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龍使い  作者: しろうさぎ
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011 口実作り

 確認をしよう。


 まず第一に、我々の行動は善意によるものでなくてはいけない。

 そのためには、行動するための理由が必要だ。


 そう、自分たちの攻撃が正当化される理由が。


 何の前提条件もないままでの単純な『理由なき暴力』というモノは、客観的に見て『悪』である。

 まともな人間なら十人中十人が頷くだろう。

 だがその認識は状況次第で変わる。

 行動理由として『悪意ある暴力から自分の身を守るため』である『反撃』ならば、他者はどう判断するだろうか。

 あるいは、『暴力を受けてる誰かを守るため』ならば?


 例えばここに前科持ちの人間がいたとしよう。

 そいつが現在進行形で何も悪事を働いてない場合、こちらから攻撃できる理由がない。

 唐突に訳もなく攻撃を仕掛けたとしたら、当然罰せられるのはこちら側だ。


 しかし、そいつが明確な悪事を実行している場合は話が大きく変わる。

 実行中の悪事を阻止するための攻撃ならば、こちらは他者の目に正義と映る。

 実際はただの実戦訓練が目的だとしても、それは口に出さなければ良い話なのだ。






 昼の鐘に合わせて宿に戻ってきた二人に、穂波は臥連から得た情報を伝え、午後の訓練の変更を言い渡した。

 突然の事に驚く二人へ、三下相手の実践訓練だと爽やかに笑顔で宣言したのだ。


 食事後すぐに街の商店街へ行き、頑丈で動きやすい中古服を上下と軽防具類、いざとなった時に顔を隠せるフード付きの外套を購入、着用させている。

 中古品を使用することに不満を持った真澄から、新品を揃えさせてほしいと抗議されたが、中古でなければ意味がないと穂波は却下した。

 問題の男達がよく現れる場所と言うのが、荒くれ者や冒険者の集う安酒場だったためだ。

 そんな場所に新品装備で身を固めた真澄を放り込んだら……

 考えるまでもなく、面倒なことになる未来が見える。


「二人とも、大前提は理解しているな?」


 穂波の問いかけに、真澄と風羅は一度顔を見合わせた後、なんとも言えない顔で頷く。

 

「相手の暴力行為を確認し、穂波さんの許可が出るまで動かない、ですよね」

「被害を受けるとわかってる人を、事前に助けられないのは心苦しいですが……」


 まあ、そうだろうな、と穂波は思う。


「だが、未遂のまま手を出したら悪いのはこっちになるからな。我慢してくれ。それになんだ、今日すぐに遭遇するとも限らんし」


 そう声をかけていると午後1の鐘が鳴った。

 区切りもいいようだな。

 

「さて、これから俺達は冒険者だ。期限は午後2の鐘まで。それまでに現れなければ今日は引き上げて、3の鐘までいつもの訓練とする」


 それでは作戦開始だ。

 古びて塗装の剥げた酒場のドアを押せば、カランと軽いベルの音が響く。

 見慣れない三人連れに店内の視線が集中し店内の騒がしさが途切れるが、それも一瞬のこと。すぐに店内に喧騒が戻る。


 軽く店内を見まわし、空席を探す。思った以上に人が多く、空いているテーブルは奥にあるふたつだけだった。

 店員を待たず、適当に選んだ席へ向かう。

 こんな店ではお上品に店員が案内してくれるようなサービスなどないのだ。

 真澄たちもそれに続くが、どうにも姿勢が良すぎて周囲から浮いてしまっている。これでは中古装備すら意味がない。


「風羅、頬杖でもつけ。真澄は寝たふりでもしてろ」 


 穂波は苦笑いしながら小声で注意を飛ばす。 

 二人が姿勢を崩してしばらくしてから、やっと手が空いた店員が注文を聞きに来た。

 果汁2つと酒1つ、簡単なツマミを注文する。

 店員は穂波の声を聴きちょっと驚いた顔になり、次には笑った。


「お客さん、男の人だったのね。女三人だと思った」


 屈託のない笑顔に穂波も笑顔を返す。

 相手が若い女性と言うことに条件反射的に少しだけ引き気味になるが、そこは奇麗に隠す。


「あー、ひっどいなー、細く見えても意外と強いんだぜ」


 真澄達と違い、穂波は自前の使い古したマントを纏っている。

 体の大部分を覆うような作りでは体形での判断が付きにくく、細身で中性的な顔立ちの穂波では女性と思われても仕方ない。


「細いのもあるけど、みんな美人さんなんだもん、ついね。……あんたたちの腕を疑うつもりはないけど、気を付けたほうがいいよ、今はいろいろ物騒だから」

「へえ、そうなのか? でも気を付けるって何を?」


 早速聞きたい情報が手に入るかと思ったが、店員がそれに答えるより先に、他の客から注文が入った。

 店員が一旦穂波に断ってから注文を取りに離れると、風羅が頬杖をついたまま小声で話しかけてくる。


「なんか、穂波さん雰囲気一気に変わりましたね」


 頬杖のままで話しかけるという行儀の悪さに、居心地悪そうな顔で風羅が言うと、真澄も机に伏したまま同意する。


「私もびっくりしました。なんというか、その……ちょっと気安い感じというか」


 気を使って言葉に迷っているのがわかり、笑ってしまいそうになる。

 できるだけ良い印象の表現をしてくれたのだろうが、多分本当に言いたかったのは軽薄とかそのあたりだろう。

 穂波が意識してそう演じてるのだから当然の感想なのだが、無駄に気を回させてしまったようだ。


「ここではこのぐらいがちょうどいいんだ。役所やくどころとしては、そこそこ腕が立つだけで天狗になってる優男ってとこかな。どこにでもいそうだろう」


 なるほど、と二人が納得したところで三人分の飲み物が運ばれてきた。

 真澄は体を起こし果汁を口に含んで、想像していたものより味気ないことに驚いた。

 風羅も怪訝そうにしている。

 甘さはあるが風味が薄い。どうやら水で薄め量を増やした後、甘さを足して味をごまかしているようだ。

 微妙な顔で果汁を見下ろす二人に、再度穂波は苦笑を浮かべる。

 高級品に慣れた二人には初めての味なのだろう。

 穂波の注文した酒も、酒精は強いが作りが雑なため雑味だらけだ。

 それでも手早く安く酔えるため庶民の間では需要が高い。


 別にこの店が特別酷いわけではなく、街中の安い店舗では当たり前の品々だ。

 提供されるのはどれも質の悪いものばかりだったが、その分安い。

 金のない者があつまり憂さを晴らすには丁度いいのだろう、昼間だというのに店内は人で溢れ、店員は忙しそうに動き回っている。


 しばらくすると酒のツマミになりそうな料理が届く。

 クズ野菜と肉の切れ端を使った炒め物だが、こちらは予想に反しておいしかった。

 素材は悪いが、料理の腕は悪くないのだろう。

 それもこの店に人が多い一因かもしれない。 


「これでは、じっくり話を聞くのは難しいか……」


 店員はただ注文を聞くだけでなく、一人一人と短い会話を交わしている。

 明るく物怖ものおじしない性格のようで、強面こわもて相手でも常に笑顔で接しているためか、みなに可愛がられているようだ。

 ガラの悪い店ではあるが、嫌いじゃないな、と言うのが正直な感想である。


 そんな騒がしさを楽しみながら、本日の収穫は無さそうだと諦め始めた時だった。


 空気が一気に変わる。

 笑いに満ちた陽気な騒がしさが消え、ピリピリと肌を刺すような、敵意にも似た騒めきが場を支配する。

 客の視線が集中する場所を見れば、出入り口で先ほどの店員が、数人の男の相手をしていた。

 ガラの悪さは店の客とそれほど変わらないが、客に共通する陽気さがない。

 男達の持つ雰囲気と周囲の様子から、どうやらあたりを引き当てたようだと気持ちを素早く切り替える。


「すみませんお客さん、本日は満席でして……お通しできないんです……」


 店員は、やや青ざめた顔で、それでも何とか言葉を絞り出した。


「あ? ふざけんなよ、空いてる席があるだろうが!」


 断られるとは思っていなかったのだろう。

 男達の顔は怒りで真っ赤だ。

 考えるまでもなく、自制が利くような人種ではないのがわかる。


(あの店員、危ないな)


 こちらからは見えてないが、ドアの向こうにも複数集まっているようだ。

 気配からして、両手の指で足りない程度はいるだろう。


「あの席には予約が入っているので……本当に満席なんですよ。それに、予約がなかったとしても、この人数は入り切りません」


 気丈にふるまってはいるが、怯えは隠しきれていない。店員の声が震えている。

 見かねたように風羅が立ち上がろうとするのを手で制し、首を振って見せた。

 動いて良いのは許可を出してから。事前に穂波にそう言い聞かせられていたし、風羅もそれに頷いてしまっている。

 辛そうな表情を浮かべながらも、しぶしぶと座りなおす。


「どうしても入らせねぇっつーのか? 客にそんな対応取るなら、店は責任もってくれんだろうな? ……入れせねえなら、てめぇが外で俺らの相手するか?」


 下卑た笑いを浮かべながら男が言い、その取り巻きが囃し立てる。

 なんて無茶苦茶な論理だ。

 周りの客が敵意剥き出しにするのも納得できる。

 見ていて実に不愉快だった。


(むかつくな……こいつら……)


 店員と会話していた男が、店員の腕を右手で掴み、引き寄せる。  

 その次の瞬間には、左手が店員の胸に延ばされ……


「いやっ」


 店員の悲鳴と風羅が立ちあがったのはほぼ同時だった。

 だが。


 ガシャシャシャシャシャ。

 ドカッ。


「…………え?」


 呆然としたつぶやきが零れたのは誰の口からか。

 風羅や真澄、それに店内の何人かが、駆け付けようと腰を浮かせた状態で固まっている。

 店内にはひっくり返った料理や酒が飛んでいたが、彼らの視線は先ほどと同じく店の出入り口に集中している。


 そう、見詰めるのは同じ場所だ。

 なのに、そこで展開されているのは、先ほどまでの不愉快な場面ではなくて。


 解放された店員と、それを支える、女性のように線が細い弱そうな青年と……

 青年の足の下で踏みつけにされている、店員に乱暴を働いた男だった。


「あー……、……やっちまった」


 しん、と静まり返った店内で、気まずそうな穂波の声が響いた。

真澄達に戦わせたかったのに、穂波が突っ走った…



2/28 以下の通り内容の変更を行っています。

席の場所を店の奥側に移動しました。

穂波のマントの記述を追加しました。

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