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龍使い  作者: しろうさぎ
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002 出会い - 穂波

誤字発見したので修正。

ってかもう評価来てる! コメント来てる!?

自己満な物語だから、コメント見るのに勇気がいるうぅぅぅぅ

 歩き始めてそれほど立たずに、穂波の耳に遠くで叫ぶ声が聞こえた。


「ったく、どうすればいいんだよ!」


 それを聞いた瞬間、穂波は奇妙な思いに駆られた。

 口調は男のそれ、であったのだが、声が違った。

 男のものではなかった。……女のものというにしても少々低すぎるが。

 こんな声を彼は聞いたことがなかったのだ。

 彼の周りはいつも低く地を這うような悲鳴に満ちていた。

 男の悲鳴、というものはああいうのではなかったか?

 だが、今のは……。


 まさか。

 ……まさか、襲われているのは女か?


 かすかに進む足が遅くなる。

 女性特有の悪い部分に苦しめられた過去があり、彼は女性を得意としなかった。

 長く戦場にいたこともあって、この五年間でまともに話をした女性は、斎羅さいら姫ぐらいなものだった。


「女だからといって助けないわけには……。別に、助けたからといって話をしなければならないわけじゃなし」


 助けたら、すぐ逃げ出せばいいし……。

 最後の言葉はさすがに情けなくて口に出さなかったが、気分が重く沈んでいくのを止めることはできなかった。


 もうこうなったら叫び声の主が女じゃないことを祈ろう。

 男の叫びとしても無理のあるあの声は、女のそれ、にしても低する。


「そうだ、そう……あれはきっと男だ」


 多分、変声期前の少年なんだ。そしてきっと、もう一人も男だ。

 二人は親友かなんかで、仲良く旅をしている最中に盗賊に襲われたかなんかしたんだろう。

 きっと、きっとそうだ。

 ぶつぶつ、ぶつぶつ。自分を納得させるための呟きは続く。

 だが、彼はまだ知らない。

 運命の神はとても悪戯好きなことを。


 最初に目に入ったのは銀の髪。真っ白な肌。

 宝石のような、深い青の瞳。

 そして、自分と同じ種類の……つまり、性別不明の顔立ち。

 少年なのか少女なのか、外見だけで判断することができない。


 そして、穂波は、軽い目眩と共に知ったことがある。

 その子供(14~15才くらいだろうか)の横で必死に細身の剣を繰り出しているのは、どう見ても……。

 黒髪、黒い瞳をした、とびっきりの……『美少女』。

 遠い記憶が脳裏で稲妻のように閃いては消えていく。

 映し出される同じ色彩の……。


「なん……で……よりによって……」


 そんな言葉が思わず口をでたとしも、仕方のないことだった。


 暫くの間、彼は自分の運の悪さに呆然としていた。

 そんな彼を正気に返したのは、バランスを崩した少女をもう一人が庇い、左腕を切られたことだった。


「真澄様!」


 少女の叫びが響く中、真澄と呼ばれた子供の血が宙を舞う。

 鮮やかすぎる赤が穂波の麻痺しかけた頭を力ずくで働かせた。


 なに馬鹿なことを考えてるんだ……嘆くのはいつでもできるじゃないか。


 思考を切り替え、鋭く目を走らせる。

 まずは、今まさに銀髪の子供に剣を振り下ろそうとしている……あの男!


 腰から剣を抜き、力いっぱい相手の剣を叩く。

 不意打ちを食らった男の剣は甲高い音を立てて数メートル向こうへ飛んだ。

 その場にいた全ての者が突然の乱入者に驚愕の瞳を向けた。


「ガキ相手に大人が5人がかりとは、情けないな」


 全ての視線が集中する中、穂波は臆することなく凛と立ち、男達を睨みつける。

 濃い灰色の集団の中、リーダーらしき男が片腕をあげると、ほかの四人が音を立てず剣を引く。


「ほう……良い判断だ。ならばそのまま行っちまいな。

 ああ、間違っても仕掛けようなんて思うなよ。こちとら長いこと戦場くぐり抜けてきてるもんでね、大人数相手だって負けるつもりはない」

「……………………」


 予想外の展開に引き際と見たのか、先ほど手を挙げた男が、不意に背を向けて歩き出す。

 他の奴等も一言も喋らず後に続く。

 撤退は予想していたが、あまりにも堂々と背を向けられたことに穂波は少なからず面食らった。

 この二人を助ける自分は彼等にとって敵であるはず。それなのに。

 よほどの馬鹿か、あるいはそれだけ腕に自信をもっているのか。

 ……多分、後者だろうが。


 ほう、と息をついて振り返る。


「大丈夫か」


 と、声をかける。

 少女を避けて……少年と思しき真澄の方へ。

 不自然にならないよう、怪我を理由にして。


「腕を出してくれ。止血しなくては……」


 穂波の言葉に、真澄は一瞬だけためらう仕草を見せる。

 信用できないとでも思われただろうか。

 それでも逡巡はわずかで、素直に腕を出し、感謝の言葉を口にした。


「助けてくださって、ありがとうございます。私は綺斗那きとなの国の葉月真澄と申します。あなたの名前をお聞きしてもよろしいですか?」


 首を傾げて問うその仕草に、穂波は一瞬ぎくりとした。

 本人は意識していないだろうが、それはあまりにも可憐で、少女のように見えたから。


(……違う。男だ。こいつは男だ)


 穂波は必死にそう自分に言い聞かせながら真澄の傷を確認すると、水を入れた革袋を手持ちのカバンから出す。

 飲み水として所持していたそれは残り少なくなっていたが、かまわずに傷を洗うために使った。


「俺の名は、雪村穂波。伊座帆いざほの騎士だった。……今は、もう無い国の名だが……」

「伊座帆……の……?」


 真澄が眉をひそめた。

 穂波は、またか、と肩をすくめる。こういう反応はべつに珍しくない。


 騎士とは王と国を守る、高潔な魂を持つ者にだけ与えられる称号。

 戦に負けた時、騎士は普通、王の後を追い自ら死を選ぶものだ。

 なのに穂波はここで生きている。

 それはつまり……。


「俺は死ぬわけにはいかなかったんだ。恥知らずと罵られても、ね」

「あ、ご、ごめんなさい」

「いや……いいさ、仕方ないことだ」


 穂波はそのまま黙り込み、真澄の手当を続ける。

 無言のまま薬を塗り、傷口を布で抑え、包帯を巻いていく。

 真澄も何も喋らない。


「……真澄様、大丈夫ですか?」


 手当を終えても動こうとしない真澄を心配してのことだろう。少し離れた所にいた少女がそっと近づいてきた。

 穂波の緊張度が一気に増す中、真澄は少女に微笑みを浮かべて答える。


「大丈夫だ。この方のおかげでね」


 真澄がそう言うと、少女は『そうだった』、というように頭を下げる。


「危ないところをありがとうございました。雪村穂波さん、ですね?」

「え、あ、まぁ、はい」


 慌てて、なにを言っているのかわからなくなっていた。

 できるだけ女性と話をするのはできるだけ避けたい穂波である。

 しかも彼女の色彩は、心の傷のひとつを刺激する。

 胸をつぶしそうな痛みを抱えながら、それでも何か言わなければ不自然かと、流れとして少女へ言葉を返す。


「あ、あなたは?」


 焦りと緊張のため、かなり裏返った声だった。

 一歩間違えれば滑稽とすらとれるその様子に少女は面食らい、その思考もやや鈍ってしまう。


「あ、私はティア……」


 言いかけて、少女は口をつぐんだ。

 不自然な状況ではあったが、今の穂波にそこまで頭は回らなかった。


「ティア……? 大陸の人?」


 島の民とは違う響きの名前に、穂波は大陸からの移民かと単純に結論を出した。

 穂波の問いに、少女ではなく真澄が答える。


「彼女の母親が大陸からの移民なので、正しくは二世です。だから、名前もそれぞれに合わせてふたつあるんですよ。そうだよね、風羅」


名を呼ばれた少女が頷くのを確認し、真澄は再度口を開く。


「彼女は子供の頃、そのことでいじめられてたから周囲の輪に入れなかったそうです。……だからあまり、人に言わないであげて下さい。混血だからと差別されていいわけがないけれど、世間はそういうのに敏感だから……。雪村さんも、彼女のことは風羅と呼んで下さい」


 そうして深々と頭を下げる。

 穂波とて、意図して人を傷つけるようなことを口にしたいわけではない。

 必要のない頭を下げられ、穂波は慌てる。


「ま、待ってくれ。わかったから、頭を上げてくれないか。……どうも、こう言うのは苦手で……。頼む」


 そう言った穂波に、真澄はもう一度頭を下げた。


「ありがとうございます」


 顔を上げた真澄は、穂波と視線を合わせる。

 そしてどこか反応を窺うように口を開く。


「あの、雪村さん……先ほどあなたは、戦場をくぐり抜けてきた、と言いましたよね」


 唐突な話題転換に、穂波は戸惑うと同時に、少しだけ警戒する。

 こんな質問を、過去に何度もされた経験があるのだ。


「……確かに言ったが……」


 世の中にはいろんな人間がいる。

 平和を掲げ、人殺しは良くないという理論なら、穂波にだってわからないわけではない。

 けれど国を守るために戦い、その為に死んでいった人々を、自業自得だと冷たく見放すような行為は理解できない。


 穂波は今までそういう人間に同じような質問をされていた。

 そして頷く度に、人生を否定されて来た。

 彼等の正義を振り翳し、穂波の行動を全て悪だと決めつけて、責めた。


 しかもそのほとんどが、自分で戦いもせず、逃げてばかりだの人間なのだ。

 彼らはそれこそが最善の方法だと思っているのだから……穂波としてもたまらない。

  

 真澄もまた、そういう考えを持つ人間なのだろうか。


 そうだとしたら……面白くないな。

 心の中でぽつりと呟く。


「君は、戦場を駆けてきた俺を」

 

 そんなことで国が守れるだろうか。家族が守れるだろうか。

 逃げてばかりいれば、大切なものを失わずにすむだろうかと、穂波はいつも疑問に思う。

 そして必ずひとつの結論に行き着くのだ。


 『そうじゃない。そうじゃないだろう』


 大切なものは、愛しい人は、自分の命は……己の力で守らなきゃいけないはずだ。

 あいつらにはそれがわかってない。

 守るためには、何かを犠牲にしなければならないことを、わかっていない。

 

 そんなくだらない奴等と、こいつは……真澄は、同じなのだろうか。

そうであっては欲しくないものだが。


「……人を殺すことで生きてきた俺を、非難するかい?」


 できるだけ軽く言ったはずだ。

 多分顔もひきつってはいない……はず。

 自分の行動を確認しながら、真澄の一挙一動を見逃さないようにする。

 真澄は近くの岩に座り口を開いた。


「非難など……私はただ、剣術の手ほどきをして欲しいのです。基本は教わっているのですが、それだけでは駄目なんです。基本など実戦じゃ通用しない。今日みたいなことがまたあったら、私は……風羅を守りきれるかどうかわからない」


 襲われた時のことを思い出したのだろう。

 神経質そうに指を組み、額を押しつけながら言う真澄は、ひどく落ち込んでいるように思えた。

 自分の力不足を心から嘆いていた。

 それはつまり、真澄は自分で戦うことを是とする種類の人間だということだ。

 穂波は真澄を疑った自分を恥じた。


 だが、しかし……それにしても。

 この子は、なんという大人びた考えをするのだろう。

 自分のことことを心配しているのではない。

 風羅を守れないかもしれないという可能性に不安を抱えているのだ。


 まだ子供なのに。

 本来なら大人から守られるべき年齢だというのに、自分の責任というものを強く認識している。

 少しだけ胸が痛い。

 こういう子供は、己に甘さを許さない。


「真澄様……申し訳ありません。私がもっと戦いに長けていれば……」


 風羅が悲しげに言う。

 自分のために真澄が悩むなど、彼女には耐えられないのだろう。


「違う。お前のせいじゃない。私が弱いから……。あいつらの正体はわからないが、多分狙いは私なのだろう。なのにお前を巻き込んでしまった」


 真澄は軽く首を振り、自分を責める。

 穂波はその姿に斎羅姫を守りきれなかった自分を重ねた。


「……さっきみたいな『お客さん』が倍に増えてもいいもんかな」


 気が付いたらそう、口が動いていた。


「お客さん、が?」


 真意を測りかねたように真澄が聞き返す。

 穂波は頷きながら、唐突すぎたかと補足を入れる。


「………こっちにも都合があって長い間は無理だが、まぁ……剣を教えるなら、一日や二日でどうなるもんでもないから、しばらくは行動を共にした方がいいだろう。なんとか形になるまでは、俺が二人の用心棒もしてやれるし」


 穂波の提案に、真澄はさらに困惑の色を強くする。


「それはとても心強いですが、用心棒など……いいのですか? 殺されるかもしれないのですよ? ……あなたまで」


心配そうにそう言い、断りそうな真澄を穂波が申し訳なさげに遮る。


「いや、だからそれに関しては逆かもしれないんだよな……」


 ぽりぽりと頭を掻きながら。

 少々気まずいが、伝えておくべきことは伝えておかねば。


「言ったろ? 『お客さん』が倍になるって。

 ……俺の方にもいるんだよ、そういうのがさ。

 最近はほとんど襲撃はないんだが……それでもこの先皆無ってことはありえない。

 人間相手なら、どれだけ『お客さん』が集まろうが俺から離れなきゃ守り切る自信はあるが、そうでないときに襲われたらわからん」


 そう、人間相手ならば、自分はどうであろうと二人を守り切ることくらいはできる。

 だが魔物相手で、数をそろえられれば厳しい。

 まあそんなことはあまりないだろうが、無いとも言い切れない。


「……俺は魔物の群れに足止めされて、姫を守り切れなかった。そんな情けない奴でよければ、だが……」


 今はこちらの追っ手も途絶えている。

 伊座帆が滅ぼされた後、落ち延びた自分の行方をまだ掴めていないのかも知れない。

 ならば、今しかない。

 こんな自分でも誰かの役に立てるのならば。


「俺を使ってくれないか」


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