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殺されて井戸に捨てられたチート怨霊がイケない勇者とハーレム美少女達にコワーイお仕置きイッパイしちゃうゾ!  作者: 谷尾銀
外伝・暗闇の聖母

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【00】暗闇の聖母


 その者の通り名は誰もが知っていた。


 “暗闇の聖母”


 権謀術数に優れた全ての黒幕。世界に張り巡らされた蜘蛛の巣の中心で笑う者。

 裏社会を牛耳り、幾万もの屍の山の上から、あらゆる犯罪者たちを見下ろす死の王。

 しかし、その正体は、()という事以外は、何も解っていない。

「……本当にあんたが“暗闇の聖母”?」

 簡素な木の円卓の席に着いたレザーコート姿の男が、半信半疑といった様子で尋ねる。

 すると、彼と向かい合った波打つ金髪の女が「ええ」と、妖艶に微笑んだ。そして、自らが着ていた赤いドレスの胸元を右に引っ張る。

 すると、男は身を乗り出して女の胸元を凝視する。

 そこには、確かに七本足の蜘蛛の刺青があった。それは、正体不明の犯罪王を指し示す、唯一の烙印だった。

「……確かに七本足だ」

 男がそう言ったあと、女はさっと襟元を正す。すると、いつの間にかテーブルの脇にいた、冬場の栗鼠(りす)のように丸々とした顔立ちの田舎女が、木製のカップに並々とつがれた麦酒をテーブルに置いた。

「お待たせしました」

 そこは、ひなびた宿場町のどこにでもあるような小さな酒場だった。カウンターとテーブル席が二つ。どうやらさっきの田舎女が一人で切り盛りしているようだ

「しかし、天下の犯罪王が、こんなしょぼい酒場に顔を見せるとはね」

「こういう場所だから良いのよ。誰もが私たちの事を単なる破落戸(ごろつき)と、どこにでもいる娼婦だとしか思っていない。まさか有名な賞金稼ぎと金貨千枚の賞金首だなんて思わないでしょう?」

「有名ね。俺の名前も知られたもんだ」

 男はどこか誇らしげに言った。すると、目の前の女は麦酒を勢い良く飲んだあとで口を開いた。

「一つ忠告だけれど」

「何だ?」

「顔と名前が売れたって、良い事なんか一つもないわ」

「そりゃ、面白いジョークだ」

 男は不敵な笑みを浮かべた後で麦酒に口を付けた。




 コペック・ガーランドは、腕利きの賞金稼ぎだった。彼はさる貴族の依頼で娘を暴行し嬲り殺した暴漢を追い詰めたとき、“暗闇の聖母”に迫る情報を聞かされた。

 何でも“暗闇の聖母”は、若い頃はさる冒険者パーティに所属しており、その元仲間の冒険者によると、彼女の胸には七本足の蜘蛛の刺青があるのだという。

 暴漢はこの情報と引き換えに、自分を見逃すようにと懇願してきたが、そんな真偽不明の情報などに踊らされる事はなく、コペックは彼をあっさりと処した。そして、その首を依頼主の元へと持って帰る。

 それから依頼主の館で労いの言葉と報酬を受け取ったあと、ささやかな酒宴が開かれる事となった。その席での事。

 コペックは、暴漢が口にした“暗闇の聖母”についての話を戯れに話してみると、依頼主の顔色がみるみる間に変わる。

 彼は青ざめた表情で「噂は本当だったのか」と言って、杯につがれた葡萄酒を一気に飲み干した。

 依頼主は王都を警護する官憲の上層部と懇意らしく、その中でも今のコペックと同じ話が広まっているのだという。

「刺青を掘った彫り師も特定されていた。しかし……」

 そこで依頼主は表情を曇らせ、まるで幽霊話でもするかのような陰気な口調で言葉を続けた。

「……この噂が広まり始めた半年前に、その彫り師の生首が王都の広場に晒された。誰がやったのかはわからない……しかし……」

 コペックは、ごくりと唾を飲み込んだ。

 そして、暴漢から聞いた“暗闇の聖母”についての噂は信憑性が高いと考え、このいまだかつてない大物に挑む決意を固めた。

 それから半年間ほど裏社会を渡り歩き、ついにコペックは“暗闇の聖母”の出自に関する重要な証拠を掴んだ。それから間もなくの事だった。

 “暗闇の聖母”の使いの者がやってきて、招待を受けた。コペックは己が犯罪王の鼻先に近づいている事を確信し、入念な準備をして、この日に挑んだのだった。




「……で、貴方が掴んだという私へと繋がる確たる証拠というのは?」

「そう簡単に鬼札(ジョーカー)は切れないね」

 コペックは、はぐらかす。

 その証拠とは、一枚の絵だった。そこには、ある地方領主の家族が画かれていた。彼らは二十年前に、重税に苦しんだ小作人たちの反乱に会い、無惨に私刑を受けて殺された。この一族の家紋には七本足の蜘蛛が意匠として使われているのだという。

「……まあ、いずれにせよ、あんたがこうして出てきたっていう事は、俺の手にある証拠は本物って事か」

「どうかしら? それは、その証拠を見せてもらわないと解らないわ」

 と、余裕のある表情で、女は再び麦酒に口を付けた。そこで、コペックはどこにでもあるような店内の風景を見渡してから話を切り出す。

「で、危険を冒してまで俺の目の前にわざわざ現れた理由は?」

「コペック・ガーランド」

 女は腕利きの賞金稼ぎの名前を口にしてから要求を述べた。

「……私の右腕にならない?」

「はっ」

 コペックは鼻を鳴らして笑う。

 女は構わず話を続けた。

「ここまで私の喉元に迫ったのは、貴方が初めてよ。認めましょう。貴方は合格よ」

「そいつはどうも」

「……貴方が私の軍門に下るというなら、約束しましょう。命懸けで賞金首を追い回さなくても、一生遊んで暮らせる程の富を……」

「なあ、あんた……」

 コペックは嘲り笑う。

 二十年前の一件の際、貴族の三女が逃げ延びており、紆余曲折を経て高名な司祭に保護される事になったのだという。そこで聖術を学び冒険者になったらしい。そこまでは、突き止めていた。

「……まだ、自分が上から人を言葉だけで操れるほど偉いと勘違いしているみたいだが、選ばなければいけないのはあんたの方だ」

「何が?」

 まるで初な小娘のように首を傾げる女に、コペックは言ってやった。

「追い詰められているのは、あんたの方だ。ここで大人しく捕まるか、首だけになるのか、どちらかを選べ」

 実は、この店の客はすべてコペックが金で雇った冒険者たちだった。指笛の合図をすれば、一斉に女へと飛び掛かるように打ち合わせをしていた。そして、店主の田舎女を買収し、女の麦酒に遅効性の痺れ薬を盛っていた。もうそろそろ薬が効いてくるはずだった。すでに勝負は終わっていたはずだった。

 しかし、女は余裕のある笑みを浮かべたままだった。

「おい。どうする? “暗闇の聖母”」

 コペックは凄む。すると女が残った麦酒を飲み干して言う。

「私は何も選ばない。選ぶのは貴方よ。私の軍門に下るのか。それとも、死を選ぶのか」

「死だと!?」

  コペックはゲラゲラと声を立てて笑うと、レザーコートの左袖に隠し持っていた短剣(ダガー)の柄を、こっそりと握り締めながら女に向かって言った。

「馬鹿が。お前が死ね」

 そう言って、店内の仲間たちに指笛の合図を送ろうとする。しかし、指を咥えた瞬間に、店内の客たちが唐突に力なく項垂れる。

 ある者はテーブルやカウンターに突っ伏し、ある者は椅子から転げ落ち始める。投げ出された客の身体に弾かれ、倒れて転がった杯や、食器がけたたましい音を立てる。スープや丸茹でされた河蟹、骨つきの肉が床にぶちまけられた。

 そして、店内は真夜中の墓地のように静まり返る。

「これは、何だ……?」

 コペックは唖然としたまま腰を浮かせて店内を見渡した。テーブルの向こうにいる女は妖艶な微笑みを浮かべたまただった。

「本当に有名になりすぎるとろくな事がないな。こういう手間が増える」

 その声は背後から聞こえた。コペックは振り返ろうとした。しかし、直前で後頭部に衝撃が襲い、彼の意識はそこで途切れた。




 テーブルに突っ伏したまま動かないコペック・ガーランドの後頭部に冷たい視線を送るのは、店主のはずの田舎女であった。そこには深々とえぐれた刺し傷があり、大量の鮮血を噴き出していた。そして、店主の右手の短剣の切っ先からも赤々とした滴が床に垂れ落ちて斑点を形作っている。

 彼女は両頬につめていた綿を床に吐き出して言い放つ。

「この程度で私に勝ったつもりになれるとは、おめでたい性格の男だな。お前は不合格だ」

 すると、コペックが“暗闇の聖母”だと勘違いしていた赤いドレスの女が、田舎女に向かって聞いた。

「どうします? この男も首を……」

「いや。店ごと燃やす」

「解りました。では準備を」

 と、言って、赤いドレスの女が立ち上がった。

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