言う。
「それよりもコウ殿、状況が状況なだけに、もはや事情を追求しなければならない事態なのも確かだと思いますぞ。」
「そうね。ユーリアとヘンゼルだけではなく、この場所は私たちにとっても既に重要な場所ですもの。ここにいてもきっと二人は戻ってくるかもしれない。だけれども、こうなったからには彼女らがどうして始まりの街を知っていたのか、何を知っているのか聴く必要があるのは事実よ。もしかしたら、口を閉ざすかもしれないけれどもね。貴方はどう思うかしら?」
「そうだな。もはや、俺たちにとっても重要な案件であるのは確かだ。しかし、今までの様子からユーリアたちが目的を教えてくれないこともあるだろうな。本当ならあまりやりたくはないが・・・・後を付けてみるか。」
「は~~~・・・結局、あれを使うことになるのね。あまり感心は出来ないのだけれども。後で怒られても知らないわよ。」
ルリの言葉に俺は悪巧みをするように口を釣り上げるのであった。




