【04】討伐命令
ジョンとメアリーの持ち帰った調査結果は、ドラクロワの立場を脅かすものであった。しかし、マテウスは、公平にすべての枢機卿の手元に報告書が行き渡るように手配した。結果、枢機卿団の定例議会で議題にのぼる。
ドラクロワ現法皇派の枢機卿たちは聖女サマラについて、あくまでも本物の聖女であり魔王に降ったのは本人の問題であるとした。報告書の信憑性を疑い、聖女降臨の啓示は本物であって、譫妄などではないと現法皇を強く擁護する。
しかし、魔王の誘惑に負けるような者に、全知全能たる女神が聖女の力を与える訳がないという指摘にはろくな反論ができず、次期法皇候補のジュリアン派が優勢のまま議論は進んだ。
けっきょく後日、法皇本人を交えた査問会が開催される事となり議会は幕を閉じた。この決定を受けてドラクロワは法皇宅でもあるミンティア宮殿に幽閉される事となり、自由な外出を制限される事となった。
因みにジュリアン枢機卿が法皇代理として公務を代行し、現法皇は病気のために自宅で静養すると対外的に発表された。しかし、人の口に戸板を立てる事はできず、法皇庁の現状は海を隔てた土地にまで広まっていった。
その過程で“法皇の成した聖女降臨の啓示とサマラへの聖女認定は間違いであったかもしれない”という話はいつしか“法皇は間違っており、サマラはやはり偽聖女だった”というものに変化していた。
法皇自身は異を唱える様子もなく「これもまた女神の与えたもうた試練である」と、粛々と議会の決定に従った。しかし、日を追う毎に、次第に虚空を見つめてぼんやりと過ごす事が増えていき、日がな一日、寝具の端に座って窓から覗く空をただ見つめる日々を送るようになった。
マテウスは変わらず部下と共に法皇警護の任務を粛々とこなす毎日を送る。
そうして査問会の日が間近に迫ったその日、マテウスはジュリアン枢機卿に呼び出された。
大聖堂の議会室に入場すると、円卓に着いた聖衣の者たちが、一斉にマテウスへと視線を向ける。彼らが枢機卿である。その中にはアレックスの姿はない。どうやら、公務で法皇庁を離れているらしい。
ともあれ、マテウスは円卓に向かって敬礼する。
「聖騎士マテウス・ホプキンス、お呼び立てを受け、ただいま馳せ参じました」
すると、入り口からもっとも遠い席に着いた女性の枢機卿が声をあげた。
「ご苦労様」
彼女がジュリアン枢機卿であった。代々大司教を排出している名門ベルモンド家の令嬢で、いかにも品のある顔立ちをしていた。齢四十を過ぎた今をもってなお若々しい精気に溢れている。声も艶やかで張りがあり、そこまでの年齢には思えないだろう。
ただし、その目つきは女性らしい柔らかさよりも、抜け目のないずる賢さが際立っていた。
「本日はどういった御用でしょうか?」
「本日付けで君と君の部下一同は、近衛の任務から外れてもらいます」
「は?」
マテウスの目が点になる。そこで、ジュリアンは右手の指を二本立てた。
「理由は二つ」
まず、中指を折る。
「……まず、貴方は猊下と非常に近しい関係です。そういった者が今の猊下の側にいる事は、公平とは言えません。あの大聖堂の戦いで勇者一行と死地を共にした経験があり、あの女とも親交が深いと聞きます」
どうやらジュリアン法皇代理からは、ドラクロワ派であるかのように見られているらしい。
「親交が深い? それはあらぬ誤解です……」
マテウスは弁明するが、ジュリアンは問答無用といった様子で続けた。
「御託は結構。兎も角、他の者に近衛隊長を任せようと思います」
そもそも、この現法皇に不利な現状を招いたのは、くだんの報告書が原因である。もし自分がドラクロワ派で聖女を擁護する立場なら、発端となったジョンとメアリーの調査結果報告書を握り潰している。
確かに法皇の事は敬愛している。しかし、だからといって自らが誇りとしているのは、法皇警護という任務に準じる自分自身の魂であり、アレックスのようにドラクロワに肩入れしている訳ではないのだ。
反論が口から出掛けるが、先にジュリアンは残る人差し指を折って言葉を被せた。
「……二つ目の理由ですが、現在、アウグス聖国の北西に、不穏な者たちが集まっているとの報告があがりました」
アウグス聖国は、このウンビリクス・ムンディの南方に突き出たパエニスラ半島を領土とする国だ。現在は建国式典が行われており、そこにアレックス枢機卿も参加していた。
「その者たちの素性はいったい……」
「魔王軍の残党ですね」
魔王の死により異界のモンスターは、この世界より去った。しかし、まだこの頃は人間やオークで魔王に与みしていた者たちの生き残りが少なからずいた。
「……何か良からぬ事をしでかす前にアウグス聖国は討伐軍を編成し、機先を制するつもりであったのですが、どうやら斥候によれば、敵はかなりの戦力を揃えているらしいのです。そこでアウグス国軍から援軍要請がありました。君にその援軍の指揮を取ってもらいたいのですが」
「どうして自分が?」
そのもっともな疑問にジュリアンは答える。
「現在、世界から魔王が去ったとはいえ、その猛威がもたらした傷は癒えていません。それはアウグス聖国も同じで、経験のある兵力が圧倒的に足りない」
アウグス聖国は元々小国であり、魔王軍の進攻によって多大な被害を被った。
「そこで、我々としても手を貸したいのは山々でありますが、こちらも戦力が不足しているのです」
マテウスは思い出す。
あの忌々しき“邪眼”デスゴアによって聖騎士団は壊滅の憂き目にあった。その立て直しは最低限にしか済んでおらず、法皇庁も戦力に余裕があるとは言い難い。
「……そこで、あの魔王軍七魔将との戦闘経験もあり、腕利きの貴方に援軍の指揮をして欲しいのですが……」
「なるほど……」
そういった理由ならば、納得はできる。
マテウス・ホプキンスは、ジョンやメアリーなどの部下と共にアウグス聖国への援軍として、魔王信望者の残党狩りに加わる事となった。




