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龍使い  作者: しろうさぎ
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014 先へ進む決意と副産物


 

 重い手ごたえがあった。

 血のにおいがした。


「ぎゃああ!!」


 低い悲鳴が、信じられないほど大きく響いた。


 だって、そんな馬鹿な。

 こんな簡単に。

 こんなにも、簡単に、人の体が切り裂かれるのか。


 耳障りな悲鳴を上げながら、芋虫のように男がのたうつ。

 その顔は血と涙で汚れ、先ほどまでの下卑た笑みが苦悶に取って代わる。


 手に馴染んだはずの剣が重い。


「真澄、ぼんやりするな!」


 叱りつける声。

 そうだ、今は気を抜いていい場合ではない。


「すみません、大丈夫です」


 穂波の声に、剣を握り直して答える。

 その剣もまた血の臭いに(まみ)れていた。

 

 別の方向から振り下ろされた剣を受け、流す。

 体勢を崩した男の腹を剣の塚で思い切り殴りつける。

 勢いのまま腹を抑え倒れこむ男。


 別の男に対峙しようとしたときに、再度叱責が飛ぶ。


「手を抜くな」


 冗談のような、作り物のような音が響いて。

 驚いて見下ろせば、倒れた男が穂波に腕を踏み砕かれていた。

 男の手は真澄の足に向かって伸ばされていた。

 真澄の動きを阻害しようとして、穂波に阻止されたのだろう。


「あ、りがとう、ございます」


 血の匂いが纏わりつく。

 一人、また一人と男たちが倒れていく。

 あまりに簡単に、あっけなく赤く染まりながら。






 真澄は自分の実力を正確には理解できてなかった。

 確かに物心ついてからずっと、剣術を叩き込まれてきてはいた。だから、自分が弱いとは思っていなかったが、逆に特別強いとも思っていなかった。

 自分の周りにいる仲間も同じような環境で育った者ばかりで、剣術の基礎すら持たない相手と戦う機会など皆無だったから。

 

 だから、こんなにも一方的に人を傷つけることができるなんて思っていなかった。

 所々で穂波の補助がありはするが、ほとんどを自分と風羅で倒していく。


 さして時間をかけず、半分ほどを倒した後は、相手が勝手に逃げ出していく。

 追いかける必要があるのかと穂波の方を見れば、穂波は黙って首を振った。

 そこまでする必要がないとわかって正直ほっとしていた。


「力量不足もいいところだったな……」


 穂波が残念そうに言う。

 ……確かに、男達は弱すぎた。


 重苦しい感情がある。

 その重さは、肉を切った時の手ごたえと似ていて、胃が絞られるような不快感に変わる。

 これが、実戦ということか。


 今回はこっちが圧倒したが、自分より強い相手ならば立場は簡単に逆転する。

 悲鳴を上げ、錆臭い匂いをまき散らし、みっともなく地面に横たわるのは自分……いや、下手をすれば風羅まで。


「……負けられない」


 吐き気がする。

 回避したいのに仕切れない暴力に。

 身を守るために、人を傷つけねばならない現実に。

 それでも諦めきれない望みに。


「負けられない」


 もう一度呟く真澄の頭に、暖かい手が乗る。


「そうだ、負けるな。全てを糧にして進め」


 全てを糧に。

 それはこの惨状すらも糧にせよということ。


 淀み、まとわりつく血の匂い。

 自分が進むための踏み台としてお膳立てされた、蹂躙劇。

 実戦練習として穂波に選ばれた男達いけにえ


 理由は不明だが、命を狙われている真澄達はいずれまた襲われるはずだ。

 その時に躊躇えばすぐに死ぬ。

 戦いが不可避であるならば、なるべく心の痛まぬ敵が必要だと穂波は考えたのだろう。


 だから真澄はここで立ち止まるわけにはいかない。

 これは練習でしかないのだから。


「この程度では温すぎるってことを覚えておけ。……さて、後片付けと行きますか」


 そう言って穂波はあたりを見回す。

 倒れている男達は九人。

 無力化されるだけの傷を負ってはいるが、命に関わるような怪我の者はいない。

 店から適当な紐を借り受け縛り上げると、警備隊へ引き渡すために店を出る。

 この時、店や、居合わせた客へと迷惑料代わりにいくらか金を置いて行こうとしたのだが、これは向こうから断られた。

 曰く、「スカッとしたから不要」とのこと。

 穂波からしてみれば、自分達の実践訓練に利用させてもらったため、少々心苦しくはあるが……彼らの笑顔を目にしながら、無理に金を渡すのも無粋だろう。


 男達を警備隊に引き渡し、たまたま居合わせた臥連がれんから「やりすぎだ」と小言は食らったが、それでも最近街を悩ませていた連中を一定数捕まえられたことには一応感謝された。

 こうなると、穂波達の帰宅途中に、店で逃げた連中が仲間を連れて襲撃してきたことは笑い話だろう。

 確かに先ほどよりは強い者も交じってはいるようだったが、それでも穂波から見れば大きな差と言える程度のものではなかった。

 そして、ひとまずの実践を終えた以上、店では真澄達のフォローに回っていた穂波も、今度は進んで討伐に加わる。

 これらから導き出される結果は……。


 追加で十五人が警備隊へと引き渡されることとなる。


「おいおいおい……まじかお前ら……」


 臥連の呆然とした呟きが転がった。

 かくして、街が抱え込んだ悩みの種は、たった一日で壊滅したのだった。


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