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龍使い  作者: しろうさぎ
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001 運命の輪は動き出す

 糸安山しあんざんの麓に位置する草原で、木に背を預ける形で男が眠っていた。

 男の名は雪村穂波。

 年は19。あと三月もすれば20になる。

 整いすぎた故に中性的な顔立ちと、無骨さを感じさせない体つきは、大柄な女性と言われれば信じてしまいそうなほど、完成された美しさを持っていた。

 腰を越すほどの黒く長い髪は無造作にひとつに束ねられ、ほつれ毛と一緒に風に揺られている。

 木漏れ日が宝石のようにキラキラと輝き、彼を彩っていた。

 もし今この光景を見る者がいたら、まるで何かの宗教画でも見ているような錯覚に陥っただろう。

 そう思わせる何かが、そこには満ちていた。


 穏やかな午後の風が、じゃれつくように彼のマントの裾で遊ぶ。


 どれだけそんな時間が続いただろうか。

 不意に穂波は目を開けた。

 視線だけでさりげなく辺りを見回すが、特に変わったことはない。

「―――気のせい、か」

 再び目を閉じる。

 それでも、用心のため腰に吊してある剣に手をかけ、いつでも抜けるようにしておくのことは忘れていなかった。


 最近、何故か魔物と呼ばれるたぐいのモノが多い。

 そこここで今なお戦禍が上がる中、これ以上やっかいモノが増えるのはあまり歓迎できることではなかった。

 だからこそ自分は騎士として志願し、今まで頑張ってきた……が……。


 ふうっ、と溜息が漏れる。


 先月、彼の仕えていた国が滅んだ。

 脳裏に浮かぶのは淡い金の髪の少女。

 穂波を兄のように慕ってくれた斎羅さいら姫。

 守りきれなかった、大切な主。


 彼女は死の間際、穂波に『死なないで』と告げた。

 誰よりも大切な彼女の最後の願いを、裏切ることができるはずもなく……。

 必死の思いで逃げてきたはいいが、これからどうするべきか。


 守りたいと思えるものが、やっとできたのに。

 絶望の中、やっと見つけた希望……だった、のに。

 もう、いない。

 金の髪を自らの血で赤く染め、この腕の中で冷たくなっていった。


 心は空っぽなのに、死ぬことさえ許されない。

 大切な人達が死んでいくのに、なぜ自分はここで息をしている。

 自ら死を選べないのなら……、


「いっそ、誰か……」


 ぼんやりとそんなことを呟いた時……。


「どうやら、気のせいじゃないらしい」


 空気が酷く慌しい。

 穏やかでないそれは、誰かが今この瞬間に戦っていることを穂波に教えた。

 気配を探る……7人。

 内5人は殺気を隠そうともしていない。……単なる喧嘩じゃなく、殺すために戦っているのがわかる。

 残り2人は応戦側だろうか。焦る気配はひしひしと伝わってくるものの、こちらにはまったくと言っていいほど殺気が感じられない。

 身を守るにしても、相手の命まで取ろうなんて考えていないのだろう。


「なんか、こう……公平さが感じられなくて、気持ち悪いなぁ」


 どんな事情があるかはわからない。

 だが、殺されそうな奴を見捨てるのは、後味が悪い。

 関係ない者がしゃしゃり出て良いものかどうかなどはわからないが。


「西だな」


 とりあえずは、現場をみてみないと。

 音もなく立ち上がり、吹いてくる風に髪をなびかせながら歩き出す。


「助ける訳じゃない。後味が悪いのが嫌なだけだ」


 ぼそぼそと呟いて自分を納得させる。

 そんな彼は、自分が『困っている人をほっとけないお人好し』に分類されることを知らない。




 時は少しだけさかのぼる。

 山道を歩く二人の子供がいた。

 いや、それはすでに道と呼ばなくなって久しい。

 二人が進む糸安山はグラディスでも高い山として名の知れた山だ。

 その急勾配な道と、いつの頃からか山賊がでるようになったこととで人が通ることはなくなり、獣道でしかなくなっていた。


「ティア、ほんっとにこれが一番の近道なんだよね!?」


 汗だくになりながら一人が喚いた。

 10代半ばだろうか。

 背中まで伸びた銀髪が印象的な子供だ。

 普段はお気に入りのその髪も、今は汗で顔や首筋に張り付いて、子供の機嫌を悪化させるのに一役買っていた。

 山の中なので木々が日差しを遮ってくれるのはいいが、代わりに湿度が高く汗が乾かない。

 足場も悪く、湿った土は滑りやすく歩きにくい。

 まるで気を抜けば足を滑らせようと、悪意を持って狙ってくるようだ。

 それに加えて、伸び放題の枝は、柔らかい肌を割こうとでもするようにあちこちから伸びてくる。

 普通に人が通ろうものなら全身傷だらけになるであろうことは間違いないだろう。


 だが、道を歩く二人にそんな傷は見当たらなかった。

 汗だくになりながらも傷ひとつ負わず足早に進んでいる現実は、誰もが目を疑うだろうほどには、本来有り得ないことだ。

 それでもやはり不快感はいかんともしがたい。

 苛立ち紛れに汗を拭う子供に、ティアと呼ばれた相手は宥めるように答える。


「だって、リーク様ってばお店の美術品壊しちゃったんですから……。人目、避けたほうがいいでしょう?」


 こちらは10代後半だろうか、先ほどの子供よりふたつみっつ上のようだ。

 ゆるく縮れた黒髪を肩で揃えた、落ち着いた雰囲気をまとう美少女だ。


「それは、そうだけど……。うん、そのことは、悪かったと思うし、反省もしてる。

 ……だけど、あれは、向こうが悪かったんだからね。原因作ったのは向こうなんだから。

 ………、……そりゃ、壊しちゃうのはやりすぎたと思うけど」

「だからこの道を通るんです。あんな礼儀知らずな乱暴者のために捕まりたくはないですから」

「うん……ティア、迷惑かけてごめん」


 少女に言われ、自分の行動から発生するだろう問題に気付き、先ほどまで騒いでいた口を閉じ、俯く。

 嫌いな奴にいくら迷惑をかけても良心は痛まない。けれどティアは……彼女は、違う。

 とても大切な仲間……いや、家族だ。


「本当に、ごめん」


 今回の旅にはティア一人しか連れてこれなかった。

 その分彼女の負担は大きいはずだ。

 それでも彼女は笑顔で答える。


「いいんです。あんな奴には良い薬だと思いますし。私だって腕の一本や二本へし折りたいとか思っちゃいましたしね」

「あは、やっぱり?」


 物騒なことを言いながら笑い会う二人は、大人の半分にも満たない速度で糸安山を越えた。

 獣道としか呼べない道から、近くの山村と大きな街道を繋ぐ細い道に出る。

 この道をひたすら進み街道にさえ出てしまえば、道もだいぶ整備されたものに変わり、過酷だった道のりもいくらか楽になるはずだ。


 そんな気の緩みをついたように、周囲を包む空気が一気に変わった。

 反射的にティアが前に出る。


「リ……真澄様、お気をつけて」


 呼びかけた名前を切り替え、警告を飛ばす。

 相手が誰だかわからないが、すでに囲まれている。

 届くのは明らかな敵意。

 ならばいつもの呼び名は口にできない。

 愛称とはいえ、あれは真名の一部なのだから。


「わかっている。油断をする気はないよ、風羅ふうら


 彼女が名前を切り替えた意図を正確に理解して、自分も切り替えることで答えとするため、最後にわざと相手の呼び名を付け加える。

 お互いに頷きながら、剣を抜いた。




「あーっキリがないっ」

「しっかりしてください。こんな事でへこたれてどうするんですか!」


 糸安山を越え、ほんの少し進んだところで、いきなり襲ってきた5人組。

 暗い灰色をした外套のフードに隠されて、顔はほとんどわからないというものの、襲われた当人達には彼等に全く見覚えがない。


 となると、誰かに雇われたんだろうけど……。

 頭の片隅で考える、が。

 それが…誰…かは……見当がつかない。

 一番最近したヘマは店をめちゃくちゃにしたことだけど、そこのクソジジイがこいつらを雇ったとは考えにくい。


「最近、なんかしたっけー!?」


 叫ぶように真澄が問いかければ。


「こーゆーのを雇われるようなことは、やってないと思いますけど?」


 振り上げられた剣を最小限の力で反らせながら風羅が答えた。


 すると息をつく暇もないまま、別の男が背後から斬りかかる。

 それをギリギリのところで避け、相手に向き直った。


「ちょっと、後ろからなんて卑怯じゃないですか」


 言っても返事はない。

 それはそうだろう。彼女は軽く肩をすくめる。

 ご丁寧に目の前の男達は、殺すために仕込まれました、というような技ばかりを仕掛けてきてくれるのだ。

 そこいらのゴロツキではなく、人を殺す専門の奴等……。ああ、考えたくもない。


「アレ、使っちゃ駄目かなー」


 男達の繰り出す剣を受け、汗を飛ばしながら真澄が言う。


「この状況で力加減ができるならどーぞ」


 風羅が、ありえっこないと言外に告げる。

それはもっともなことなので、小さく唸って汗をぬぐう。

 仕方ない。

 自分たちに相手を殺す気がない以上、アレを使うわけにはいかない。

 とは言っても現実的な問題、というのはあるわけで……。

 こんなとこで死ぬのは歓迎できるわけもなく……。


「ったく、どうすればいいんだよ!」


 絶叫したとしても、誰も文句を言える状況ではなかった。

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