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龍使い  作者: しろうさぎ
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003 出会い - 真澄

『出会い』の内容はそれぞれの視点での違いを表現したかったため、内容は重複しています。ご了承ください。

 容赦のない勢いで、自分へと剣が振り下ろされるのを見た。

 避けられないと思った。

 無意識な防御行動で身をかがめる。


(……こんなところで!)


 真澄は自分を呪いたくなった。

 幼いなりに、それなりに腕に自信はあったのだ。

 だが、殺人に特化した複数の成人相手に、殺す覚悟もなくて勝てるわけがない。

 わかっていながら奥の手を使うことを躊躇った……その結果がこれだ!


 なす術もない現状に、馬鹿な自分に怒りが込み上げる。

 その瞬間に―――

 甲高い音が響いた。

 視界が一瞬何かにふさがれる。

 それが靡いて広がった、『誰か』のマントだと気付いたのは、一呼吸後。

 呆然と、その『誰か』の背中を見つめる。

 状況が理解できなかった。


(この人は……誰?)


 なんでこんな場面で現れるのか。

 なんで…どうして……。

 混乱する真澄の頭上から、力強い声が降ってきた。


「ガキ相手に大人が5人がかりとは、情けないな」


 身に纏ったマントのせいで体系はわかりづらいが、男性にしては細身に見える。

 低すぎない柔らかいとすら思える声音は、中性的だ。

 だが何故だろう、それらは一切不安要素となりえない。


 全ての視線が集中する中、臆することなく立つ背中にも不安の揺らぎは見つからない。

 突然真澄たちを襲撃してきた集団はそれに慌てることなく、冷静に状況を分析しているようだ。

 リーダーらしき男が無言で片腕をあげると、ほかの四人が音を立てず剣を引く。


「ほう……良い判断だ。ならばそのまま行っちまいな。

 ああ、間違っても仕掛けようなんて思うなよ。こちとら長いこと戦場くぐり抜けてきてるもんでね、大人数相手だって負けるつもりはない」

「……………………」


 予想外の展開に引き際と見たのか、先ほど手を挙げた男が、不意に背を向けて歩き出す。

 他の四人も後に続く。撤退に不満を漏らす者はいない。

 あまりにもあっけない、静かな撤退だった。

 死の危険を目の当たりにして、思考を放棄しかけた頭では、状況を理解するのが間に合わない。

 手が震えている。 


「大丈夫か」


 気が付けば、今まで背中しか見えてなかった人が振り返っていた。

 声も顔も中性的ではあるが、今までマントで隠れていた体形を、正面から改めてみることで男性だとわかる。


「腕を出してくれ。止血しなくては……」


 その言葉に、真澄は一瞬だけためらった。

 突然現れた人物をいきなり信用するというわけにもいかない。助けてくれたからと言って敵じゃないとは限らないのだから。

 優しくしておいて、油断した所をバッサリ、だなんて御免だ。


 ……だが、彼が現れなければ、追い詰められていたことも事実で。

 迷った結果、真澄は相手の好意を受けることにした。

 それでも一応、相手のことを確認することは忘れなかったけれど。


「助けてくださって、ありがとうございます。私は綺斗那きとなの国の葉月真澄と申します。あなたの名前をお聞きしてもよろしいですか?」


 問いかけに彼は顔を強張らせ、次にはごまかすように真澄の傷を調べた。

 その不可解な流れに一瞬身構えるが、傷の治療は真澄が思っていた以上に丁寧にされた。

 なんと彼は、貴重な飲み水を傷の洗浄に使ったのだ。

 旅の間は水の確保も容易ではないというのに、いいのだろうか。


「俺の名は、雪村穂波。伊座帆いざほの騎士だった。……今は、もう無い国の名だが……」

「伊座帆……の……?」


 伊座帆……聞き覚えがある。

 真澄が眉をひそめ、記憶を探る。


「俺は死ぬわけにはいかなかったんだ。恥知らずと罵られても、ね」


 真澄の様子を勘違いしたのか、穂波が辛そうに笑う。

 戦に負けた時、騎士は王の後を追い、自ら死を選ぶものだと聞く。

 それこそが忠誠の証だと褒め称えられ、死を選ばず逃げることは卑怯者のすることだと言われている。

 彼もまた、今までに何度もそういう経験をしてきたのだろう。

 真澄には、生き残った穂波を蔑む気持ちはなかった。

 不快なことを思い出させたことを知り、素直に謝罪する。


「あ、ご、ごめんなさい」

「いや……いいさ、仕方ないことだ」


 その言葉と声音で理解する。

 彼は生き残った自分を許していない。

 それでも何らかの理由があり、死ぬことは決して選べないのだ。


(……悪いことしちゃったな……)


 穂波が死を選んでいれば、つい先ほど真澄は死んでいただろう。

 穂波があの場に来てくれたからこそ、真澄は生きていて、怪我の手当てを受けられる。

 蔑むどころか、感謝している。

 

 今だって穂波は黙り込みながらも、真澄の傷を保護し包帯を巻いてくれている。

 真澄は自分の態度を反省した。

 同時に、彼へと素直に好感を持った。

 自分の態度は不快なものでしかなかっただろうに、それでも傷の手当をしてくれている。

 この世の中、こんな人は滅多にいない。

 そもそも、見ず知らずの奴を助けるなんて随分なお人好しだと思う。


(こんな優しい心を持ったまま、よく戦場で生きていけたものだ)


 そう感心さえしてしまう。


 助けたからと言って恩を売ることもしない。

 なぜ襲われていたのかも聞かない。

 真澄の考えなしの言動を責めることもしない。


 何も言わず、何も聞かない。

 凄い人だ。自分じゃこうはいかないに違いない。


 自分自身に問いかけてみる。誰かが襲われてたらどうする?

 一応助けはするだろう。けれど、何も聞かずにいられるだろうか?

どうだろう。もしかしたら、好奇心に駆られ聞かなくて良い……いや、相手にとっては聞かれたくないことまで聞いてしまうかもしれない。

 自分にはまだ、自制心が足りない。

 ……それを考えたら、ほんとに、この人はなんて凄い人なんだろうか。


 真澄は、そんなことをあれこれ頭の中で考える。

 けれどそれは、かなり勘違いしたものだった。


 穂波が黙っていたのは恩をきせないためではなく、女性への忌避感が強過ぎた故に、少女にも見える真澄のことを『こいつは男だ』と頭の中で繰り返していたためでしかなかったのだが。

 人の心を覗けない以上、真澄の勘違いは止まらない。


 男らしいというのは、きっとこういうものなのだろう。

 自分も見習わなくてはいけないな……。


「……真澄様、大丈夫ですか?」


 真澄の勘違いした思考は、相棒である少女の言葉によって中断された。

 手当を終えても動こうとしない真澄を心配してのことだろう。少し離れた所にいた彼女がそっと近づいてきた。


「大丈夫だ。この方のおかげでね」


 真澄がそう言うと、少女は『そうだった』、というように頭を下げる。


「危ないところをありがとうございました。雪村穂波さん、ですね?」

「え、あ、まぁ、はい」


 視線を反らせ、不自然に硬い声で穂波が答える。


「あ、あなたは?」


 かなり裏返った声だった。

 一歩間違えれば滑稽とすらとれるその様子に風羅は面食らい、つい、真っ先に浮かんだ名前を答えてしまう。


「あ、私はティア……」


 口に出してから、大きな失敗をしたことに気付くが、もう遅い。


 言ってはならない名前だった。

 言ってはならない言葉だった。 

 この国において、今では使われていない言葉を綴った彼女の名前。

 唯一の救いは、それが愛称のみであったことだが……この状態ではあまり意味のないことだろう。


「ティア……? 大陸の人?」


 現在の島の民とは違う響きの名前に、穂波は大陸からの移民だと思ってくれたらしい。

 事実とは違うが、都合の良い結論を出した穂波に、彼女ではなく真澄が答える。


「彼女の母親が大陸からの移民なので、正しくは二世です。だから、名前もそれぞれに合わせてふたつあるんですよ。そうだよね、風羅」


 名を呼ばれた少女が頷くのを確認し、再度口を開く。

 過去を捏造し、彼女の身を案じて『風羅』と呼ぶよう穂波に頼み、深々と頭を下げる。

 その効果は覿面てきめんだった。思った通り、情に訴えられると穂波は弱い。


「ま、待ってくれ。わかったから、頭を上げてくれないか。……どうも、こう言うのは苦手で……。頼む」


 慌てたように言い募る穂波の言動で、こういう状況も苦手なのだろうとわかった。

 だからこそ真澄は、駄目押しとばかりにあえてもう一度頭を下げた。


「ありがとうございます」


 そのとき真澄の瞳に浮かんだいくつもの感情に、穂波は気付かなかった。

 風羅の犯した失敗の修正への安堵。

 人の痛みに寄り添える穂波への好意と、純粋さへの心配。

 そして何より、自分のずるさと弱さ……。


 葛藤がある。

 だが、今の自分のままでいるわけにはいかない。

 利用できるものならば利用したい。


「あの、雪村さん……あなたは戦場をくぐり抜けてきた、と言いましたよね」


 穂波の反応を伺いながら言葉を紡ぐ。

 過去を話題に出すということは、先ほどの反応から、傷を抉りかねないのはわかっている。

 それでも真澄は、彼以上に希望に適した人物を知らない。

 断られたくないから、ついつい慎重になる。


「……確かに言ったが……」


 穂波は言い淀む。

 やはり辛い何かを思い出させてしまったのだろうか。


「君は俺を…、……戦場を駆け、人を殺すことで生きてきた俺を、非難するかい?」


 さりげなさを装った言葉に、苦しみが見え隠れする。

 こんな思いをさせたいわけじゃないのに。


 真澄は近くの岩に座り口を開いた。


「非難など……」


 どう言えばいいだろうか。

 いくつものパターンを考える。

 けれどどれも駄目なような気がした。

 人の痛みに触れているのに、自分の心を偽って伝えてはいけない。

 だからまっすぐに、正直に自分の心を曝け出すことにした。


「私はただ、剣術の手ほどきをして欲しいのです。基本は教わっているのですが、それだけでは駄目なんです」


 剣の稽古や試合でちょっとくらい強くても、いざ実践となれば勝手がまるで違った。

 殺すために戦う場面に、ルールなど存在しない。

 今までのやり方では駄目だ。

 認めるしかない……実践経験の足りない自分に勝利などない。


「基本など実戦じゃ通用しない。今日みたいなことがまたあったら、私は……風羅を守りきれるかどうかわからない」


 自分だけならまだいい。

 実力不足で死ぬのが自分だけなら、まだ無茶もできる。

 だけど、自分の我儘で風羅まで巻き込むことだけはできない。


 せめて彼女だけでも、守れる力が欲しい。

 実践で培われた戦術を学び、状況に応じて動ける経験が欲しい。


「真澄様……申し訳ありません。私がもっと戦いに長けていれば……」


 風羅が悲しげに言う。

 違う、そうじゃない。

 ああ、自分はまた言葉を選び間違えた。

 風羅は十分頑張ってくれている。

 弱いのは風羅じゃなく自分なのだ。


「違う。お前のせいじゃない。私が弱いから……。あいつらの正体はわからないが、多分狙いは私なのだろう。なのにお前を巻き込んでしまった」


 そう、狙われるなら風羅ではない。

 それは真澄も、そして多分風羅もわかっている。

 それでも何とかなると思っていた――驕っていたが故に、現実を知ることで追い詰められていた。


「……さっきみたいな『お客さん』が倍に増えてもいいもんかな」


 沈み込み続ける心に、独り言のような言葉が届く。


「お客さん、が?」


 意味を測りかねて聞き返すと、穂波は頷きながら補足を入れる。


「………こっちにも都合があって長い間は無理だが、まぁ……剣を教えるなら、一日や二日でどうなるもんでもないから、しばらくは行動を共にした方がいいだろう。なんとか形になるまでは、俺が二人の用心棒もしてやれるし」


 そう言われ、真澄はさらに困惑する。

 行動を共にするというのは、真澄にとっては好都合ではある。

 けれど、今日知り合ったばかりの自分たちの為に、用心棒までさせていいのだろうか。


「それはとても心強いですが、用心棒など……いいのですか?」


 今回の連中は、穂波が部外者だったから、あっさり引いただけかもしれない。


「殺されるかもしれないのですよ? ……あなたまで」


 次にまた戦いに介入すれば、もう部外者とは言っていられないだろう。

 穂波まで殺す対象に入れられてしまう可能性が高い。 

 そう心配して、用心棒に関しては断ろうとした真澄を、穂波が申し訳なさげに遮る。


「いや、だからそれに関しては逆かもしれないんだよな……」


 ぽりぽりと頭を掻きながら、気まずそうに言う。


「言ったろ? 『お客さん』が倍になるって」


 そして穂波は説明する。

 自分にも追っ手がいること。

 最近は襲撃はないが、この先はわからないこと。

 人間が相手なら、そばにいる限る守り切る自信はあること。

 けれど、過去、魔物の群れに足止めをくらったことで、姫を守り切れなかったこと。


 利点も欠点も隠さず正直に口にした。

 真澄はひとつひとつを考える。

 言葉だけを聞いていたら、欠点のほうが多いように考えられる。

 それでも穂波が強いだろうことは、先ほどの襲撃者たちと対峙した時の身のこなしからも推測はつくのだ。

 魔物の群れに足止めで姫を助けられなかったというが、冷静に考えて魔物、しかも群れを一瞬で蹴散らせる者などいないだろう。それは彼の強さを疑う理由にはならない。

 むしろその状況で生き残ったことが驚異と言えるだろう。

 自分たち二人より確実に穂波のほうが強いのは疑う余地もないのだ。


「そんな情けない奴でよければ、だが……俺を使ってくれないか」


 自分の失態を隠さない正直さ。

 使ってくれという言葉に隠された優しさ。

 通りすがりでしかない自分達に、そんな義理などないのに。

 そんな彼の在り様が嬉しくて、精一杯の笑顔を浮かべ、真澄はゆっくりと頷いた。

下手にいろいろ考える分、真澄の思考は複雑です。

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