【03】調査結果
マテウスはジョンとメアリーの二人をサマラの故郷へと向わせて、その生い立ちを調べさせる事にした。
サマラが力に目覚めたのは、彼女が五歳の頃である事は良く知られていた。
もしも、ジュリアン派が唱える通り、サマラが作られた偽の聖女であり、その力が邪悪なものならば、幼少の頃より魔王に見初められていた事になる。もしかすると、その痕跡が故郷に残っているかもしれない。
ジョンとメアリーが戻ってくる間、マテウスは何食わぬ顔で公務をまっとうする。二人が自らの望む結果を持ち帰ってくれる事を願いながら……。
そうして時間は流れ、ジョンとメアリーがウンビリクス・ムンディへと帰還を果たす。
さっそく、マテウスはその日の深夜に二人を自宅へと招き、労をねぎらい、調査報告に耳を傾ける事にした。
二人は長旅から戻ったばかりのはずだったが、あまり疲れた様子は見られなかった。きっと順調な旅路であったのだろう。
ジョンとメアリーはアレックス枢機卿に取り立てられた元冒険者の信徒で、長旅にはとうぜん慣れてはいる。しかし、モンスターの跋扈する世ならば、こうはいかなかったであろう。
これも世界が魔王の呪縛から解き放たれ、平和が訪れた事の象徴であると、マテウスは気を良くした。
そして定型的な挨拶を済ませたあと、応接卓を挟んで向き合った彼らの口から語られた話は、マテウスにとって、とうてい信じがたいものであった。
まず口火を切ったのはジョンだった。
「……我々が聖女サマラの故郷を尋ねたとき、既にその生家は焼け落ちており、彼女の両親であるエデルとソフィアは自害した直後でした。どうやら自宅に火を放ったあとで首を吊ったようです」
「……なぜ、そんな」
彼らが自害した動機は理解できる。聖女と信じていた娘が勇者を裏切り、魔王と共に果てたのだ。しかし、自宅をわざわざ燃やした理由は何であろうか。
呆気に取られるマテウスに、メアリーが更なる衝撃をもたらす。
「……サマラの郷里であったマグダラ村の住人たちに、生前の彼らの事を聞いて回ったところ、興味深い証言をえる事ができました」
そう言ってメアリーが麻の背負い袋の中から取り出したのは、一つの水晶球であった。少し大きめの林檎ほどはある。
“過去見の玉”
周囲の映像や音声を記録する事のできる古代の遺物。
メアリーは応接卓の上に置いた“過去見の玉”に向かって短い呪文を唱えた。すると、その映像が再生される。|()
『……あの、もう良いですか?』
そう言ったのは、辺境の田舎には似つかわしくない垢抜けた雰囲気の少女であった。ずいぶんとめかし込んでおり、左の口元にある黶が印象的だった。どうやら、村の宿屋の酒場か何かで記録された映像のようだ。まだ開店前なのか、他に人の姿はないようだった。
「彼女はエミリー。サマラとは幼馴染みだったそうです」
メアリーがそう言うと“過去見の玉”からも彼女の声が聞こえた。
『では、今の話、もう一度、お願いできますか?』
すると映像のエミリーは咳払いを一つして、居ずまいを正した。そして言い辛そうに語り出す。
『その……サマラの一家は、ちょっと、村でも……その、変わっていて』
『変わっているというと?』
『サマラのお父さん……エデルさんは、元々は余所者だったらしくて……その、これは、村の男の人の……誰から聞いたのか忘れたんですけど……』
『良いですよ』
『えっと、エデルさんの胸元には犯罪者を示す焼き印があったって……』
「……これについては、既に当人の遺体は灰となっており、確認はできませんでした」
と、目の前のメアリーが補足を加える。そして“過去見の玉”からメアリーの声が聞こえる。
『……それでは、母親の方は』
『えっと。その……お母さん……ソフィアさんは、ずっと村の隅っこのみすぼらしい家で、暮らしていて……これも、聞いた話なんですけど……』
そこでエミリーは、顔を赤らめながらうつむき、しばしの間、逡巡を見せてから口を開いた。
『村の男の人に相手にされなかったから……その、たまに村に訪れる旅人とかを、その……誘って……その……恥ずかしくて、これ以上は言えません!』
そこで、エミリーは顔を両手で覆った。次にメアリーの淡々とした声が聞こえる。
『……つまり、そうして生まれたのがサマラであると?』
『はい……そうです』
「この“村の男に相手にされなかった”と“余所者に色目を使っていた”というのは、他の村人も証言しています」
メアリーの補足にマテウスは顔をしかめる。
「本物の聖女が、そんな卑しい生まれであるはずがないな……」
再び“過去見の玉”からメアリーの声がする。
『では、聖女はどうでしょう? サマラの幼少期は……』
エミリーは少しの間だけ視線を斜め上にあげてから口を開いた。
『……確かにサマラは少し、その、生まれが……その……アレですけど、私はそんなサマラにも分け隔てなく優しく接していました。聖女の力に目覚めるまで村の爪弾き者だった彼女にも優しい慈愛の心で接していました。それなのに……それなのに……こんな……彼女が教会に聖女と認められたときも、勇者と一緒に世界を救うために旅立ったときも、私、とっても嬉しかったのに……凄く裏切られた気分です……うぅ』
エミリーは再び顔を両手で覆い啜り泣きをしているような声を上げ始めた。そんな彼女をなだめるメアリー声が聞こえた。
『心中はお察しします。我々も聖女が魔王に降ったなど信じられません。ですから、それが間違いである事を確かめるため、この村へとやって来たのです』
『はい……はい……私にも信じられません』
『辛いでしょうが、もうしばらくお付き合いください。それで、サマラについて、何か気がついた事や思い出した事があれば、何なりとおっしゃってください』
『えっと……そういえば……』
『何でしょう?』
『……サマラの家には何度も遊びに行った事があるんですけど、居間に変な像が……ちょっと……木像だったから、もう燃え尽きてなくなっているかもしれませんが』
『変な像?』
『女神様の像ではなかったと思います。私はサマラを信じていますから、たぶん、いかがわしいものではないと思いますけど……凄く禍々しくて私には少し怖く感じました』
『では、このあと、サマラの一家が暮らしていた家のあった場所へ案内していただけますか?』
『えっと、ちょっとこちらからも聞きたい事が……』
『はい?』
『この記録って、その身分の高い方とかもご覧になるんですか?』
『はい?』
『例えば、その……若い貴族様とかお金持ちの司祭様とか』
『ああ。この記録は極秘です。一部の者のみの間だけで共有されます。なので、ご安心ください』
そのメアリーの言葉を耳にしたとたん、エミリーは全てに興味を失くしたように、すっと無表情になった。
『……これから、仕事の準備があるので他の人に案内してもらってください』
そこで映像は終わった。
マテウスは両腕を組み合わせて思案顔を浮かべた。すると、ジョンが己の背負い袋を膝の上にのせて、両手であさり始める。
「……このあと、他の村人にサマラの生家のあった場所に案内してもらったのですが、焼け跡からこれが」
そう言って、取り出したのは焼け焦げた魔王の木像だった。
「……やはり、聖女は」
このとき、マテウスの中でサマラへの疑いがより色濃くなった。




