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龍使い  作者: しろうさぎ
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009 いまはまだ日常の

 次の日も、その次の日と同じ訓練が続いた。

 もちろん風羅の靴は足に合わせた、より運動に適したものに買い替え済みだ。

 蓄積した疲労もあってか、二人共昼の鐘まで持たない。

 午後にはぐったりと倒れこみ、人探しに行く余裕も無いようだ。

 さすがにこのままでは問題があるとのことで、話し合いの結果、訓練と人探しの時間を入れ替えることとなった。

 元々特に意味があって午前になっていたわけでもないので、特に問題はない。


 そのままさらに数日が過ぎる。

 襲撃者(厄介な客)に遭遇することもなく、ひとまず平穏な日々が過ごせている。


 人探しの方は特に進展がないらしい。

 手伝おうにも、判別できるのが真澄だけという謎状態では穂波ができることはない。

 まぁ、それ以前に同行をやんわりと断られている以上、部外者の口出しは極力避けるべきだろう。

 ということで午前は穂波にやれることもなく、街中に不審者が入り込んでいないか単独で警備に回っている。

 街専用の警備隊もあるので不要かとも思うが、一応警戒しておいて損はないだろう。


 訓練の方は、真澄に変化があった。

 一緒に走り回ってる穂波を観察するようになり、時々何かを考えこむようなしぐさを見せるようになったかと思っていた矢先、訓練に対する姿勢が突然大きく変わったのだ。

 風羅のように答え合わせに来ることはなかったが、自分の中で答えを見つけたのだろう。

 こうなると訓練結果にも影響が出てくるはず。

 今後がとても楽しみだ。  

 





 訓練後、穂波は温泉で体をほぐして部屋へ戻った。

 温泉があるというのは実に良い。

 駆羽野に来てもう十日は経ったか。

 宿に温泉があるからついついここのばかり入ってしまうが、街には温泉施設がこれでもかと並んでいる。

 他の場所を巡ってみるのもありかもしれない。

 ベッドを椅子代わりに座り、窓の外に広がる街並みを眺めながら寛ぎながらそんなことを考える。

 日中の別行動をとっている時間帯は、万が一の事態に備え街中への警戒を解くわけにはいかないが、二人が宿に戻ってきて安全な場所にいてくれる時間ならば少々の自由時間を確保をするくらいは可能だろう。


 そこまで考えて、ふと、一番変わったのは自分だな、と気付く。

 何かを楽しみにするなど……いつぶりの事だろうか。

 

 自嘲し、茶でも淹れようかと立ち上がった時、隣の部屋と続くドアが叩かれた。

 控えめなノックの音はここ数日で耳に馴染んでいた。

 ドアを開けば、思った通りの人物がそこにいる。


「どうぞ。丁度茶を淹れようとしていたところだ」


 そう声をがけると、申し訳なさそうに眉をひそめた風羅が答える。


「お邪魔してしまいました?」

「いや、むしろ丁度良かった。一人で飲むより楽しめる」


 これも変化のひとつだ。


 疲れ果てた真澄が寝てしまうと、時間を持ち余した風羅が遊びに来るようになった。


 出会ったばかりの頃は風羅を『女性』と言う大きなまとまりに当てはめ、敬遠しがちだった穂波も、風羅と直接関わるうちに考えを改めた。

 彼女のまじめさや聡明さは素直に尊敬にあたいする。

 本質を理解することで、『女性』から『風羅』という個人として見ることができるようになっていた。

 色彩から妹と重なり胸が痛む時はあるが、これは穂波の問題であり、彼女に問題はない。


 拒否感がなくなってしまえば、仲良くなるのに時間はかからなかった。

 元々穂波は話好きで、それは風羅も同じらしい。話題を振れば軽快に返ってくる。

 今日は、茶請けに出した乾し桃から、どんな果物が好きかという話題から入り、果汁の話に移り、最終的には酒の話に変わった。


 一応14歳から成人と認められ酒は飲めると言っても、苦いものも多いためか、若すぎるうちから酒を好む者は少ない。

 夜会だなんだで酒を飲む機会の多い貴族社会でも、成人したての数年はほとんど勧められることはない。

 酒に慣れない内にガバガバ飲ませてしまうと『やらかして』しまう者が多いからだ。

 だが、その状況に甘えて何の努力もしないままではいられない。

 全く飲めないままで年を重ねれば、酒すら飲めない子供と見られ一人前として扱われない。

 かといって酒を自分で制御できないまま無理に飲むというわけにもいかない。

 酒は楽しく飲むのが暗黙のルールだ。

 万が一酒が原因で醜態を晒しでもしたら、翌日から一気に要注意人物の仲間入りとなる。

 酒乱は場を乱す厄介者として、それまで築き上げてきた信頼すら全て失いかねない。

 だからみんな見えない所で努力する。

 その結果、大体は16~17歳くらいからは普通に飲めるようになっているものだ。


「最初のうちはこんなのの何がおいしいのかって思ってたんですけど。でも、知り合いに果実酒を教えてもらって、最初はそれを水や炭酸水で薄めたものを飲んでいました。それが甘くておいしくて」

「わかる。口当たりもいいから結構飲めるんだよなそういうのは」

「ええ、なので時々、ひっそりと飲みすぎまして」

「『ひっそりと』って……」


 表現が面白くてつい笑ってしまう。

 けれど恥ずかしながら、『ひっそりと』飲みすぎた経験は穂波にもあった。


「飲みすぎたとか、酒に負けたとか、知られるのが嫌でなー。自分の限界を自分でつかめてないって公言するようなもんだし。だからそういう時はできるだけ平静を装ってたんだが、結構ばれてたのかな」

「親って結構見抜きますよ? 多分あの人たちも通った道なんじゃないかと。私もすぐにばれたみたいですし……親が私を見るときの、あの何とも言えない顔ったらもう……。ああやだやだ恥ずかしい」


 当時を思い出したようで、両手で顔を抑え身悶えしている。

 親の『何とも言えない顔』……か。


「心当たり、あるかもしれん」


 そう言えば穂波を見つめる母の視線が生温かったような……。

 父は厳しかったので、そういう感情が透けるような態度は見せたことがなかったが、やはり気付いていたのか?

 くうぅ、こういうのを黒歴史と言うのだろうか。

 いや、悪いことばかりに思いを馳せるのはやめよう。

 なんといっても精神衛生上よろしくない。


「でもま、なんだかんだで体も慣れてくるもんなんだよな」

「そうですね、果実酒も薄めなくても飲めるようになって、他のお酒にも興味が出てきて」


 体が酒に対応できるようになれば、やはり旨いものを飲みたいと思うのは人として当然の欲求である。

 どの酒がいいのか、どの原料がいいのか、どこの産地がいいのか、何年寝かせた物がいいのか……等々。

 旨いもののためなら、人はいくらでもこだわれる。

 拘れるものがあれば、会話はいくらでも弾んでいく。

 この場で酒の品評会でもしそうな勢いだが、残念ながら今はまだ夕食前。

 酒が無いわけではなかったが、飲むべき時間でもなかった。


 そして、見計らったかのように鐘が街中に響き渡る。


 顔を見合わせ、どちらからともなくくすりと笑う。

 風羅が真澄を起こしに行き、穂波は簡単に茶器を片付ける。

 鐘は一日に八回鳴るが、この宿では七の鐘―――鳴る回数から午後三の鐘とも呼ばれる―――を合図に夕食が開始されるのだ。

 軽く身支度を整えて廊下で待っていると、風羅と真澄も出てきた。

 真澄はこの短い時間での睡眠でだいぶ体力も回復したようだ。

 顔色も悪くなく、疲れ果てて食欲がわかないということも少なくなった。

 まだ少々辛そうにすることはあるが、無理しなすぎない範囲で頑張って食べている。

 体を作る上で食事が大切だということを理解しているようだ。

 頼もしい限りである。


「んじゃ、行くか」


 声をかけ、三人で食堂へと向かう。

 この宿は材料をケチらないし、料理人の腕もいい。

 今夜の食事もきっと旨いものなのだろう。

 もし珍しいものでもあれば、次の話題になるかもしれないな。


 そんなことを少し楽しみにしながら階段を下りて行った。

もう12月30日となりました。

年内の更新はこれで終わりになりそうです。

皆様、良いお年をお迎えください。

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