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第一章 リーダーの資質1

「あと一件」

 トオルはオンボロのライドマシンに跨がると、リアクターエンジンを始動させ、次の目的地へと走り始めた。

 ――どうやら『バブン』は発生していないみたいだな

 風除けのシールドスクリーン上のHUDヘッドアップディスプレイに映し出された情報を読み取り、遠くにそびえ立つ火山の様子を伺った。

 地表から噴き出る特殊な火山ガス『バブン』。この惑星ンカレツッアにおいて、それは日常茶飯事のことだと聞いている。

 少量ならば人体に影響を及ぼすことはないものの、バブンを大量に吸い込めばたちまち意識を失う危険なガスである。肺に重く溜まり、やがて肺細胞を破壊し、死に至らしめる天然ガス。この星の先住民たちの大半は免疫機能が備わっているらしいのだが……外惑星の星人であるトオルたちにとっては毒以外何物でもない気体である。

 発生条件は地殻変動。いわゆる地震の類だ。だが宇宙人の高度な技術より、常に正確な変動数値を把握することができていた。

 ――火山も安定しているし、とりあえずは安心かな

 HUDに映し出された地殻情報を見やりながら、スマートフォンの音楽アプリを再生した。持参したお気に入りの曲。それはあたかも自分自身への挿入歌のようだった。

 ――母さんたちも、まさか僕が宇宙でバイトしているとは思わないだろうなぁ

 この星に来てから、すでに一週間。

 最初の頃の緊張感もすっかりなくなり、こっちの生活に慣れてしまったことに、ひとり笑うトオル。そして……

 ――お金を貯めて来年の夏までに絶対に免許を取って旅に出てやる!

 両親を見返してやる。そんな意気込みを胸に抱きながら、トオルは二週間前のことを思い出した。



 ――うーん、できれば夏休みだけの短期バイトが良いなぁ

 駅前に設置された小冊子スタンドから頂いた無料求人誌を捲りながら、トオルは唸っていた。

 キャンプでの出来事からすでに一週間。結ばれてしまった深月と再生体に、泣き崩れる時間を過ごし、腐っていた夏休み。

 ――このままじゃダメだ

 過去と決別し、自分探しの旅をしよう。そうすれば自身の中で何かが変われるような気がしたからだ。

 ――どうせならバイクで遠くに行ってみたいなぁ

 以前閲覧したネットのブログ。とある高校生が祖父から譲り受けたカブで北海道を一周したという体験記。トラブルにまつわる苦労話や人との出会い。ほぼ毎日更新される生き生きした内容に、トオルは共感と憧れを抱いていた。

 ――よし、旅に出よう!

 思い立ったが吉日。……が、旅立つ資金が無かった。高校に入ってからお小遣いは上がったものの、大きな買い物ができるほどの余裕が無かったのだ。

 ――そう言えば母さんが、お年玉貯金してくれていたような

 お正月の度に、両親の祖母と祖父や親戚から貰ったお年玉。どれだけのお金が貯まっているかは分からないが、小学生の頃からの貯金だ。きっと結構な金額になっているだろう。それを見越し、その日の夕食時、トオルは母親に訊いてみた。

「貯金してあるけど、もし必要なら母さんが立て替えてあげるわよ」

 何に必要なのかと尋ねられ……

「バイクの免許を取りたいんだ」

「原付か?」

 テレビを観ながら発泡酒片手に箸を動かす父親に、トオルは首を横に振った。

「小型自動二輪か、中型を取りたいんだ」

 その途端、ピタッと箸を止める両親。食卓の空気が固まった。それとは逆に、隣でご飯粒を頬につけた智花が眼を輝かせた。

「トオルにぃ、バイクに乗るの?」

「うん」と得意げに頷いて見せた途端

「ダメだ」と父親に睨まれた。母親に反対されることは覚悟していた。それでも男同士の父親ならば、快諾してくれるだろうと思っていたのだが。

「何でダメなのさ?」

 すると父親は手元のリモコンを取って、テレビを消した。

「危ないし、お前にはまだ早過ぎる」

「16歳で免許が取得できるのに、何で早過ぎるのさ」

 現に学校ではカブやスクーターで通学している生徒もいるのだ。

「それに父さんだって、高校生の時に免許取ったんでしょ。なのに、なんでダメなのさ?」

「父さんの頃は時代が違う。駅も遠く、バイク(あし)がなければ、どこにも行くことができなかったんだ」

 発泡酒の残りを煽って中身を空にする父親。母親が冷蔵庫から新しい発泡酒を出すと、父親はそれを受け取ってプルタブを起こした。

「お前の本分は何だ? 言ってみろ」

 高校生の本分……つまり勉学に励む学業だ。

「そうだ。そのために定期代まで出して、わざわざ進学校へ通わせているんだぞ」

 つまりバイクを乗る必要性はどこにもないと言うのだ。

「そうよ。なのに、何でまたバイクに乗りたがるの?」

 柔らかい物腰で尋ねる母親に、トオルは言葉を濁した。

「別に……ただ乗りたいから……」

 父親が反対している以上、母親からも賛同を得られないだろう。それだけに旅に出たいからなどと言えるはずがなかった。

「バイクなど乗らないで、高校を卒業してから車の免許を取れば良い」

 そうしろ。と、言ってテレビをつける父親だった。

 ――それじゃあ、遅すぎるんだよ。父さん

 見知らぬ土地へ向かう勇気。そして新たなる可能性を発見し、ポッカリと空いた傷心を満たしたいのだ。言わば自分探しの旅。それだけに今でないと意味がないのだ。だがトオルはそれを口にしなかった。

 もう結論は出たのだ。

 トオルは残念そうな表情をする智花と心配する母親の顔も見ずにご飯とおかずをかっ込むと、箸を置いて自室へと戻った。

 ――こうなったら誰にも頼らないで、自分で稼ぐしかない

 と、本気でアルバイトをする決意をしたのだが……


 家族審議の翌日。

「うーん……」

 エアコンの効いた自室にて書き上げた履歴書と携帯電話を横に置き、薄い求人誌を睨みつけるトオル。応募に対し、万全で完璧なまでの布陣。だったのだが……

「今頃応募しても、ほとんど埋まっているよな……」

 カレンダーの暦を見れば、すでに8月。

 面接を受けようと電話をしてみれば、定員が満たされ応募終了を言い渡されたのだ。交通調査のバイトはすでに受付終了。かと言って宅配便における最寄りの営業所は学校よりも遠いのだ。近場でのバイトとなると日払いが可能な引越し屋さんくらいなのだが……新しい生身の体では力仕事ができるかどうかあやしいのだ。

 ――何としても、お金を稼がなきゃ

 せめて免許だけでも内緒で取ってしまおう。既成事実を作ってしまえば、両親も認めざる得ないだろう。そのためには、何としてもお金が必要だった。だが気持ちだけが先走り、求人内容が頭に入ってこない。知らず知らずのうちに『派遣社員』や『契約社員』の項目にまで目を伸ばしていた。

 ――少し冷静になろう

 とジュースを取りに階下に降りるトオル。そして部屋に戻れば、なぜか窓が開きっぱなしになっていた。

 ――あれ? おかしいなぁ?

 サッシを閉めて今一度、求人誌を広げると、一枚の紙が挟まっていた。

「何だ、コレ?」と首を傾げてチラシに視線を落とせば


【高収入】期間限定!

 リゾート地での配達業務。高校生可。資格不要。未経験者大歓迎。バイク貸し出し無料(免許不要)。連絡用端末機貸し出し無料。

 三食昼寝付き。交通費は当社が全て負担します


 それはトオルにとって願ってもない条件だったのだが

『まずは気軽に連絡を』

 誘い文句の最後に記されたハートマークがあからさまに怪しかった。気になる給与額は日当15000円。残された夏休みを二十日間として計算すれば、ザッと30万円……。そんなうまい話があるわけがないと、記された連絡先と面接地を見れば、知った電話番号と住所が記されていた。


「採用っ!」

 アポイントなしで面接場所へ行ってみれば、猫耳レースクイーンが玄関先に現れ、即雇用の一言を言い放ち、傍に仕えた白髪の老人が拍手をしていた。しかもどういうわけか妹の智花まで猫耳カチューシャと尻尾を付けてレースクイーンの格好をしている。憧れの保子莉お姉さまとお揃い。右耳が灰色に擦れているところを見ると、理由はきっとそんなところだろう。

「いや、ちょっと訊きたいことがあって来ただけなんだけど……」

「トオルさま。差し出がましいようですが、もしかして、その手にしているのは履歴書の封筒ではありませんか?」

 手元を目敏く発見する老人に、トオルが眉根をしかめていると

「ならば早速、面接じゃ!」と猫耳レースクイーンが息巻いたのは言うまでもない。


「ほうほう……」

 フォーマルなスーツに着替え、伊達眼鏡を掛ける保子莉が、持参した履歴書に視線を落とし、もっともらしく頷いている。どうでも良いことだが、その衣装はこの面接のために用意した物なのだろうか。しかも気になるのは妹の存在。

 ――なんで智花がここにいるんだよ

 まったく理由が分からなかった。保子莉と一緒になって面接官を気取ることもなく、むしろその後ろで彼女の尻尾に関心を寄せていた。クネクネと黒い尻尾が振られる度に、首を右へ左へと振る智花。まるで動く物に興味を注ぐ子猫みたいだ。そして尻尾を捕まえようと手を出すもののなかなか捕まえられないでいる。決して保子莉は後ろを見ているわけではない。周りに気を巡らしていれば、躱すことは容易いのだ。それは猫っ子になったことのあるトオルだからこそ分かることだった。

「文句なしで採用っ!」

 ろくに履歴書を見もしないで即決する保子莉に、トオルは訝しんだ。

「ちゃんと見てくれた?」

 生まれて初めて書いた履歴書。お小遣いを叩いて、駅前に設置されている証明写真機で撮った写真付きなのだから、もう少し真面目に見てもらいたいのだが。

「ちゃんと見たぞ。小中高の経歴じゃろ」

 それ以外書くことがないのだから、しょうがない。

「ちなみにアメリカでは写真も年齢もいらん。雇い主が知りたいのは最終学歴と成績、そして何を得意とするかの自己PRだけじゃぞ」

 さすが実力主義の国。だが、ここは日本だし、そのテンプレ流儀に従って書いたまでだ。と言いたかったが、そんなことはどうでも良かった。

「だから即採用って言うのも、どうかと思うけどなぁ」

「何が不満なのじゃ? わらわが採用と言うのじゃから、それで良かろう」

 すると隣に座る老人が彼女の猫耳に囁いた。

「お嬢さま。お言葉ですが、それでは面接になりませんぞ。ここはいくつか質問をなさってみてはいかがでしょうか?」

「ふむ。それもそうじゃのぉ」と頷き

「ライドマシンに乗った経験は?」

「えっ? 一応ありますけど……」

「では他の惑星に行ったことは?」

「はぁ、一度だけなら……」

「やっぱり採用っ!」と指差す猫耳面接官に、三度眉をひそめるトオル。何しろ答えた全ての事柄は、彼女が知っていることなのだから。

「もう帰る」

 アホらしい。とトオルが立ち上がると

「すまん! 今のは無しじゃから、帰らんでくれぇ!」

 ちゃぶ台越しで泣きつく猫耳面接官に、トオルは非情になれず、仕方なく座り直した。

「爺。トオルを落とす良い策はないか?」

 トオルに背中を向けての密談。……の、つもりなのだろうが、耳打ちするなら本人に聞こえないようにもっと小さな声でしてほしい。

「お嬢さま。ここはひとつ、面接らしく、トオルさまの人間性などを試されてはいかがでしょうか?」

 流石は年の功。面接と言えば志望動機や本人の人間性などを問うのが本来の目的だ。すると猫耳面接官も納得し「では、あらためて」と質問内容を考え、そして……

「えー、もしわらわのような可愛いおなごから付き合ってくださいと、告白されたらどうしますか?」

 えっ?

 ちゃぶ台を挟んだ向こう側から、上目遣いで見つめる保子莉。その表情はさながら告白の返事を待つ女の子そのものだった。

 だが即答することができなかった。なにしろ失恋したばかりで、まだ立ち直れていないのだ。一度目に相思相愛の仲になり、二度目は断られ、三度目は再生体に奪われたのだ。「付き合いません」と答えれば、いつまでも過去を引きずる未練がましい男に思われるし、かと言って「付き合います」と答えれば乗り換えの早い軽い男だと勘違いされるだろう。

 ――何て答えればいいんだろうか?

 と、結論を出せずに悩んでいたら、時間切れを言い渡された。

「及第点じゃが、採用ということで良いじゃろ」

 意味が分からず、合格の理由を問えば……

「まぁ判断力の試験だと思ってくれれば良い。イエス、ノーと即断出来れば、もっと良かったのじゃが、慎重に考えることも大事なことじゃからな」

「それで模範解答は?」と訊けば「秘密じゃ」と返されてしまった。

「さて、アルバイトをしたい動機は智花から聞いておるのじゃが……どうじゃ、うちで働いてみぬか?」

 募集内容ならば申し分のない条件だが、やっぱり気になるのは勤務地と時間だった。

「それもそうじゃな」

 彼女はそう言って老人からタブレット型の端末を受け取り、左中指でもって伊達眼鏡を押し上げた。

「場所は『惑星ンカレッツア』。勤務日数はおよそ二十日間ほど。仕事の内容は伝票チップに記載されている場所に荷物を届けるだけじゃ」

 どうやら本当に配達の仕事らしい。でもなぜ急に。本業の猫缶転売はどうしたのだろうか。

「それなのじゃが……実は猫缶が複製コピーされまくって商売が立ちゆかなくなってしまってのぉ」

 訊けば、宇宙ではコピーに対する罪悪の概念がなく、同時にそれはオリジナルとしての主張権利がないことを表していた。

「そこへもって今回、配達業務の依頼があってのぉ、渡りに船とばかりに請け負ったのじゃが……」

 と彼女は眉をしかめ……

「ハッキリ言って人手が足りなくて困っておるのじゃ」

 つまり猫の手ならぬ、人の手を借りたいということらしい。

「そういうわけで、お願いじゃトオル! わらわを助けると思って手伝ってはくれまいか!」

 ちゃぶ台に両手をついて頭を下げる保子莉。心なしか灰色にかすれた猫耳も萎れているように見えた。

「お嬢さまのためにも、どうかトオルさまのお力をお貸しください」

「お願い、トオルにぃ!」

 保子莉の斜め後ろで土下座を決める老人と、それを真似る智花。なぜ智花にまでお願いされるのか分からなかった。……が、どちらにしてもトオルは断ることができず、了承するしかなかった。

 ――まぁ、求人バイトも無いことだし、やってみるか

 と二つ返事で今回の仕事を引き受けたトオルだった。

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