オルガ神殿廃墟(2)
「【聖光】!」
コウの杖から流れ出る白い光りが、薄暗く肌寒い地下回廊を照らす。
「隣から一体すり抜けた、頼むルリっ!」
「えぇ、任せてちょうだい。」
頭蓋骨の両眼の奥から、不気味に赤い輝きを灯しながら、歯をカチカチ鳴らし、片手にナイフ、片手に木盾を持って襲ってくる白骨死体。
強敵ではないが、その速度は人間並に速く、その容姿は恐怖を与える。
コウの叫びに反応したルリが、傘の切っ先をアンデットに向ける。
「えいッ!」
一瞬、気合を吐く音がルリの口から漏れる。それと連動して彼女の強烈な突きが骸骨の頭部を貫通する。
そして、攻撃を受けた骸骨はその場にバラバラに崩れ落ちる。
低級アンデットの弱点は聖属性と頭蓋骨という情報はこの世界でも有効であるようだ。
「新手だな。前方20メートルにキャスターが数体だ。」
「私が行きましょう。」
前に走り出たのは初老の執事だ。
姿勢を低くし、既に横に構えているステッキを片手に、前方へ疾走していく。
直ぐに距離を詰め、接敵すると、素早く片脚を踏み込み、身体を回転するように捻りながらステッキを叩き付ける。
その腰ごと、身体を鞭のように捻った一撃は強大である。
スイカが割れるような鈍い音が響き、キャスターの身体に「くの字」に武器がめり込み、数体が地面にグシャッと落ちていく。
「これで全てですな。どうやらあまり大したことの無い様子でなによりですな。」
俺たちはオルガ神殿の本殿脇にある、小さな建物から地下への階段を降った。
地下は無数の部屋や通路が広がるまさに迷宮であった。
広大な倉庫のようであるが、時々、石棺も見受けられた。なるほど、どちらかといえば墓地に近いのかも知れない。
そして、中を進むと、様々な魔物が時折襲って来るのだ。しかし、それほど強敵では無く、群れで攻撃されると多少のダメージを負うくらいで済んでいる。
「よし、他に敵はいなさそうだ。ダメージの状態はどうだ?いけそうか?」
既に何度目になるだろうか、俺は皆に安否の確認を行う。
「あら、ユーリア貴方、手に怪我をしているみたいね。ちょっと手当してあげるわ。」
暗く見づらい洞窟内で、ルリが心配そうに彼女の手を取り、持っていた薬草を塗りつける。
塗りつけたその場所から、青白い光りがほんのりと放出され、気づけば血は止まり、傷が完全に消えている。
「ルリ様、ありがとうございます。おかげでこの通り完全に回復しました。」
「お役に立てて何よりだわ。まぁ、このアイテムは元々コウのものだけれでもね。大量に持っているから大丈夫よ。それに・・・様はつけなくていいわよ。」
「ええっと、そうですか。では、その・・・ルリさん・・・」
彼女の頬が暗闇でも判るぐらいピンクに染まる。まるでこちらまで熱が伝わって来るようだ。
「それでいいわよ。ただ・・・少しだけ罪悪感もあるのだけれども、これも全てはコウのせいね。」
「?」
最後に小さく言った言葉の内容が分からなく、戸惑いを見せるユーリアに対し、ルリはただ微笑みを返して言葉を変えた。
「それにしても先ほどから、アンデットやキャスターばっかりで辟易するわね。」
「はっはっは、お嬢様、それは考えようですぞ。これが現実的なお化け屋敷だと思えばまた一興かと。」
爺さんのアイディアにルリはジト目で答える。
「私がお化け屋敷好きかどうか知っているでしょう?」
爺さんが困ったように笑うと、ユーリアが不思議そうに尋ねた。
「お化け屋敷?それは何ですか。お化けの屋敷ですか?それが良いのですか?」
「ん~~~、いえ違うのよ。お化け屋敷って言うのはね・・・・」
ルリがお化け屋敷について懸命に説明をし、ヘンゼルまでもが興味深げに聞き耳をたてている。
彼女のそんな雑談のおかげで空気が少し明るくなる。
現実に暗い通路を、地下へ地下へと進むのは想像していたよりも不気味で疲労感を伴った。
ゲーム画面とは全く違い、感じる空気の冷たさ、響く足音や水滴の音、鼻に付くカビ臭さや埃臭さ・・・
なによりも、何時何処から襲われるか分からない魔物の恐怖は、体験してみないと理解できないものがある。
「・・・それでね、怖さを擬似的に体験するのが面白いって言うのよ。」
「そんなものがあるのですね。不思議ですね。」
「そうでしょ。作った人の気がしれないわよね。」
ルリの意見に何度か小さく頷くヘンゼルの姿が見える。
どうやら、ルリの説明が終わったようだ。
「ところで、最下層がどのくらいかわかるのか。」
既に数時間は進み、広い地下も4階近くを下っている。
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3~4時間で到着したそこは、現在の最高到達地点であり、最下層と言われる場所である。
一つの大きな部屋、教会の大広間ぐらいはあるだろうか。
四角い部屋には誰かが使われていた、壊れかけた机や寝台などの家具が無造作に放置されている。
まるで巨大な応接間のようでもある。
「ここが最下層か。ただの大部屋にみえるが。」
「どうやらそのようね。辺りに階段も無いし行き止まりですもの。本当にここでいいのかしら?」
「ふむ。随分と古い調度品ですな。かんなり壊れていて使いようがありませんな。」
俺たちの言葉を余所に、慎重に部屋を見渡し、何度も手元の紙と見比べているヘンゼルとユーリアがいる。
何やら二人は視線で会話しながら、時に頷いたりしている。
そして、何かに気づいたのだろうか。二手に分かれ、壁と壁の両側に向かい歩き出す。
ヘンゼルは壁にある暖炉を、ユーリアは反対にある大きな柱に彫られた彫刻を調べだした。
しばらく二人の様子を傍観していたが、そろそろ、どうしたのかを聴こうと思ったときであった。
「な、なんだっ?」
「お嬢様っ!」
何やら石が擦れるような音と共に、小さな揺れを足に感じた。
俺は直ぐに姿勢を落とし、杖を構える。
同時に、爺さんがルリを庇った。
異音と揺れは短い間で終わり、どうやら地震でも魔物の襲撃でも無いようである。
「今のは、なんだったんだ?」
「えっ?ねぇ、コウ、あれを見て・・・」
彼女にとっては珍しく、驚いた声を出す。
俺は、そんな彼女が指差し見ている方に視線を向けた。
そこにはいつの間にか、暖炉の奥に大きな入口が、地下へ通じる階段が出現していたのだった。
「なるほど・・・隠し通路ですな。」
爺さんの言うとおり、それは隠し通路である。ただ、俺たちの知っている隠し通路は、こんな低級ダンジョンには存在しないのが普通である。さらに、存在しても数は珍しい代物だ。その分、そこには価値の高いものが存在していることがほとんどでもある。
「どうやら書かれていたことは正しかったようだわ。」
ユーリアはホっとしたように胸をなで下ろし、ヘンゼルが顔を強ばらせて静かに言う。
「皆さん、目指すのはこの先です。」
いくつもの疑問が巻き起こる。一体彼女らは何を知っているのだろうか。この先にあるものとはなんであろうか。
しかし、彼女らにも事情があるのは知っている。むしろ、俺たちの方が複雑な事情を抱えていると言えるかもしれない。
ここは、互いに深い詮索はしない方が良いかもしれない。
重要なのは彼女らが俺たちにとって信頼しうる人間であるということだ。
「分かった。隠し通路となると危険かもしれないな。ここからは連携を密にして向かおう。」
俺の考えていることに気づいているのだろうか。他の二人も少し気になるように眉を曲げるが、直ぐに真剣な顔で頷く。
「そうね。何が出るか分からないものね。いつかのように変な魔物に出くわすのだけは遠慮したいわね。」
「まだ根に持っていたのか?」
「溺れ死ぬところだったわ。」
「そうですぞ、コウ殿、ヤンチャはよくないですぞ。そろそろお年を考えた行動をすべきかと思いますぞ。」
別にあの時の魔物は、俺が呼び寄せた訳ではないのだが・・・
「ふふっ・・・お願い致しますね。」
俺たちに会話にユーリアが軽く笑いを漏らす。
きっとあの時の冒険を思い出したのだろう。
ルリを見ると、彼女もつられて笑いを堪えているではないか。
なるほど、ルリの気遣いに助けられたな。俺がもっとしっかりしていればな。
俺はポケットから松明を取り出し、先へ進むのであった。




