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第三章 バブニアン騒動2

『食い意地の張ったディアさまのことですから、充分考えられる行動かと』

 真顔でもってそう答えたのは、エテルカだった。

 バブニアンたちを振り切り、安全な場所を確保してライドクローラーを停車させたトオルたち。襲われた場所から4時間以上も離れた場所にいるだけに、もう盗賊におびやかされることはないだろう。そして落ち着いた頃、ケイニャにディア不在の事情を聞いたところ

「……お米、買ってくる」

 コンビニ感覚でそう言い残し、ライドクローラーを出ていったそうだ。格納庫に金色マシンがないところを見ると、どうやら嘘ではないらしく、食料貯蔵庫の在庫を確認したところ三〇キロあったはずの米が一粒残らず無くなっていた。

「あれだけ毎日、食べていれば米も尽きるのは当然かと。しかし今日から米が食べれないのは少々残念ではある」

 名残惜しそうにお腹を押さえる再生体。仕事完了の期日まであと十日ほど。その間、米を口にすることができないのはトオルとしても辛いところだった。麺類や冷凍食品があるから餓死するようなことはないが、米がないとなると無性に塩むすびやお茶漬けが食べたくなるわけであって……何よりカレーライスが食べられない。

「しかし、いったいどこまで買いに行ったんだろう?」

 少なくともンカレッツア星に米、もしくはコメ相応の穀類はないはず。すると、エテルカが端末でもってディアの行方を推測する。

『バブニアン襲撃の場所から南に、オーワと言う小さな駐機場があったみたいですね』

「ってことは……まさか?」

「ディア殿は地球まで買い出しに出かけたということか」

 流石は『ご飯マイスター』。米に対する執着心がハンパない。そうなると二、三日でンカレッツアに戻ってくるということか。

『残念ながら、ここンカレッツアには地球直行便の就航船などありませんよ』

 直接ンカレッツア星に乗りつけた保子莉の商船とは違い、何度か船を乗り継がなければ地球には辿り着けないらしく、出港時間も決まっていないとのことだった。しかも……

『調べたところ、約170回ほど乗り継ぐことになり、地球までの所要時間は早くても半年ほどかかるようですね』

 往復一年がかりの買い物に、トオルは声を失った。アロといい、ディアといい……どうして宇宙人はこうも執着心が強いのだろうか。

『道中、バーバヌ星の駐留場に預けてあるファーストシップに乗り換えれば、二週間ほどで戻ってはこれますけどね』

 いやいや、その頃には仕事も終わって、全員ンカレッツア星から引き揚げてしまうのだが。

 ――そうなると、今後の段取りを練り直さなきゃならないか

 ディアが居ない今、ライドクローラーはケイニャに操縦してもらうことになるだろう。

「怖かったですけど、頑張って動かしました」

 トオルが合流したのを確認し、ディアの運転技術を見よう見真似で操縦したというのだから、大した度胸だとしか言いようがない。幸い、明日からの三日間は配達もなくライドクローラーのみ移動だ。その間、もう少し詳しい操縦方法をケイニャに教えておく必要があるだろう。

 ――日程的に大きな狂いもないし、なんとかなるかもしれない

 残された問題は米だが、こちらも我慢すれば良いだろう。と、そこへ……

『じゃあ、今日はおむすびにすっかな』

 これ見よがしとばかりに、炊き上がったばかりのご飯でおむすびを作り始める親友。……って、何でわざわざ端末の画面越しに並べていくのか。

『うめー! やっぱ日本人に米は欠かせねぇよな!』

 指に付いた飯粒を口にする相手にイラッとした。

「覚えてろよ、長二郎!」

 食い物の恨みは恐ろしいのだ。そんな念を込めながら通信を切るトオルだった。


 その夜、艶光りするご飯を思い浮かべながら冷凍食品を食べ終え、自室で溜まりに溜まった夏休みの課題と戦っていると、開けておいた窓の外から声がした。

「腕だけで扱おうと思うな。剣に振り回されないよう腰に重心をおいてしっかり支えること」

「はい!」

 厳しい再生体の指導とケイニャの返事。窓辺に近寄って眼下を見やれば、双子月の明かりの下で、剣に見立てた棒を使って素振りをしている二人の姿があった。ここ最近、外で何かをしているとは思ってはいたが、まさか剣の稽古に励んでいたとは。

「そうではない。もっと脇を締めて。そうしないと怪我をするぞ」

 細かく指導する再生体に、嫌な顔ひとつすらせず「はい!」と健気に返事をする幼女。再生体の言っていることは間違ってはいない。我流とは言え、剣の扱いは超一流であり、長二郎と互角に戦えるのだから、当然といえば当然かもしれない。そんな剣術を体得できれば、きっといつかは役に立つだろう。それだけにケイニャも真剣に取り組んでいる。

 ――あの子は強い

 先日、見た夢の出来事が本当ならば、ケイニャの忍耐力と精神力は本物だろう。

 ――それに比べて、僕は弱すぎる

 結ばれた一里塚深月と再生体に対し、いつまでも未練を引きずっている自分が恥ずかしく思えてきた。

 ――気持ちを切り替えて前に進まなきゃ、ケイニャに笑われそうだ

 と、自身の意識改革に奮起するトオルだった。



 配送業務終了まで、あと8日。

 陽が昇り始めた頃。いつもどおりに目覚め、トイレを済ませ、半畳ほどの洗面台で歯を磨くトオル。昨夜遅くまで課題と向き合い、就寝したのが27時過ぎ。のんびり寝坊したいところだが、すっかりここの生活習慣が身に付いてしまった。

 ――何とか半分片付いた……かな?

 まだ覚醒していない脳みそでもって課題の進捗具合を思い起こす。当初の計画では、バイトをしながら半分以上を終わらすつもりだったのだが……思ったより進みが悪かったのだ。

 ――どこかで挽回しないとなぁ

 学業との両立。父親に免許取得を言い張った手前、意地でも学業をおろそかにすることだけはできなかった。

 ――この移動だけの二日間で、どこまでできるかな?

 配達とライドクローラーのレクチャー。まぁ、時間はまだあるし、何とかなるだろう。と口を濯ぎ、顔を洗ってブリーフィングルームへと向かった。今日の朝食当番はケイニャだ。異文化で育った彼女だけに、過度な期待はしていなかったのだが、そこそこの食事は用意できるようにはなっていた。が……

「あっ、トオルさん。おはようございます。あの……実は水が……」

 ポニーテールの頭の上にポウを乗せ、鍋を持ったまま棒立ちしている幼女。その先で、再生体が備え付けの小さなシンクの蛇口レバーを捻っていた。

「水がどうかしたの?」

「突然、水が出てこなくなってしまった」

 蛇口の穴を覗きこんで首を傾げている再生体に、トオルも首を傾げた。

 ――そういえば顔を洗っている時、水圧がおちてたけど

 最後の方は、チョロチョロと細い水しか出てなかったことを思い出し……

「まさか、水切れ?」

 いや、そんなはずはない。渡航中の船内で受けたレクチャーによれば、大気中の酸素を取り込み、水を生成するとなっていたはず。つまり空気が存在する以上、枯渇することなく無限に使えるはすなのだ。それが出なくなってしまったということは、外で何らかしらの異変が起きている可能性があった。しかし操縦室の窓から外を見やれば特に変わった様子もなく、頭上に設けられた上面ハッチは天窓同然に解放され、朝の陽射しが室内に差し込んでいた。

 ――大気自体は問題ないようだけど?

 念のため洗面所に戻って蛇口レバーを開栓してみれば、頼りなく細い水が出た。と思ったら……

 ピチョン!

 最後の一滴が音を立てて落ち、それっきり水が出なくなってしまった。一時的な断水症状なのか、それとも故障なのか。

 トオルはブリーフィングルームに戻ると、再生体と入れ替わり、シンク回りを点検する。

「これと言った異常が見当たらない……」

「兄者。いったい、どうなっているのだ?」

 何が起きたのか分からず、操縦室の壁面に備えられているコンソールパネルを使って原因を調べてみた。

『水生成機能に異常あり』

 さらに階層下のメニューに進んだ。攪拌分離器や濾過フィルターに問題となるような損傷箇所は見当たらない。だが、酸素吸入口から内部を通るパイプラインに目詰まりの警告が示されていた。

 ――何かが詰まっているのか?

 特にライドクローラーの上部側面に設けられている吸入口の数値が異常に高かった。

「拙者が様子を見てこよう」

 トオルの肩越しからモニターを覗き込んでいた再生体が車両点検を買ってでる。

「うん。頼むよ、再生体」

 再生体は頷くと、ハシゴを登って上面ハッチから外へと出ていった。すると、すぐに逼迫する声がした。

「兄者、ちょっと来てくれ!」

 その呼び掛けに、トオルはケイニャと共にライドクローラーの屋根へと上がった。

「これを見てくれ」

 うつ伏せになって半身を乗り出し、右側面の吸入口を指差す再生体。トオルもそれに習って覗き込んだ。手のひらが差し込めるような長方形の穴が5つ。……が、そのいずれもが腐食し、穴に何かが詰まっていた。

「何だ、これは?」

 良く見れば、側面の至る所が同じように腐食している。

 ――ガスの影響か?

 いや、そんなはずはない。バブンガス対策として、しっかりと皮膜保護コーティングしてあると聞いている。だとすると、この奇妙な腐食痕はいったい……。

「トオルさん、こっちも大変なことになってます!」

 ケイニャに呼ばれて反対側の側面を見れば、右側同様あっちこっちに腐食痕があった。しかも変な匂いまでしていた。その異常事態に、三人は手分けしてライドクローラーを隈なく調べた。その結果、底面と上面の損傷は少なく、代わりに四方側面の痛みが著しく酷いことが分かった。

「兄者。これは、もしかして……」

 再生体の推測に、トオルも「うん」と確信した。


『きっと、それはバブニアンたちがぶちまけた尿袋だろう』

 と、相互通信の向こう側で即答するダリアック。

「尿って、おしっこのことですか?」

『あぁ。やつらは自分たちの尿を葉袋に詰めて、標的に対しマーキングする習性があると聞いている』

 聞けば、酸性物質を含んだ上に時間が経つと固まり、しかもタチの悪いことに、その匂いを嗅ぎつけ、また別のバブニアンたちがバブンガスに紛れて襲ってくるそうだ。

「どうしたら、いいんでしょうか?」

『水で洗い流せば、匂いが消えると聞いているが、肝心な水が出ないんじゃなぁ』

 言っていることが、まるで卵と鶏だった。

『近くに水場があって、洗い流せれば良いんだが……』

 と、こちらの座標地を確認するダリアック。

『ライドクローラーが浸かれるような大きな水場がないなぁ。あるとすれば……』

 同じようにしてトオルも地図を確認する。あった。昼夜三日間ぶっ通しで走り続けた場所に、琵琶湖ほどの大きさの湖が点在していた。

「遠すぎます!」

『だよなぁ……』と眉根を寄せて苦笑うハスキー獣人ダリアック。やはり有効な手段としては、ライドクローラーから水を生成して高圧洗浄するのが手っ取り早いようだ。

「せめて水を作れるようにしたいんですけど」

『そうだな……』

 ちょっと待ってくれ。と一旦会話を中断し、車内無線でもって誰かと話し始めるダリアック。話の様子からして、同乗しているメカニックマンに対処方法を尋ねているようだ。

 もちろんトオルとしても応急処置で直るなら何でもやるつもりだった。が……

『そうか、ありがとな。トオルさん、聞いていたと思うが、うちのメカニックマンがダメだって言ってる』

 身も蓋もなく肩をすくめるダリアックの回答に、トオルはガックリと項垂れた。

 ――もっと必死になって知恵を絞ってよ

 水を摂取出来なければ、人間は死んでしまうのだ。その死活問題を前に、嘆いていると

『とりあえず、アロに連絡を取ってみる。ヤツなら、きっと何とかしてくれるだろう』

 それを聞いて目を輝かすトオル。メカのことに関して、誰もが一目置く天才メカニックマンだ。常人では成しえない困難な修理も彼の手にかかれば、どんな物でも魔法のように直せるはずである。だが、気になるのはアロがどこにいるかだが。

『ワンワ方面を受け持っているチームの車両が故障してしまって、今、そっちの対応に向かってる』

「ワンワ? どこですか、それ?」

 初めて聞く地名に首を傾げるていると

『丁度、トオルさんの真裏辺りくらいだな』

「真裏って、まさかンカレッツアの?」

『そうそう』

 トオルはあらためて、惑星全土の宅配スケールに呆れた。

『不備のあるリース車両だったらしく、昨日になって動かなくなっちまって、そっちの対応に当たってもらったんだ。まぁ、アロなら良いアイデアを出してもらえるはずだから、もうしばらく辛抱してくれ』

「お願いします」

 何はともあれ、アロからの助言が受けられるならば一安心と言ったところだろう。

 ――しかし、よりによって水が出なくなるとは

 水が無ければ、入浴どころかトイレや歯磨きもできず……何より水を必要とする料理ができなくなるのだ。

「もし、このまま水が出なければ、持ってきたカップ麺が食べれなくなってしまう」

 有名店のオーナー自らプロデュースした本格カップラーメン。地球から出星の際、少ないお小遣いで購入した1ケース。今回のバイト代を見越しての大人買いであり、夜食として毎晩こっそりと食べていたのだ。

「それほど美味なのか? そのカップ麺という食べ物は?」

「すごく美味しい……」

 もっとも無化調を謳う有名店のカウンターで食べたことはないけれど。すると二人から興味深い眼差しを向けられ、再生体にガシッと両肩を掴まれた。

「兄者。拙者たちにも、その味を食させてはくれぬか?」

 そう言えば朝食がまだだった。と、そこへタイミング良くケイニャのお腹の虫が大きく鳴いた。

「い、意地汚いお腹で、ごめんなさい……」

 顔を真っ赤にして恥ずかしそうに謝るケイニャが、とても可愛かった。

「じゃあ、朝ごはんはラーメンにしようか」

 両手で空腹の音を抑えるケイニャを見て、トオルはカップラーメンを奮発することにした。確か、食料貯蔵庫に非常用のミネラルウォーターが備蓄されていたはず。在庫を確認すれば2リットルペットボトルが10本ほどあった。今は貴重な水だが、カップラーメンを作るくらいなら差し支えないだろう。


「美味いっ!」

 デカい声を張り上げて、カップの底に残った最後の一滴まで飲み尽くす再生体。その隣では、ケイニャがハフハフしながら「おいしいですね、コレ」と笑顔をこぼしていた。正に5つ星の絶賛。特に再生体の感激ぶりは、目の敵にしていたことさえ忘れさせてくれるくらい邪気のない笑顔だった。本格ダシのカップラーメンなのだから当然美味いに決まってる。と、トオルもダシの効いたスープを飲み干した。が……

 ――水が飲みたい

 トオルは食器ケースから三人分のマグカップを取り出すと、トポトポとミネラルウォーターを注いだ。もちろんポウの小皿にもだ。

「カップラーメンの後に飲むお水も美味しいですね」

「まったくもって、ケイニャ殿の言うとおりだ」

「ミュー!」

 ペットボトルを空にし、満足気にお腹をさする三人。

 ――アロさんと連絡が取れれば、水の方は何とかなるし、余裕だろう

 と楽観視しするトオル。そして、とりあえず今日の分の走行距離を稼ぐため、西へと移動することを二人に伝えた。



 ケイニャにライドクローラーの操縦方法を教え、昼食を終えた頃、ワンワのアロから連絡が届いた。

『空気清浄機のパイプラインの一部を加工して、水生成ウォーターラインに引き込めば問題ナッシングYO』

 電子ゴーグルを光らせ、長いヒゲを撫で伸ばして笑うアロ。確かに理屈では簡単そうだ。

「その応急処置って、僕らでもできますか?」

 するとアロが「うーん……」と首を傾げた。

『ミーには簡単YO』

 質問の答えになってなかったので、もう一回聞いてみると

『ユーたち、分子溶接できる?』

 ちょっと待って。普通科に通う一高校生が溶接なんかできるわけがないのだけれど。ましてや分子溶接って何? そもそもそんな大それた工具が、このライドクローラーに搭載されているかも怪しいのだが。

格納庫したにいって、溶接機があるかどうか探してくる」

 まだ話も終わらぬうちから、格納庫へと駆け降りていく再生体。トオルはその背中を見送りながらアロに尋ねた。

「ちなみに、その溶接って誰でもできますか?」

 貴重な水を生み出すためだ。やってみる価値はあるだろう。すると……

『やり直しの利かない一発勝負NE』

 場合によっては空気清浄機もOUTになるYO。と、笑いながらヒゲを弄ぶアロ。冗談じゃない。空気清浄機まで壊れてしまったら、バブンガスを浄化できなくなってしまう。と、そこへ肩を落とした再生体が戻ってきた。

「兄者。残念だが、この車両には溶接機の類が搭載されていないようだ」

 すっかりやる気を削がれ、ガッカリする再生体の表情に、半分だけホッとする。

『Ohー! それでは修理できませんNE』

 トオルは考えた末、額に手を当てて嘆くアロにお願いした。

「アロさん。ワンワ(そっち)の車両修理が終わったら、こっちに来て直してもらえませんか?」

『それはかまわないけDO ……そっちへ到着できるのは一週間後になるYO」

 その頃にはみんな干からびてしまっているのだが。

 ――どうしよう

 こうなっては仕事どころではないし、かと言って、仕事放棄もできない。するとアロからひとつの提案がなされた。

『道中、貯水タンクに給水しながら行くしかないNE』

 つまりは一時しのぎ。それでも水が確保できるのならば、ありがたいことだった。トオルはアロから貯水タンクの注入口の場所を教えてもらい、通信を切った。

「それで兄者、元となる水はどうする?」

 肝心な水源地に行き着くまでにはあと三日はかかる距離。それまでに備蓄用のミネラルウォーターはあっという間に尽きてしまうだろう。

「極力、水は使わず、他のもので代用していこう」

 喉が渇いたならば、他の飲料水を飲むようにすれば良いのだ。例えば炭酸ジュースや野菜ジュースで。もっとも備蓄量に限りがあるだけに、はたして足りるのかどうかも怪しいのだが。ただ、はっきり言えることは、当分カップラーメンはお預けだ。



 水無し生活2日目。

 トイレを外で済まし、歯磨きはコップ半分のミネラルウォーターを使用。入浴はもちろんのこと洗顔も禁止。水分補給はジュースで補っていたのだが……喉は潤えど体の乾きは癒されず、流石に食事も喉を通りにくくなっていた。貯水タンクの全容量は約200リットル。今までは生活用水を含め3~4人が使っても足りる水量であり、また減っていくそばから水が生成されていく設備環境だっただけに、初めて水のありがたさが身に沁みた。

 ――残り5本か……

 備蓄本数が半分となってしまったミネラルウォーター。普段は進んで飲もうともしなかった水も、今では希少価値のある宝石のように思えてきた。こんなことになるなら、カップラーメンなんか食べなきゃ良かった。と、トオルは昨日の自分を呪った。

 ――あと一日、何とか持ちこたえなきゃ

 次の配達先の村。その先にある湖でライドクローラーを洗い、貯水タンクに水を汲み上げ入れる予定だった。

 ――それまで、何もなければいいけど

 同時に気象情報にも注意を払った。バブンガスに紛れて、また盗賊たちが襲ってこないとも言えなかったからだ。

 ――こんな状況でバブニアンなんかに襲われたら、どうなるか分かったもんじゃない

 そんな落ち着きのない時間を過ごし、精神的に疲労を感じた頃だった。再生体の監視のもと、ライドクローラーの見習い運転手をしていたケイニャが何を思ったのか窓の外の風景を見て言う。

「トオルさん、もしかしたらお水の確保ができるかもしれません」

 聞けば、この先にケイニャが生まれ育った村があるというのだ。地図を確認すれば、確かに南南西の方角に小さな村があった。

「予定の進路から、かなり外れるけど」

 地図を睨みながら、考えあぐねていると

「拙者の目測だが、この距離なら精々半日程度の遅れで済むはずだ」

 ここはひとつ水の確保を最優先するべきだ。と口を挟む再生体。悔しいが、距離感の把握に関しては再生体の方が的確で間違いはないのだ。

 よし、決めた。とトオルは幼女に指示を出した。

「ケイニャ、君の村に行こう」

 わかりました。と、慣れ始めた操縦で南南西に進路を変更するケイニャ。生まれ故郷への里帰り。さぞや嬉しいだろうと幼女を見やれば、なぜか表情を曇らせていた。

 ――もしかして、嬉しくないのかな?

 とケイニャの心情に疑問を持つトオルだった。

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