脱出の王城(更新済)
完全な恐怖が部屋を支配した中、ただ首に嵌められ続ける首輪の金属音と嗚咽の音だけが鳴り響いていた。
俺の頭も恐怖で真っ白になる中、そんな折、どこからか急に小さな足音がした。
それは不規則で奇妙な音であった。
さらに奇妙なことに、同様の不規則な音が近くからもした。
『トン、トン、トーン・・・』
というリズムを刻む様な音を聞いていた俺は驚愕した。
(・・・モールス信号・・・?)
俺の爺さんが小さい頃、教えてくれたものだった。
『このままでは死ぬわよ。逃げるには最後のチャンス。考えがあるわ。命掛けで私に続く者は?』
『同行します。お嬢様。』
『っ!・・・他には?』
通信内容は驚愕であった。俺は慌てて兵士や神官の様子を見るが、彼らは微かにこちら側に顔を向けるだけで何も言わなかった。部屋には嗚咽の音が鳴り響いていることもあり、小さな足音は咎めるほどのものでも無いのだろう。
そして、足音に反応する音も続かなかった。
周りの人達の表情は一切変わらず、恐怖と絶望だけが支配していた。
そもそも『モールス信号』自体知っている人間なんて少ないものである。
先ほどの内容を何人が理解したことだろうか。それに、理解したとしても賛同する人がどれだけいるだろうか。
このままどうなるか分からない・・・いや、恐らく死ぬか、死ぬほど辛いめにあうだろう。
しかし逃げたとして、失敗すれば確実に死ぬだろう。頭を叩き割られるのか、槍で刺されるのか、もしくは拷問されるのか・・・
俺の脳は興奮ホルモンでおかしくなっていたのかもしれれない。結局は同じ『死』の可能性しか無いように感じる。
であるならば、少しでも助かる可能性にかけるしかないと感じたのだった。
(・・・・・・・)
俺は額に手の平を当てた。
この仕草は昔からの癖であり、こうすることにより気持ちが落ち着き、思考が纏まることが多いのだ。
恐怖で支配された脳が少しづつ氷解していき、代わりにあらゆる思考が頭の中を回転する。
『選択した』未来と『選択しなかった』未来、損益はどうなのか?
膨大な情報が脳を駆け巡り、そして・・・・一つの結論を出す。
『俺も行く。』
『・・・わかったわ。逃亡アイテムがあるわ。5カウントで使用。不発でも命懸けの強行突破ね。』
「逃亡アイテム」という言葉に心当りがあった。
それは初心者用のゲームアイテムを指す単語である。
どうしてそんなモノを所持しているのか、そして本当に作動するのかどうか不安になる。
しかし、広間やこの部屋での殺人を見ればいずれ死ぬ可能性が高いのだ。
ならば、結局は可能性にかけるしかないのである。
『分かった。』『かしこまりました。』
俺と、もう1人の賛同者は直ぐに返事を返しした。
どこからか部屋の中心に物が転がる小音がした。
『5・・4・・3・・2・・1・・』
小石が転がる様な小さな音であり兵士が少し眉を潜めたのが見えた。
そしてカウントがゼロに到達した瞬間、爆発する様に漆黒の煙が室内を瞬時に飲み込んだのだった。
「な、なんだこの煙は!?」
煙幕の中、神官や兵士の慌てるような声が響く。
(なっ!?本当に作動したのか!それにこの闇はもしかして・・・)
部屋は真っ暗であるが、俺には薄暗く見える程度であった。
そうだ、これは相手の視界と聴覚を狂わせ、仲間には薄暗い程度の効果しか及ばないとされるモノである。
「ドアの外にまたアイテムを投げるわ!」
若い女性の声がした。俺はその声に釣られるように真っ直ぐに全力でドアのあった方へ
部屋の外からも兵士たちの叫び声がした。
「くそっ!なんだこれは!!」
ドアの外は薄暗く、長い廊下が続いていた。
通路の側面には沢山の大きな窓があった。
そして近くで兵士が慌てる中、二人の影があった。
一瞬兵士かと驚いたが、その姿は俺と同じ質素な洋服であり、
一人は長い髪をサイドに縛った少女、もう一つは髪をオールバックにした初老の男性であった。
向こうもこちらの様子を伺い、直ぐに話しかけてきた。
「あの独特の返事は貴方、『爺』で間違いないわね。まさかと思ってモールス信号でやりとりして正解だったわ。」
「私めも驚きましたぞ。まさかお嬢様もこの場にいたとは。」
どうやら二人は知り合いであるらしかった。そんな二人は俺の方へと目線を移した。
「貴方も逃げるという選択で間違いないわね。」
「あぁ、覚悟は決めている。それより他の人達は逃がさなくて良いのか?せめて声をかけるぐらいした方がいいんじゃないか?」
振り向けば、部屋の中で大勢の人が困惑しているようであった。特に俺たちと同じように連れてこられた人々はただぼう然と立ち尽くすだけである。
「残念だけど仕方ないわ。決意が決まらない者を連れて行っても結局直ぐに死ぬだけだよ。それに集団で逃げるにもリスクが多いし、このアイテムの効果も長くもたないわ!もたもたしてる暇は無いの・・・残念だけど・・・」
彼女は俺の目をしっかりと見つめて話した。その顔の瞳には強い決意と共に、口が悔しさからだろうか、噛み締めるような形である。そうだ、彼女もこちら側の人間である。人がみすみす死ぬのが平気なはずないだろう。
「・・・・あぁ・・・分かった。それでこの後は?」
「それについてだけど、皆、何故かゲームの世界のアイテムが使えることに気づいているわよね。」
「あぁ、今のこの状況がそうだろ。」
この瞬間も薄暗い闇の中を兵士が戸惑い動き回っていた。
この状態自体、余りに現実場慣れしている状況であった。
「ええ、だから今はそれにかけることにしようと思うわ。貴方も爺も落下対策の手段はもっているかしら?」
落下対策とはゲーム用語であり、高いところから無事に地面に着地する方法全体をさす。その方法は道具や魔法など様々存在する。
俺も実はまっ先に落下対策用の手段を用意していた。なぜなら、高所から飛び降りるメリットがゲーム世界には多かったからだ。
「ああ、持っている」「私も大丈夫ですぞ。」
「分かったわ。覚悟は出来ているようだし、手段もあるみたいね。だったら・・・・」
少女は唐突に革靴を脱ぎ、それを右手に嵌めた。そして全力で腕を振りかぶり窓に叩きつけたのだ。
「何よこれ!?ただの硝子じゃないわっ!」
しかし、窓からは音がするだけで破れなかった。
どうやら普通のガラスより強度が高いらしい。
それでも少女が何度か窓を叩くが、やはり割れる気配がしない。
俺が変わった方が良いだろうか、男の俺の方が上手くいくかもしれない、そう考えた時、先に前に乗り出す者がいた。
「お嬢様、引いてください。」
先ほどの初老の男性であった。
彼は一体どこから出したのだろうか?気づけばステッキを握りしめていた。確か武器や道具は全て没収された筈である。
そして彼はステッキを真横に構え、足で踏み込むと同時に身体を捻り、孤を描くように素早くステッキを振り抜いたのだった。
打撃が当たると同時にガラスが砕け散り穴が空いた。それはステッキが叩いた箇所を中心にひと一人が通れるくらいの穴であった。
「あなたそれ?」
「はい、私の装備です。実は忍ばしておりました。それより降りるのでしょう?」
「ええ、助かる方法はそれしか無いわ。」
一体何をするつもりだろうか。窓を伝って下の階にでも逃げるのか?それとも壁を伝って降りていくのだろうか?
それとも・・・・
少女は窓際に足を乗せ、一瞬躊躇うように下を眺めて言う。
「もしも・・・もしも私の想像が間違っていれば、私は死ぬわね。でも・・どうせ死んだような人生でしたし、後悔は無いわ。」
少女の表情は恐怖の中、無理に笑っている様に見えた。
「『グラビティ・ライト』・・・」
彼女が何かを唱えた。それはゲーム内で聞いたことのある詠唱であった。
俺の知っている限りそれは重力魔法の一種であり、万物の重力を軽減させる魔法である。そして、落下対策で使われることが多い魔法の一つでもある。
重力魔法自体は上級者向けであり、初心者にはとても使えないはずである。
という事は『彼女らも』なんらかの事情があるということである。
その魔法を少女は自分自身にかけていた。
「あら、随分と身体が軽く感じるわ。どうやら上手くいきそうね。それじゃ先に行くわね。恐らく死なないと思うけど。」
そう言い放ち少女は窓から飛び降りたのだった。
「なっ!?おいおい・・・まさか逃げ道って!?」
慌てて窓際へ走り寄って下を覗き込んだ。
そこで俺は自身の目を疑った。もしかして夢を見ているのかもしれないと疑うほどだった。
目に写ったのは、『空中をゆっくりと風船の様に落下している少女の姿』だった。
あまりに非現実的な光景に固まる俺の目の前で、初老の男性が後につづく。
「どうやら上手くいったみたいですな。まったくお嬢様は無理をなさる。私を最初に行かせればよいでしょうに、それでは私たちも後に続きましょうか。・・『グラビティ・ライト』」
初老の男もまた、重力軽減魔法を自身にかけると窓に足をかけ、躊躇しないよう直ぐに飛び出していった。
俺はそのあまりの行為に呆気にとられた。
窓の外に見える風景は、目の端まで続く広大な都市、そして自身がいるのは都市の中心にそびえ立つ巨大な城であるのだ。しかも、今いる場所はかなり高い場所であった。ビルだと10階ぐらいはありそうである。
したがって、落ちたらとても助かるものではない。
「本当に・・・現実なのか?」
先ほど飛び出した初老の男性も、空を風船の様に落下しているのだった。
同時に、周りの視界は急に鮮明になり明るくなってくる。
どうやら逃亡用アイテムの効果が切れたらしい。
「や、やっと視界が戻ったか!一体なにが起こったんだ?」
そこには神官や兵士の姿があった。
その光景に俺の表情は凍りつく。
ここまでの事をしでかしたのだ。直ぐにメイスで頭を叩き割られ、痙攣しながら死んでいった男の姿が脳裏をよぎった。
俺は必死になり窓に足をかける。そして眼下を見渡せば、想像以上の高さであった。
ここから飛び降りるなんて常軌を逸している。
一方、飛び降りなければ待っているのは死であるだろう。
俺の足が恐怖で震えているのが分かる。
(もし頭から落ちたら死ぬのは痛いのだろうか?それに本当に俺にも魔法が使えるのか?)
しかし俺を焦らせるように、後ろから迫る気配は待ってくれない。
考える時間は無いようだ。
俺は荒く呼吸をし、一度目を瞑り・・・そして意を決して先に行った二人と同じ魔法を唱える。
「『グラビティ・ライト!!』」
すると、かなり気怠さを感じると同時に、体が軽くなるのを感じた。
(魔法は発動しているのか?それに急に身体が怠くなったが、もしかして魔力を消費したのか?・・・どうせ死ぬなら少しでも助かる方にかけるか!!)
思い切って足に力を入れ、空に飛び出してみる。
すると、俺の身体はゆっくりと風船の様に空気中を降下し始めたのだった。
まるでパラシュートでもつけている様な感覚である。
「本当に・・・空に浮いているのか!!」
俺の心は感動に満ちていた。
遠くに目線を移すと、巨大な城を背景に、広大な家並みが何処までも続いているようだった。そして巨大な都市の端を大きな壁が取り囲んでいるのいるのが見える。
さらにその先には、遠く草原や森林、山脈が存在した。
(知らない風景だな。ここは日本じゃないのか?)
俺の知る限りこのような場所は日本にない。
こんな目立つ場所があればテレビやネットで見ている筈である。では一体どこなのか?
外国なのだろうか?しかし、外国にいるとしても『アイテム』や『魔法』については説明が出来ない。
それに、
「これからどうするか・・・・」
それこそが一番の問題である。
沢山の考えが頭をよぎったところで直ぐ近くまで地面が迫っていた。
そこは運の良いことに城を取り囲む城壁の一部であった。
(いや、恐らくあの少女、ここを狙って窓を突き破ったのか。)
あの騒乱の中、ここまで計算しての脱出だとすると大したものである。
その証拠に先に飛び出した二人は少女を先頭に迷いなく、一直線に城壁まで向かっている。
しかも、その間にも兵士が数人いたが、既に彼らの周りを黒い煙が包み込んでいた。
俺も地面に着地すると同時に全力で黒煙の中を走り抜けた。
既に前方の二人は城壁の淵まで到達しており、俺が近づくと振り返り言い放つ。
「どうやら、お互いまだ生きているようね。良かったわ。」
「あぁ、おかげさまで死ぬかと思ったけどな。」
「助かったのだからいいじゃないの。それと、コレを渡しておくわね。」
少女がこちらに投げてきた物を慌てて手に掴む。
それは小さな懐中時計の様なものであった。紐の先には円形の白い石が付いており中には針があった。ただし、文字や数字は無く、針も一本であり方位磁針に酷似している。
そして、俺はそれに見覚があった。
それは『方人磁針』である。これがもし本物ならば、本来の持ち主だけを永久に指し続けるアイテムである。
実際にその針は目の前の少女を指し示している。
「これって『方人磁針』か?もしかして他にもアイテムを持っているのか?」
「いえ・・残念だけど私が隠し持っていたのはこれで最後よ。それより、別々に逃げたほうが目立たないし逃亡の成功率も上がると思うわ。『方人磁針』は一つしかないから爺は私と一緒ね。もし、どちらかが捕まっても恨みっこ無しよ。そして詳しい話は後で合流してからにしましょう。お互いに無事に生き残れると良いわね。」
確かに集団は目立つし、逃げる速度も落ちるだろう。
したがって、少女の言っていることは理にかなっていた。
「あぁ分かった。後で探す。それまでお互い無事でな。」
少女は軽く微笑むと背を向け、先ほどと同じように城壁の淵から飛び出していった。
「お嬢様のことはお任せ下さい。あなた様もご無事で。」
こちらに軽く会釈をした初老の紳士もまた、直ぐに少女の姿を追って飛び出していった。
二人は瞬く間に都市へと溶け込んでいく。
(さて、俺も行くか!)
俺も彼らと同じように再び空中に身体を投げ出し、巨大な都市へと身を投げていった。
実はかなり先まで(半年分)既に下書き済みです。それを直しながら投稿しています。その後の展開も既に決まってます。