010 情報
冷たい風が通り過ぎていく。
道を行く人々は寒さに首を竦めて、見るからに寒そうにしている。
いつもの街中の単独警備中。
街中を歩き回っている穂波の体はしっかりと温まっており、寒いというよりは気持ちいいくらいだったが。
そうやって歩を進めていると、正面からここ数日で顔見知りとなった警備隊員が歩いてくるのが見えた。
思わず足が止まりそうになる。
向こうも気付いたようで、片手を軽くあげて声をかけてきた。
「やあ、穂波さん。今日もご苦労様」
この瞬間、脳内に浮かんだ『気付かないふりして逃げよう』計画は水泡に帰した……。
この男、臥連とは数日前にひと悶着あった。
穂波としては、自分の役割のため真面目に街中を警備していただけのつもりでいた。
だが事情を知らない他人から見たら、鋭い目つきで街中を毎日ぐるぐる回っているだけに見えるらしい。
つまり、こういうことである。
真澄たちのため警備をしていた穂波は、警備が仕事の本職である警備隊員から、不審者として職務質問を受けたのだ。
あまりのことに少々頭痛を感じながらも、簡単に事情を説明したが信じてもらえない。
仕方なく、襲撃されていた二人組を助けたことから始まり、戦闘の指導を頼まれたことから説明し、訓練やら護衛やらに至り、さらには二人が本来の目的のため別行動をしている間は単独で街中を警戒して回っていたこと等、他人に話せることは全部話した。
それでも疑ってかかってくるので、どうしようもなくてこう言った。
「午後から訓練をするから、俺の言葉が信じられないなら広場まで見に来い」
―――と。
言ったら本当に広場まで来たのだこの男は。
中まで入って来まではしなかったが、外周からずっとこっちを見ていた。
まあ邪魔はしなかったのでいいのだが、やはり気にはなるものだ。
最初の十周を走り、休憩がわりの歩きの二周を終え、次の十周を走って、柔軟をして。
それでもいなくならない臥連に苛立ちを覚え、真澄達二人には柔軟を続けさせて穂波は外周へ向かった。
「どうした。まだ信じられないのか」
問うと、臥連は首を振った。
「いや、そうじゃないんだけどさ……あの子たちは、いつもこんな訓練をしてんのか?」
「この街に来て落ち着いてからは毎日だな。たまには基礎運動のみの休日を入れてやるつもりだが」
体力作りは毎日こなした方がいいが、休みが全くないのでは精神的にきついだろう。
「それでも基礎運動はさせるのか……女子供相手に過酷すぎると思うんだがなぁ」
眉を顰める臥連の言い分もわからなくはない。
だが、二人の命を預かる以上、甘やかすわけにはいかないのだ。
「二人とも、技術的な面では……教科書通りの剣技ならばすでに問題ない程度には身に着けているんだが、体力と精神面がな……短期間で育てるなら無理も必要になってくる」
訓練の必要性を説明する穂波に、なるほどなと臥連は頷く。
そして何事か考えるような顔になったかと思えば、次の瞬間にはおもちゃを見つけた子供のような表情で口を開いた。
「なあ、訓練に警備隊員を参加させてくれよ」
「却下だ。ふざけるな」
穂波は即笑顔で断った。
正直なところ、不審者扱いされて結構苛ついていたのである。
「そちらに協力する義理などないし、俺はあの二人のために時間を使いたい。他人のために二人の事が疎かになるのは絶対に御免被る」
取り付く島もないくらいバッサリと切り捨てるが、臥連は怯まなかった。
繰り返し頼み込み、むそれでも駄目だとわかると代替案を捻りだしてくる。
「だったら、この訓練を警備隊の方で採用させる許可をくれないか」
穂波は呆れた。
図々しいと思った。だが同時に気付いてしまう。
この男は、面倒臭いと思わせる程―――素直なのだ。
自分の中で正しい、または必要だと思うば、素直にそれに沿って行動する。
こちらの迷惑を考えるだけの頭はないし、不愉快だし、迷惑だ。
だがしかし、頭を抱えたくなるほどに無邪気というか……行動に悪意が見つからない。
(ああ、畜生……こういう奴は苦手だ)
気付いてしまえば、もう遅い。
悪気のない相手に、悪気を持って対応するなど穂波には不可能だ。
「許可なんぞいくらでもくれてやる。訓練内容くらいで大袈裟な。好きにすればいいだろう。……あ、ただし、隊員全員に限界までやらせようとするなよ。動けなくなって街の警備が疎かにするなら絶対に許可しないからな」
せめてこのくらいはと、不機嫌ムード全開で睨みつけるが、臥連は気を悪くした様子もなく笑顔のまま、穂波の手を両手でがっしりと握りしめた。
「確かにその通りだ。ありがとう、気を付ける!」
数舜、穂波は目を瞑り天を仰いだ。
もう何を言っても無駄だ。そう判断し、訓練に戻るとだけ告げて、逃げるように真澄達に合流したのは情けない思い出となった。
「………ああ、そっちもご苦労さん。調子はどうだ」
声をかけられた以上、無視して行くわけにもいかない。
さっさと立ち去りたかったが、マナーとして軽い雑談程度は必要だろう。
「おかげさまで、連日隊員の悲鳴が響いてるよ」
非常に満足そうな笑顔で答えが返る。
いや、それ嬉し気に言う内容か、という突っ込みは心の中だけでしておいた。
「無理はさせるなよ……こっちの事情は教えただろう。疲れ果てて警備が疎かになっては困る」
連れが何者かに襲撃された件は出会いの時に説明してある。
そのための街中警備中に出会ったのだから、忘れていないとは思うのだが。
いや、単純そうだし忘れていてもおかしくはないか。
そんな失礼な予想は、当たらなかった。
「うん、まあ、そのことであんたを探してた」
言われて穂波は眉を顰める。
『そのこと』とは、どっちの事だろう。
訓練内容に関しての事か、こっちの事情に関しての事か。
さっさと立ち去りたかったが、後者だとしたら詳しく聞かなくてはならない。
「どういうことだ?」
表情を硬くした穂波に、臥連も笑みを消す。
「あんたが警戒してる相手とは別だとは思うんだが、一応伝えとく。
ゴロツキが数人流れ込んできたらしくてな、若い女性が絡まれたり、連れて行かれそうになったりってのが発生してる。
幸い警備隊が間に合ってどれも大事には至ってないが、安全とも言い切れない。
隊でも巡回を増やしてはいるが、街全体を死角無く守り抜けるわけじゃないからな。
あんたんとこは美人揃いだし、目を付けられる可能性は高いと睨んでる」
「……確かに、その可能性は高そうだ」
情報からして襲撃してきた奴等ではないだろうが、若い女性を狙っているなら風羅が危険だ。
真澄も少年とはいえ、見た目は極上。狙われてもおかしくはない。
「外出するときなんかは気を付けてやってくれ」
心配気に臥連がそう付け加える。
真澄達の実力を正確に理解していない臥連には、二人がとても頼りなく見えているのかもしれない。
だが、実際に二人の戦いぶりを見ている穂波には、そこらのゴロツキに負けるとも思えなかった。
今日の午後もいつも通りの訓練を行うつもりでいたが、予定は即座に書き換えられた。
警備隊員に悪事を防げる程度の小悪党ならば……逆に好都合ではないか。
相手が悪だとはっきりしているならば潰してしまっても文句は出ないだろう。
そんな自分本位の理屈を胸中で呟き、その連中がよく出没する場所を臥連から聞き出す。
(せっかくこの街に来てくれたのだから、歓迎しないのも申し訳ないよな?)
丁度いい練習相手だ。
そいつら相手に実践と行こうか。
うう、1か月近く経ってしまいました……orz
真澄達に実戦を経験させたくて、予定になかった臥連登場。
出会いに関してはバッサリ切る方向も試したのですが、どうもうまくいかずに試行錯誤の結果、削らない方向で進めました。
臥連は真澄達を心配し、二人を守るよう伝えるつもりで状況提供していますが、穂波は二人に実戦を経験させるチャンスだと考えて利用する気満々です。