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龍使い  作者: しろうさぎ
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008 二人の会話


 ドン、と、壁を叩くような音がした。

 隣の部屋からだ。

 今は二人共疲れ果てて休んでいる頃だと思うのだが……


(何かあったのか)


 確認のためドアを叩こうとする直前、遠慮がちなノック音が小さく響く。

 上げかけた手をノブへ移し、ドアを開く。

 ノックしてすぐに開くとは思っていなかったのだろう、驚いたような顔で風羅が立っていた。


「……どうした? 一人か」


 驚いたのは穂波も同じだった。

 どうしてこのタイミングで風羅が自分のもとへ来たのか。


「そちらへ行っても宜しいでしょうか」


 いや、ちょっと待て。

 突然何事か。


「俺がそっちへ行くのは駄目なのか」


 いくら続き部屋とはいえ、狭い空間に男女が二人きりというのは問題があるだろう。

 要件があるならば真澄も一緒に三人で話をすればいい。


 というよりも、できるだけ女性と二人きりになるのは避けたい。

 風羅がいきなり襲い掛かってくるというのは考えられないが、この展開は思わず身構えてしまうには充分すぎる。


 ―――男女の立場が逆転してる?

 知るかそんなもの。


 ―――女は男にかなわない?

 だからこそ厄介なんだよ。


 『弱さ』を武器にされれば力で抗うことができなくなるのだから。


 実際のところ、相手のことを気にしないで済むのなら、取り押さえるか投げ捨てるかして終われるのだが、それができる性格ならばこんな苦労はしない。


「いいか風羅。未婚の男女が同じ部屋に二人きりってのがどういうことか、それをよく考えろ。さすがに危機感がなさすぎる。俺だって男なんだぞ」


 牽制のためそう伝えると、まじめな顔で頷かれた。 


「世間体が悪いことは承知しておりますが、真澄様が寝ておられますので……大丈夫です、穂波様のことは信用しておりますから」


 休んでいる真澄の邪魔をしたくない、と言われると反論のしようもない。

 真澄が昼間から寝込むような原因を作ったのは穂波だ。


「わかった。信用してると言われてはな。入れよ」


 礼を言った風羅が部屋に入ろうとしてふらついた。

 慌てて支えると、細い体が腕の中にあった。

 布越しのぬくもりに息を呑む。


「大丈夫か? まだ足痛むみたいだな。無理せず座ってくれ。茶でも淹れる」


 不自然にならない程度に視線を外し、椅子へ誘導する。


「あ、お茶なら私が」

「いいから座っててくれ。熱湯を持ったまま転ばれでもしたら大惨事だ」


 無理して動こうとする風羅を押しとどめ、何とか座らせる。

 働き者というのは好ましいが、融通が利かないようではこういう時に困る。

 

 多分、先ほど壁が鳴ったのもこれなんだろうな。

 この部屋に向かおうと無理してよろけ、壁にぶつかるか何かしたんだろう。

 そこまでして、今ここに来なきゃいけなかった理由は何なのか。

 そんなことを疑問に思いつつ、この部屋に常備された茶葉を確認する。


 紅茶だけでも数種類、各種ハーブに、茶菓子にもなりそうな乾燥果実がいくつか。

 さすがというかなんというか、こんなところにまで金を惜しんでいないようだ。

 まぁ、ありがたい。これなら目的に合わせたブレンドもできる。


 疲労回復効果のある葉や果実をいくつか混ぜ、湯を注ぐ。

 湯は湿度調整もかねて在室中は常にストーブ上へヤカンを設置しているため、すぐに使えるようになっている。 

 

「熱いから気をつけろ」


 カップを手に取り、息を吹きかけて冷ます動作は子供の様で微笑ましい。


(そう言えば昔よくこうやって茶を淹れてやっていたな)


 おいしいと微笑んでくれるのが嬉しかったから、もっと喜ばせたくて『彼女』のためにいろんな茶を調べた。

 それがこんなところで役に立つとは。


「私は、どなたかに似ていますか?」


 思い出の中にいた思考が一気に引き戻される。

 

「時々、どなたかと重ねるように私を見ておられるので」


 驚く穂波にそう風羅が質問の意図を告げる。

 穂波は思わず口元に手をやり、眉を顰めた。そんなに顔に出ていたか。


「すまない。妹と重なってしまった。……髪と瞳の色が同じだから」

「そうなのですか。穂波様も同じですよね。どちらも黒なのは珍しいみたいなので、同じ人がいてくれて嬉しいです」

 

 そう言いながら風羅はカップを持つ指を忙しなく動かす。

 どうやら他に言いたいことがあるようだが、どう切り出そうか悩んでいるようだ。

 穂波は急かすことはせず、隣に座り静かに自分の茶を飲む。


「穂波様、今日、私達以上に動いていましたよね」

「……さて、どうかな。そうは思わないが」


 風羅の質問に、微笑んで流す。

 ごまかすつもりではなく、どこまで見ていたのかを確認するためだ。


「私か真澄様か、必ずどちらかのそばにいて状態を確認してくれてましたよね。その上必要になったら水を取りに行ってくれましたし、座り込みそうになったら立ち上がらせてくれました。私達が柔軟運動でその場に留まっているときは、広場の外周に走り周囲の安全確認をしてくれていましたね」


 おお……よく見ているものだ。

 正直少し驚いた。

 外周警備までは気付かないかと思っていたのだが。


「真澄様は、今日の訓練の意味を図りかねて不安を抱えていたようですが……」

 

 不安じゃなくて不満ではないか、とは思ったが口に出すのは控えた。

 たとえそれを伝えても話の腰を折るだけで意味はない。


「私……穂波様が一緒に走る必要もないのに何故だろうって不思議だったんです。でも、それこそが答えだった……気付くかどうか、試されたのですよね」


 これはお手上げだ。

 女性であることも加味し、訓練に関しては真澄のおまけ程度に考えていたのだが、それは間違いだったようだ。

 この少女、思っていた以上に頭がいい。


 穂波の中で風羅への評価が変わった。


「同じ、あるいはそれ以上の運動量。なのに私達は倒れ、貴方はそれを助けた。基礎体力の違いを、現状が示しているんですね」


 穂波は頷く。

 そして最後にひとつ質問をした。


「なぜ今それを言いに来た?」


 この問いに少しだけ風羅が困った顔をする。

 けれど言うべき言葉はもとから彼女の中にあったのだろう。

 しっかりと穂波と視線を合わせて言った。


「この答えに行き着くのも訓練のひとつだと思ったんです。だから、真澄様がいる場所では言えませんでした。あの方はまだそこに気付いていないから……そうなると、真澄様の寝ている今しかないと」


 うん、合格だ。

 そこまできっちり理解していたから、無理して今を選んでくれたのか。

 風羅自身も疲れているだろうに……。


 申し訳ない気持ちを抱えながら、隣室に戻る華奢な背中を見送る。

 女性だからという理由で、変な先入観で彼女に距離を取ってしまっていたことを恥じる。


 彼女の努力と行動は嬉しい誤算だった。

 これから彼女はどう育っていくのだろうか。

 いや、風羅だけじゃない。

 真澄だって、不満を乗り越えればすぐに気付けるだろう。


 今後、訓練の成果がどう出ていくのか。

 それが少し楽しみになってきた。

穂波の情けなさ全開です(

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