国境沿洞窟内(4)
逃亡用の道具は成功率が高いが完璧でも無い。人数が多くなればなるほど、レベルが高ければ高いほど効き目が低い者が一定の割合で現れる。
そして現に数人の人影が俺たちを追ってきていた。
「流石に全員は無理か。」
「コウ殿どうしますかな。交戦しますかな?」
「いいや。」
俺はポケットから更に逃亡用の道具を片手に数個取り出す。
「物量勝負なら負けないさ。またこれを追加してやるさ。」
俺は走りながらも、後ろに道具を投げていく。その都度、後ろから悲鳴が上がるのが分かった。
「さすがですな。逃げのコウ殿とは正しく貴方に相応しい!このまま何もないといいのですが・・・」
「確かに最近の俺らは逃げてばっかりだな。それより爺さん・・・フラグって知っているか?」
ここに来て爺さんがあまりに綺麗なフラグを立てる。
しかし、フラグと言っても所詮は迷信や物語の話しである。実際に起きるわけ無いだろうと考えていた。しかし・・・
『Guuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuーーーーーーーー』
突然、洞窟の先から冷たい漆黒の空気を震えさせる咆哮が身体に届く。
「おいおい、なんだこの恐ろしい音は!」
その咆哮はライオンが叫ぶより大きく低く禍々しかった。
『Guuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuーーーーーーーー』
低い轟音が度々空気を重く振動させた。
さらに遠くから巨人が歩くような足音が近づいてくるのが分かる。
「おいおい・・・もしかして、かなりまずい状況じゃないのか?」
「・・・これは、大変なことになりましたな。」
隣を向くと、爺さんが睨むように暗闇を凝視している。その額からは珍しく汗が伝った。
いつも冷静沈着な爺さんとしては珍しく焦っている。
「この声と音の正体、何か知っているのか?」
爺さんは顔を強ばらせたまま、いつになく真剣な表情で答えた。
「・・・えぇ、可能性としての心当りはあります。まさかこの世界にもいるとは・・・もしも私の想像通りなら、逃げた方が良いですな。奴は巨漢な割に早く攻撃力も高い。そして知能も高く用心深い。今の我々では戦闘も無理だと思いますぞ。」
「一体なんなんだそれ?高レベルな魔物か?それともボスレベルでもいるのか?」
そんなことを言っている合間に前方にボンヤリと何か見えてくる。それは巨大なトラックの影の様であった。そして俺たちの足は直ぐにその影まで近づく。
「っ!!!」
俺たちはその影の正体を視認できる距離まで近づいた時、思わず本能的に戦闘体制をとったのだった。
現れたのは巨大な熊のような魔物であった。ただ、熊とは違いその黒い巨体は圧倒的に大きく、顔には3つの暗紅色の目があり大きな瞳はコチラを見つめている。さらに、二つの牛のような角に、挙句の果てには両手に強大な棍棒を握っていた。
その魔物は遠くからこちらの様子を伺っているようであった。しかし、目には殺気がこもっておりとても見逃すような気配でもない。
そして、魔物の直ぐ後ろには分かれ道が見える。
「なっ!?なんだあいつは!!」
こんな魔物は見たことなかった。姿からして一般の魔物ではなくボスレベルの雰囲気を漂わせている。しかし、俺もかつてはこの世界と似た場所で長らく戦ってきた。そんな中、このような化物など見た記憶などない。
「も、もしかしてランクAの魔物か?こんなところに!?でもあんな魔物、記憶には・・・」
「・・・いえ・・・最悪なことに間違いないようです。・・・・・奴は間違いなく魔物です。それもランクSの。」
「はっ???馬鹿なっ!!!」
俺は自分の耳を疑った。魔物にはランクが設定されている。勿論ランクが上がれば比例して強さも上がる。それは同等に危険度を計る尺度でもあった。
Sクラスともなると、上位レベルの冒険者、数団のギルドが連携してようやく討伐するレベルである。
そして、今の俺たちは初期のレベルに近いステータスである。敵う筈がない。
「そんな馬鹿な!あんな魔物の情報なんて知らないぞ!・・・ってまさか!」
「はい、奴は『ユニーク固体』です。昔、数名で挑んだことがございます。その時、我々は高価で強力な道具を集め、装備を整え、数日に渡り綿密な作戦を練り、高レベル冒険がなんども蘇生しながら数時間の内やっとのことで討伐した次第です。しかし、上級パーティーの集団全滅の回数・・・7回」
「なっ!!!」
一般のボスでさえ1~4回までの全滅が普通のはずだ。なぜなら、それだけ挑めば上位冒険者ならば弱点や攻略法を見つけ出すからだ。しかしごく希に、隠れイベント要素の魔物が出現するという事実もあった。それは山や海、空などの各地、奥深くに潜んでおり、時折、冒険者と遭遇するが大体が一般のボスよりも遥かに強敵だと聴く。つまりは、通常ルート攻略後に挑むイベントモンスターである。
そして目の前の奴がそれだという事実は絶望的である。何より不味いのは『高レベルの魔物には初級の道具など効かない』ことだ。つまり俺たちはここから逃亡できないということである。
(不味いな!このまま戦闘になれば一瞬で全滅する!どうすれば・・・・)
俺は瞬時に頭を回転させる。かつてこのような危機は何度もあった。全てはゲームの中の話であるが、しかし、ここが類似した世界であるならばヒントもあるはずだ。今俺の使えるアイテムには何があっただろうか?こんな場合どうやってやりすごしていただろうか?
考えながらも俺は坑道の上下左右を見わたす。そして、魔物の背後の道を見てから訪ねた。
「爺さん・・・瑠璃達は左右どちらに行ったと思う?」
「コウ殿、それは知っているのではないですかな?なぜなら我々は冒険者ですぞ。」
その言葉で俺は思い出す。冒険者が冒険者を探す方法など簡単なことに。俺は直ぐにポケットに手を入れある物を取り出す。それは白い石のような『方位磁針』であった。そしてその針は常に左側へ傾いていたのだった。
「・・・一つだけ・・・俺に考えがある。爺さんこっちに寄ってくれ。」
「ふむ・・」
爺さんは何も言わず、坑道の左側にいた俺の方へ寄ってくる。
「それと、はぐれないように手をキツく握ってくれると有難い。」
「はっはっは、コウ殿は面白いですな。こんな場面で気の利いたセリフをいえるとは。いいでしょう。策があるのなら乗りますぞ!」
俺たちは固く手を握った。そして最後に一言。
「カウントするから最後に思いっきり息を吸ってくれ。」
「コウ殿、それは一体どのような・・・」
俺は爺さんの質問に答えず直ぐにカウントダウンを始める。
「3・・2・・1・・・」
俺は片手をポケットに入れあるものを取り出した。いや全力で一気に取り出したのだった。
それはポケットから有り得ない程の勢い、ありえない程の量で噴出した。
それは一瞬で辺りを満たす強大な暴力であった。
それは例えるならば『ダムの決壊』であった。
そう・・・おれのポケットは凄まじい程の量と勢いで水を吐き出したのだった。
そして莫大な水は一瞬で洞窟内を満たし、それぞれの道に水流を作り出す。
その水流が俺の後方へ、前方の二つの道へ何もかもを押し流す。
これは一種の賭けであった。もしかしたら失敗するかもしれなかった。もしくは俺たちは後方に流され戻るかもしれない。または、左の道へ流れていくかもしれなかった。先ほど左に寄ったのは少しでも左の道へ流される可能性にかけたからだった。
しかし、水の中で辛うじて俺の目に映ったものは、左へと流されていく俺と爺さんの体、そして件の魔物の姿であった。
皆様気付いている通り、前後の集団が・・・このままでは・・・・・( ̄ー ̄;)




