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龍使い  作者: しろうさぎ
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005 進み行く者

 少年が、泣いている。

 銀の髪をした少年が、うつむいて、声を殺して泣いている。


『どうした、何を泣いている』


 問いかけても答えは来ない。

 少年には声が届いていないのだろうか。

 それとも、答えることができないほどの悲しみが、この少年の心を満たしているのだろうか。


『何を泣く。何がそんなに悲しいんだ』

『……………』


 少年は俯いたまま、こちらを向こうとはしなかった。

 泣き顔を見られたくなかったのかも知れない。

 そう思いはしても、なぜか胸が痛くて、放っておけなかった。


『何か、あったのだろう?』


 少年は相変わらずこちらを見なない。

 けれど。

 俯いたままだったけれど、嗚咽をこらえながらも答えを返した。


『……全て……なくなってしまいました。……私にはもう、何も残っていないんです。みんな、……みんな……私をおいて!』


 血を吐くような叫びだった。

 幼い子供の持てる重みではなかった。

 この感覚には覚えがある。


『大切な人達だったのだな』


 問いに、少年は無言でうなずく。


 可哀相に。

 少年に対する同情がふっとわき上がってくる。 

 そして同時に自分がそんな感情を持ったことを、目の前の少年に知られてはいけないと思った。

 少年の言葉は、年に似つかわしくなく大人びている。

 こんなに傷つきながらも言葉はしっかりしている。


 きっとこの少年は厳しく教育されたのだ。

 常に、大人にならざるを得ない環境に置かされていたのだろう。

 こういう子供達はえてして自分の自尊心を頼りにしている。

 そんな子が、同情されたことを知ったら……。

 自分は、少年の心をズタズタに引き裂いてしまうかもしれない。


『強く、なれ』

『…………強く?』

『悲しみはどうやったって消せない。忘れることなどできない。俺だってできない。だがな、それでも乗り越えるしかないんだ』

『乗り越える……』

『そうだ。全てを無くしたというのなら、新しく出会う誰かのためにも』


 その時少年の肩が小さく震えた。


『誰かとは?』


 少年の震える声に、苦笑を誘われる。

 どれだけ大人に近づこうとも、本当の意味での大人じゃない。

 目の前にいるのは、小さな子供だ。


 大人びた性格をしていようと、それは変わらない。

 悲しいほどに……子供なのだ。


『誰かは誰かさ。それは、親友か、恋人か、家族か。あるいはその全て。大切で、無くしたくない、これから会う誰かのことだよ』

『そんな誰かに、私は出会えるでしょうか』

『出会えるよ。それは、自分の努力次第なんだから』

『……わかり……ました……』


 そして初めて少年は顔を上げる。

 まっすぐな思いを宿した金色の瞳とぶつかった。


 ああ……そうか。

 お前だったのか。


『強くなれ。どんな運命にも負けないように。挫折はある。死にたくなることも何度でもある。けれど、生きていくしかないんだ。辛い運命を乗り越えていくには、自分が強くなるしかないんだよ……』

 

 実感のこもった言葉に、少年はゆっくりと頷いた。






 トントントン、トントントン。

 何かを叩く音が響く。


(ん……なんだ、この音)


 眠りから覚め切らない頭でぼんやりと考える。

 目が開けられない。

 目を閉じたまま、音だけで判断する。

 誰かがドアをノックしているようだが……

 朝早くに自分の部屋までくるような人物に心当たりがない。

 それでも現実にノックは続いている。


 トントントントン…ドンドンドンドン。


 誰だろう。

 ノックの音は時間と共に強くなっているようだ。


(おかしいな……普段なら、私が出ていかなければその場で諦めるはずなのに)

 

 それでも諦めず、叩き続ける根気強さは圭だろうか。

 それとも、やたらと元気な飛鳥か……。


 ドンドン、ドンドンドン。

 音は鳴りやまない。

 それどころか強くなっていく。


「誰? 圭かい? それとも飛鳥……?」

「……なんだ、無事だったんですね、飛び込もうかと思ってたところですよ」


 問いかけに、溜息交じりの声が返った。

 思いもしない事態に混乱する…。


 だ、誰だ? 

 聞き覚えがあるような気はするんだが……自分の兄弟にこの声の主はいない。

 …………家族じゃ、ない!? そんな馬鹿な!


 ガバリ。音を立てて飛び起きる。

 違う。ここは自分の部屋じゃない。


(どこだ、ここは。ここは!?)


 混乱した頭で周囲を見渡す。

 思っていた部屋とはまるで違っていた。

 落ち着くために深呼吸をし、夢を振り払う。


(ここは………、そうだ、ここは……駆羽野くわので……。私、いや、俺は昨日ここに泊まって……)


 ゆっくりと現状を認識する。

 意識が現実に追いついた。

 

 ポンポンとさっきまで寝ていたベットを叩く。

 これのせいだ。子供の頃寝ていたベットと同じ柔らかさだから……。


「どうしました真澄様。雪村様はまだ起きていませんか」

「いや、起きたみたいだ。あんまりにも反応がなかったから心配だったけど、杞憂でよかったよ」


 ドアの向こう側で話し声が聞こえた。

 どうやら、呼びかけても穂波が起きないので、何かあったのかと心配をかけさせたようだ。その結果があの強めのノックだったのだろう。

 これは完全な失態だな、と苦い思いを抱える。

 守るべき側が心配かけてどうするのだ。


「悪い。ちょっとボケてて。今ドアを開けても平気か?」


 問題ないとの返答を受けてからドアを開ける。正面に立っていた真澄が邪魔にならないようにと身を引いたため、その後ろにいた風羅と向き合う形になった。

 無意識に小さく息をのむ。


(なかなか慣れないな。特に今は……)


 いつまでも感傷に浸る自分を女々しいと思いながらも、どうにもできない。

 夢の中の少年に語ったように、自分も強くならねばならない。

 生きていく以上前に進まなくてはならないのだから。


「おはよう。遅くなってすまないな。朝食は済ませたか?」

「いえ、まだです。雪村さんを待とうと思いまして」


 窓から差し込む朝の光に髪を煌めかせながら真澄が答える。

 身目の良い真澄を後光のように光が照らし、なんとも眼福な光景である。

 明るい銀の髪に深い青の瞳。

 子供だという事を差し引いて、単純に綺麗さだけを競うならば風羅よりも上だろう。


 穂波は真澄の瞳を見つめた。

 この瞳が金色なら……。

 そう考えて、けれどすぐに首を振る。


 いなかった、と。


 そう。真澄は違う。わかってはいるのだ。

 けれど……。


 目の前の、夜の月と朝の空。ふたつの輝きを持つ類い希なる存在。  

 精霊のようだ、と穂波は思う。

 昔、母から聞いた精霊のようだ、と。

 そう思えるほど、真澄には人ならぬ美しさがある。


「どうしたのです? まだ眠っているのですか?」


 真澄の宝石のような瞳に悪戯な光がはためく。


「いや、大丈夫。起きているよ」

「そうですか。……食事、できます?」

「もちろん。朝食は一日の力の源だからな」


 そしてポンと真澄の背中を促すように叩く。

 真澄達もそれに応じ、食堂へと歩き出す。

 穂波は夢の中の少年に心の中でもう一度語りかけた。

 強くなれ、と……。






 食事後、穂波は自分の部屋に戻らず、直接真澄達の部屋へ行った。

 これからの話し合いをするためだ。


「で、早速なんだがな。まだ自己紹介くらいしかしていないし、お互いまだ知らないことも多いだろうから、今のうちにその辺を潰していきたいと思うんだが、どうだろう」


 椅子に座り、話し合いができる態勢が取れたのを確認して穂波が切り出す。

 流れとして必要なことでもあるので、二人も頷く。


「今後俺は二人の旅についていき、二人の安全を確保しつつ頼まれた実戦での戦い方を教えていく。これで間違いないな?」


 問いかけると、風羅が遠慮がちに口を開く。


「それは私も参加させていただくことはできますか?」


 そういえば襲撃を受けていたとき、風羅も細身の剣をふるって戦っていた。

 戦いを主任せにできる性格ではないだろう。

 昨日知り合ったばかりではあるが、これまでのやり取りで彼女のことも何となくわかってきた。


「もちろんだ。本人にやる気があれば何の問題もない」


 穂波が頷くと、明らかにほっとしたようだ。


「ありがとうございます」


 深々と穂波に頭を下げてくる。

 なんとなく居心地が悪い。

 真澄も風羅も、穂波に教わる立場であるからなのだろうが、穂波を敬うのもわからないではないのだが、しかし……。


「あー、それに関して聞いてほしいことがあるんだ。……まぁ、これは俺からのお願いってやつだな。昨日も言ったが、俺はこの行動について報酬を受けるつもりはない。宿代なんかは出してもらっちゃいるが、これは行動を共にする上で必要ってのを理解してるから別と考えることにする。確かに俺にはこんな宿ばかりに泊まり続ける金もないしな。だけど」


 そこで言葉を切り、穂波は軽く身を乗り出す。


「身分とかいろいろあるだろうし、俺がこんなこと言うのは失礼にあたるかもしれないが、できれば俺は、二人と同じ立場でありたいと思う」


 こんな宿に泊まって涼しい顔をしているのだ、真澄はかなり良いところの―――多分貴族の―――子息なのだろう。

 国を失い、騎士としての身分すら失った今の穂波とは立場が違いすぎる。

 だというのに二人は、―――曲げられない正義感は別として―――傲慢な態度に出るどころか、一歩引いて接してくるのだ。

 それは世間的に見れば美徳なのかもしれないが、穂波にとっては酷く寂しいものでもある。

 

「俺は雇われたつもりはない。だから俺は教師ではない。希望に沿い力を貸す。だから歓待される客人でもない。……つまり、へりくだる必要も距離を取る必要もない対等な友として、雪村穂波個人として二人に協力したいと思っているんだ」


 意図が伝わったのか、真澄が困惑した表情で口を開いた。


「お気持ちはとても嬉しいのですが、教えを乞う立場の私達が、師に対等に接するというのは……」

「だから、俺は教師になったつもりはないって言ったろ。教えるというよりは協力すると考えてほしい。友達なら協力するのは当然だろう? 俺としてはもっと甘えてくれてもいいと思ってる。まあこれは俺一人が言っても意味ないんだけどさ」


 そう、どちらか片方が友だと思っても、相手がそう思わねば意味がない。

 自分にそう思われるだけの価値がなければそこまでだ。

 その時は対等な立場など望めない。

 たとえそうなったとしても、一度請け負ったことを断るつもりはないが。

 穂波自身が個人的に相手を助けたいと思っているだけなのだし。


「ともだち…」


 ぽつり、と真澄がつぶやく。

 その意味を噛み締めるようにゆっくりと。


「いいのですか」


 どこか疑うような――いや、違うな。心配するような、あるいは不安そうな、そんな目をして真澄は穂波を見つめる。

 そこにどれほどの意味が込められているかまではわからない。

 それでも穂波は頷いた。

 隣の風羅がそっと真澄の腕に触れた。真澄の後押しをするように、柔らかい微笑みを浮かべながら。

 それに気付き風羅と視線を合わせた真澄は頷き、再度穂波と向き合う。


「ありがとうございます。素直に嬉しいです。あなたに出会えてよかった」


 そう言って笑みを浮かべる真澄に穂波が苦笑する。


「言葉使いは変わらないか」


 本当ならばもっと砕けた口調を使ってもらいたいが、こればかりはどうしようもないのかもしれない。

 元々の本人の性格もあるしだろうし、育った環境にも拠るから、急に変えろと言われても困るだけだろう。


(こっちの意見を通しすぎて、相手に無理をさせるようでは本末転倒だしな)


 知り合ったばかりというのも大きいし、唐突な変化を期待するのも酷だ。

 きっとお互いに慣れていくしかないんだろう、こういうものは。


「すみません、基本がこれなもので」

「いや、こっちこそすまない。無理を言ったな」


 それでも少しだけ会話の感じが柔らかくなったような気はする。

 ひとまず関係性構築の第一歩は成功したと言えるだろう。


 そこまで考えて、ふとあることに気付く。

 二人のことをどう呼ぶか考えていなかったことに。


 出会いの時に真澄は苗字も名乗っているが、風羅は聞いていない。

 グラディスでは国によって苗字の取り扱いが違っているのだ。

 ある国では一般庶民でも苗字を持つことが推奨されているが、ある国では貴族にしか許されていない。

 そういう事情もあり、苗字を持ってない者もそれなりにいる。

 たまたま名乗り忘れただけかもしれないが、風羅に苗字がないことも考えられる。

 となれば、平等に扱うために二人とも名前で呼んだほうがいいだろう。


「あのさ、二人のこと、真澄、風羅と呼んでいいか」


 いきなり呼び捨てされることに抵抗があるかと思ったが、二人は戸惑うような表情を見せつつも頷く。

 

「俺のことも穂波と呼んでほしいんだが、大丈夫か?」


 確か二人は穂波のことを苗字の『雪村』で呼んでいたはずだが、自分だけ名前で呼んで相手に苗字で呼ばせるというのもなんだかおかしな話に思えた。


「……あの、さすがに年上の方に呼び捨てはできませんから……穂波さん、という呼び方で良ければ……」

「真澄様のご友人ですので、私は穂波様と……」


 さすがに呼び捨ては敷居が高すぎたか。

 それでもお互いに名前呼びという状況は確保できたので良し、ということにする。


 では、次の話題に移ろう。 

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