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龍使い  作者: しろうさぎ
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004 考え方と金銭感覚

「それじゃ、ま、契約成立だな」


 景気付けか、パンッと手を叩いて穂波が言う。

 一時的とはいえ誰かの役に立てることが単純に嬉しかった。

 そんな穂波の様子に、慌てたように真澄が言う。


「待ってください、まだ金額を決めていません」

「はぁ? 金額? 何のだよ」


 唐突に出された単語に全く心当たりがなく、顔をしかめる。

 金銭のやり取りが必要な会話など、ここまでにあっただろうか。


「何のって、ええと、教えてもらうための授業料というか……用心棒代も必要ですし」


 真澄としては当然のこととしていったのだが、それを聞いた穂波の顔はさらに顰められる。


「いや、お前な……子供からそんなもの取れるかよ。金は要らない」


 金銭が目的ではないのだ。

 誰かの人生の中で、ほんの少しの助けになれればそれでいい。

 穂波にとって『生きている』ことに意味を持たせることより重要なものなどないのだから。

 けれどそんな特殊な穂波の心境はうまく伝わらなかったようだ。


「子供ではありません。私はもう14、成人と認められる年になりました。そうである以上、相手の働きを正当に評価し、こちらが受け取る分と同じだけの何かを返すのは義務です。一般的にも用心棒……つまり護衛が必要な場合はその対価が求められますし、当然支払います。誰かに師事する場合も同様です」


 真澄の言うそれは正論だ。

 確かに14歳となれば成人として認められ、結婚も可能な年齢となる。

 当然、正式な職員として仕事に就ける年齢でもあり、支払い義務も親から本人に移る。

 安全と技能強化の対価として金銭を支払うのは正しい考えだ。

 それがわかっていても、真澄たちの助けとなる行為自体に価値を見出している穂波にとっては、それで金銭を得るということは抵抗があった。

 ましてや、まだ成長途中の真澄は、穂波の肩ほどまでの身長しかない。

 成人年齢に達したとはいえ、穂波から見たらまだまだ相手は子供なのだ。


 穂波にも、真澄にも、それぞれの言い分がある。

 お互いにお互いを説得しようとして、平行線をたどる。


 流れを変えたのは、それまで会話に加わらずに黙って見ていた風羅だった。


「少し、よろしいでしょうか」


 そう断ってから提案をする。

 彼女が今まで黙っていたのは偶然ではない。

 自分が会話に加わると穂波の空気がわずかに変わるのを自覚していたため、あえて口をはすまずにいたのだ。

 だが、このままでは日が暮れてしまう。

 

「雪村様の考えも、共感できないものではありません。ですが、真澄様の考えは正しく、それをまともに行えない者に正義はありません。そこで提案させていただきたいのですが」


 風羅の提案はこうだった。


 報酬という形での金銭のやり取りはしない。

 その代わり、旅に同行してもらう間に発生する必要経費、つまり食事、宿、その他諸々は3人分一括で真澄側が支払う。

 もともと真澄と風羅の必要経費は同じ財布から支払われているため、手間はほとんど変わらないので問題ない。というよりもむしろ都合が良い。

 風羅としては、自分の主たる真澄には快適かつ安全に過ごしてもらいたい。

 その上で不都合や余分な手間も排除したいと考えている。


 例えば宿を取るにしても、真澄が泊まるならそれなりの場所を選びたい。

 そうなれば自然と宿代も高くなる。

 1日だけならまだしも、毎日となれば結構な出費となるだろう。

 もしこれで支払いを別にして、穂波一人で安宿に泊まるなどということになったら何かと手間が増えるし、かと言ってそれを避けるためとは言えども真澄まで安宿に泊まらせるつもりはない。

 必要経費をこちらで持つということだけは受け入れてほしい。


「何より、何の対価も無しに利を得るだけということを一度でもしてしまえば、真澄様の将来を考えてもよろしくないと考えます」


 そこまで言われてしまうと穂波にも反論できなかった。

 何より相手が風羅では、反論する気にもなれない。

 

「わかった、そうさせてもらおう」


 風羅から視線を反らし、真澄を見る。

 これ以上我を通して相手の誇りを傷つけるのは得策ではない。

 傷つけたいわけではないのだ。


「……俺の教え方は荒っぽいぞ? ちゃんとついて来れるか?」


 にやりと笑うと、沈みかけていた真澄の表情が一気に輝く。


「はい! 頑張ります!」


 元気な返事に自然と笑みが浮かぶ。

 これから先、どれだけの期間となるかはわからないが……

 その時間だけは、灰色の毎日を忘れられるかもしれない。

 そう感じた。




 草原を突き抜ける野路から、整備された街道へ出る。

 このまま東へ向かい、なんとか日が沈む前に駆羽野くわのの街に着くことができた。


 南方に位置し、冬でも比較的暖かく暮らせ、温泉も湧き出るこの地域は庶民だけでなく貴族達にも人気があり、一大観光地ともなっている。

 そこでひとまず宿を取ろうということになり、高級宿が立ち並ぶ区画へ足を踏み入れはしたものの。

 駆羽野で一番快適に過ごせると評判のその宿は、当然値段も一番だった。

 

「……ここに、泊まるのか。……俺も?」


 一度は約束したものの、今更ながらに気が引ける。

 穂波とて、貴族どころか一国の姫に仕えていた身みである。

 贅沢な暮らしぶりなどは見慣れている。

 が、騎士として派手な生活を好まなかった彼にはいささか荷が重い宿だ。


「同じ宿に泊まっていただくのは大前提です」


 真澄の言葉に眉を顰める。

 大前提。それは確かにそうなのだが……。


 渋る穂波と意見を曲げない真澄との間でまた平行線を辿りそうになる雰囲気を察したのか、風羅が間に入った。

 その結果、本来は使用人と共に泊まための続き部屋を取ることになった。

 広い主人用の部屋と使用人用の狭めの部屋があり、中の壁にドアがあって行き来できるようになっている。

 それでも真澄は、使用人用の部屋を使わせるなど……と最初は反対したが、いくらか狭いとは言っても一般的な宿の一室程度の広さはあるし、調度品も数が少ないとはいえ質は変わらない。

 それに通常の部屋と違い、直接行き来できるドアがあるというのは、いざというときにすぐ飛び込めるため必要だという風羅の説明に仕方なさそうに頷いた。

 まあ、こんな宿で襲撃などまずないだろうけれど。


 そんなこんなで、借りた部屋の担当だと紹介された宿の職員、坂敷さかしきという品のよさそうな女性に案内され、二階へ上がる。

 部屋につくと、坂敷から設備や宿専用の温泉についての説明を受ける。

 なんと、一階に男女別の温泉があるが、部屋にも風呂はついており、別料金となるが希望があれば温泉の湯をここまで運んできてくれるというのだから驚きだ。

 そして真澄は迷うことなく頼んでいた。

 坂敷は頷いて風呂場へ案内し、使用方法を説明する。

 風呂は陶器製の長方形で、内側の隅に筒のようなものが取り付けてあった。

 下のほうが金属で、上のほうは陶器で大き目に作られており、蓋がついている。

 なんだろうと思って見ていると、それの説明もあった。


「使用方法を説明しますね。湯船に湯を満たした後、この筒にも湯を半分ほど入れます。ここまでは私共の方で準備させていただきます。湯船の湯が冷めてきたなと感じましたら、この筒に焼いた石を投入して下さい。すると筒の中の湯の温度が上がり、金属部分を通して湯船の湯も温まります。温め方は、石の入れる数で変わってきます。焼いた石を取り扱うためご自分で実施される場合は注意しつつ、少しずつ投入してください。不安でしたら私共に仰ってくだされば、こちらで投入させていただくこともできます」


 なるほどと感心してしまう。

 湯の温度まで気を配っているとはさすがだ。

 筒の上のほうが大きくできているのは、石を入れやすくするためか。

 確かに、焼いた石では入れそこなった場合に危険だ。

 それでも慣れないうちは失敗しかねないし、自分でやるより頼んだほうがいいのではないか。

 穂波はそう考えたが、これは予想に反して真澄に断られた。


「大丈夫です、自分でやります」


 笑顔で断る真澄に、坂敷は頷いて次の説明に移った。

 いくつかの説明が続き、次は穂波が強う予定の使用人用の部屋だ。

 こちらには風呂はついていない。

 だが一階の温泉を利用できるため何の問題もない。

 他に違うことがあるとすれば、暖炉の代わりに鉄製のストーブがあることか。

 これは上部の鉄板で湯が沸かせるようになっており、近くには簡単な食器棚が準備されていて、ティーセットが収まっていた。


「お飲み物は宿の者に仰っていただければお部屋までお届けできますが、ご自分のお茶を飲まれる場合や、夜間などはこちらをお使いください」


 通常使用人が茶を入れるのは当然で、それがこちら側にあるのも納得だ。

 飲み物ひとつのために宿の人間を動かすつもりのない穂波としては、これはとてもありがたい。

 一通りの説明を終えると夕食について聞かれた。

 部屋で食べることもできるが、届けるまでに少し冷めてしまう場合があると聞き、せっかくなので一階にある食堂で食べることにする。

 食堂と言ってもとても広く、テーブル間のスペースがしっかりと取ってあった。

 職員の動きも洗練されていて、忙しげな印象はない。

 落ち着いて食事をとることができた。


「今日は歩き通しでしたから、十分に疲れを取り、詳しい話し合いは明日にしませんか」


 毎度その場その場で最適の提案をしてくれる風羅には、真澄もただ頷くのみだ。

 穂波にとっても、否やがあるわけもない。

 確かに今日は疲れたのだ。

 肉体的な疲れより、精神的な疲れのほうが大きかったが。


 その後は各自風呂に入るということになり、一旦部屋に戻った後別行動となる。

 真澄たちは坂敷に連絡を取り風呂の準備を頼み、穂波は再度一階に降りて温泉へと向かった。

 途中で、大きな容器をいくつも台車に乗せて運ぶ男性とすれ違う。

 宿の制服を着ていたことから、ここの職員だろう。

 となれば、あれが部屋に運ばれる温泉の湯か。

 なかなか重労働そうだが、体格もよくしっかりとした筋肉をつけた男性は、慣れた様子でスロープを上がっていく。

 心の中でひそかに応援しながら、広い温泉を楽しむ。


 温泉の効果もあったのだろう。部屋に戻ってベッドに横になった途端、穂波は眠りへと落ちていった。

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