黒い羽の君
「お兄さん、だれ?」
目の前で僕にそっくりな子供にそう聞かれた。
いや、これは僕だ。
子供の頃の、僕。
不思議と驚きはしなかった。
なんとなく、こんな日がくることを予想していたからかもしれない。
「僕は僕だよ。」
「?」
本当に誰なんだろう。
僕は僕ってどういうこと?
それに...
「ねぇ、なんで羽生えてるの?」
「え、あぁ、ほんとだ。」
このお兄さんの背中には、真っ黒な羽が生えている。
「白い羽じゃないから、天使じゃないね!」
「うん、そうだね。」
「じゃ~、カラス?お兄さんにはカラスの羽が生えてるの?」
「そうかもしれないね。」
何を言っても曖昧な答えしか返ってこない。
これじゃあ話が進まないじゃないか。
「作らなくていいよ」
「...え?」
「子供の自分を作らないでいいよ」
何を、言ってるんだ?
「う~ん、この方が分かりやすいかな...」
「なんの、こと?」
「自分を演じなくて、いいよ」
!!なんで、そんなことを...。
「知ってるよ、全部。自分を押し殺してること。誰にも気づかれないように本心を隠して、でも本当は気づいて欲しいこと。」
「や、やだなぁ。僕はまだ子供...」
「子供、のはずだった。うん。君の年齢ならまだまだ子供のはずだった。」
そうだよ、僕はまだ7歳。それなのに、心だけ急かされて流されて...本当は僕だって...
「子供でいたかった。だよね?」
「っ!よく、分かったね。」
ほんと、三者目線で見ると、
僕ってこんなにも孤独だったんだ。
知ってたけど、こうも直接的に目の前にするとあまりにも悲しい。
「君はさっき、白い羽じゃないから天使じゃないって言ったね。」
「うん」
「君は、天使になりたい?」
「...え?」
急なおかしな質問に唖然としている。そう、もっと自分の感情に素直でいいんだよ。
「天使に...なれるもんならなりたいよ」
「それはどして?」
「だって、天使は汚れてない。綺麗だから。」
うん。そう思ってた。
でもね、違ったんだよ。
「でも、それって見た目だけで、中身じゃないよね。」
「どういう事?」
「僕の羽、黒いでしょ?でも、今はとても幸せなんだ。」
今の君には、分からなくていい。
でも、こうして昔の自分に会っているんだし、それなりの役目を果たさないとね。
「白くなくてもいい。汚れてもいいんだよ。それが自分なら、例え真っ黒になってでも突っ走って。」
「...」
よく分からないだろうに、真剣な眼差しで聞いてくれる。なんか不思議だな、僕の話を目の前で僕が聞いてるなんて。
「僕もね、白でありたい時期もあった。純白を守ろうとした時期も...。でもね、そんなことに意味はなかったんだ。そんなの、僕として生まれた意味が無いから。僕が僕であることを諦めたら、それは授かった人生じゃないから。」
「僕が僕であること...」
「そう、それで離れてく人がいたら、その程度だったってこと。その羽が何色に染まろうともそばに居てくれる人が1人でもいれば、十分なんだよ。」
実際、真っ黒に染まったこんな僕にもついてきてくれる人がいて、仲間でいてくれる人がいて。それがたとえ大人数じゃなくても、そこには確かに愛があって。大人数に囲まれていた時よりよっぽど幸せなんだ。
「ねぇ、お兄さん。黒に染まって、怖くなかったの?見放されるの、怖くないの?」
「ううん、怖いよ。怖かった。でもね、それが生きるってことだから。」
すると、急にバサバサと羽が動き出した。
少し喋りすぎちゃったかな。
もう時間切れみたいだ。
「あ、待って!僕はまだ...!」
「大丈夫。自分を信じて。僕を信じて...!」
「あ、お兄さん!」
大丈夫。
きっと。
自分の人生を自分で生きれば。
どんなに汚れても、
僕であることを諦めないで。
僕にだけは純粋でいて。
愛に純粋に生きて...。