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殺されて井戸に捨てられたチート怨霊がイケない勇者とハーレム美少女達にコワーイお仕置きイッパイしちゃうゾ!  作者: 谷尾銀
外伝・殉教者ウィヌシュカ・バエル

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【13】破滅への行進


 プレラッティの死については、彼がバエル公へ襲い掛かり、返り討ちにされたという事になった。

 誰もが理知的で忠誠心の厚かったプレラッティの乱心に首を傾げたが、いつしか、これも魔王の呪いという事にされた。

 そして、プレラッティの後釜として補佐官に抜擢されたのは、あの冒険者崩れのスカムであった。

 バエル公は彼に違法な粗悪品のエリクサー売買を指示すると、その他の政務もすべて丸投げにして、あの丸太小屋に籠るようになった。

 するとスカムは権力を傘に私腹を肥やす事に精を出し始め、結果としてバエル公の領内は荒れに荒れた。これまでは、もろもろの情勢不安で危険地帯と化していた王都プルトより比較的マシだったはずのアダマンス平野一帯は、一気に荒廃し始める。

 更にスカムの既知である異国の傭兵団が町に居着き始めて、好き放題に暴れ始めた。

 彼らは強奪に加え、気に食わない者たちを容赦なく殺し、女子供をさらった。しかし、その罪はすべて不問とされ、彼らが罰せられる事はなかった。しまいには正規の衛兵たちを辺境警備に追いやり、城に傭兵たちを住まわせ始めた。

 そんな日々だった。ついに民衆が一斉蜂起(いっせいほうき)した。

 その報せをスカムが耳にしたのは城館内の寝室だった。

 天蓋つきのベッドに半裸で寝転びながら、国外から運ばせた上物の葉巻の吸い口を琥珀色の樽酒に浸したところで、扉がノックもなしに開かれた。

「大変でさぁ……」

 彼はスカムの部下で冒険者崩れの破落戸の一人であった。

「何だ、今、俺は忙しいんだよ」

「多数の民衆が中央広場より、この城館の北門を目指しています。衛兵たちの姿もあり、全員武装しております」

 スカムは煙を吐き出し、特に焦りを見せた様子もなく冷めた口調で「そうか」と言った。そして、頭の中では、そろそろ潮時かもしれないと思い始めた。

 もう少しだけ、粗悪品のエリクサー売買で儲けるつもりだったが、すでにこの頃のアッシャー王国は洒落にならないレベルで荒れ果てており滅亡寸前であった。もう旨味は殆どない。そろそろ、引き時かもしれない。

 スカムは煙を吹き出すと、扉口で慌てた様子の部下に向かって言う。

「あー、取り敢えず、運べるだけの金を持って南門から逃げるぞ」

「はあ。まあ、それしかないっすかねえ……」

 そう言って、部下は面倒臭そうな顔で頭を掻くと、スカムに問う。

「……そういや、公爵様は?」

 スカムは苦笑して煙を吐き出した。

「ああ。またあの小屋ん中だよ」

「こんなときに? 呼んできましょうか?」

「やめとけ」

 スカムは葉巻を樽酒に浸して咥え直す。

「もうズラかるんだし、どうでもいいだろ。俺たちには関係ねえよ」

「そうっすね。もうこの国も終わりですし……」

 そう部下が言った直後であった。

「まだ終わっていない」

 その言葉と共に部下の腹から真っ赤に染まった細剣(レイピア)の切っ先が飛び出す。

「ああああ……」

 部下は自分の腹から飛び出した細剣と、唖然として言葉を失うスカムの顔を交互に見てから、首だけを捻り後ろを振り返ろうとした。すると、背中を蹴飛ばされ、前方に倒れ込む。

 腹を抑えながら「いてぇ……いてぇよぉ……」と泣き叫びながら絨毯の上で蠢く彼の顔面を踏み付けて、その人物が室内に足を踏み入れる。

「バエル様……?」

 スカムはそれが、かつての英傑ウィヌシュカ・バエルだと気がつくのに数秒の時を有した。

 このときのバエル公は、頭から黒髪の少女の頭皮を剥がして作った血塗れの(かつら)を被り、血と腐汁にまみれた司祭冠と聖衣を身に纏っていた。そして、目と口周りをどす黒く乾いた血で縁取ってる。

 左手には先端に髑髏が取り付けられた杖を持ち、首には髪の毛と干からびた指で作った首飾りを下げていた。右手の細剣(レイピア)からは、生温かい血が滴り落ちている。

 その異相に、さしものスカムも不安と嫌悪を覚える。身を起こし、ベッドの端から足を床におろして立ち上がる。

「あの、その格好は……えっと……」

 バエル公は質問に答える事なかった。

 そして、顔面を踏みつけられ、鼻血を垂れ流しながら腹を抑えて「いてぇよぉ……いてぇ……早くエリクサー……」などと喚きながら寝そべる部下の喉元を細剣(レイピア)で刺した。そして、蟻塚に木の枝を突き刺す幼子のような眼差しで、もう一度刺す。すると、部下は完全に動くのをやめた。

 返り血をたくさん浴びたバエル公は真っ赤に染まったまま、スカムの方に向き直って無表情のまま言葉を発した。


「私が聖女です」


 その声音を耳にしたスカムは、恐怖で総毛立ち目を丸くして、バエル公の顔を見た。真顔だった。

 彼の狂気は一つの回答を出したのだ。

 少女の肉体を繋ぎ合わせた器を使っても、聖女サマラは復活しない。ならば、自分自身が聖女サマラになればいいのだ。そのためには、もっと深く闇に墜ちる必要がある。最も深い深淵の底に辿り着かなければならない。

 少女の屍肉を切り刻み、弄ぶだけでは足りない。もっと多くの血肉が必要なのだ。

 当然、根拠などない。祟りや呪いですらない。それはすべてバエル公の妄執と欲望が産み出した恐るべき妄想に過ぎなかった。しかし、本人にとっては紛れもない現実でもあった。なぜなら、それは真実であると、妄想のサマラが脳内で囁き続けているからだ。

 そんな訳で完全に狂ったバエル公は一歩だけスカムへと近づいて、甲高い裏声で言う。

「……聞きましたよ。民衆が蜂起したそうですね。散らばると面倒なので、北門に集めさせて傭兵たちに矢を射掛けさせましょう。どうせ向こうは衛兵以外は烏合の衆。しかも魔法を使う事ができません。すぐに傭兵たちに報酬を提示して指示をお願いいたします」

「そ、そんな事をしたら、流石に、ちょっと……」

 金儲け以外の事はまったく意に介さないスカムだったが、流石に青ざめる事となった。それは、もう虐殺でしかない。しかし、そんな彼の反応を無視して、バエル公は賢者のような穏やかな口調で、更に良く解らない話をし続ける。

「構いません。すべては内なる彼女からの指令です」

「誰からの指令? いったい何の話です?」

「私は闇と交わる事により聖女となりました。そうする事で、内なる聖女の声を聞く事ができるようになったのです。私は聖女。聖女は私。ならば私の声は本物の聖女の意思なのです。私には聖女の声が聞こえる。今も」

「だから、何の話を……」

 もう話しても無駄だ。

 そう思ったスカムはバエル公から目線を離さないようにしながら、ゆっくりと脇机(わきつくえ)の上に置いていた小型剣(ショートソード)を手に取った。

「あっ、あの……あっしはもう充分に儲けたんで、(いとま)を頂きたいんですが」

 そのスカムの言葉を無視してバエル公は続ける。

「……だから、これから、頭の中の聖女の声に従います。貴方も従ってください。私が完全なる聖女となるには、もっと深く闇へ墜ちなければいけません。そのためには民衆を殺してください」

 もう言っている事が滅茶苦茶だった。

「くっそ……」

 スカムは(さや)から抜いた剣を構える。

「貴方には聞こえませんか? 私の声が。私は聖女です。私が聖女となるのです。それこそ地獄に堕ちた彼女からの指令なのです。彼女からの指令。彼女は私。つまり私の意思です」

「だから、いったい、何だって言うんだよ!」

 スカムは大声を張りあげて恐怖心を振り払うと、バエル公へと飛び掛かった。しかし、例え狂気に囚われていたとしても、元は国内随一の英雄である。

「やはり、お前には解らんか」

 スカムが小さく飛び跳ねながら大上段から振り下ろした小型剣(ショートソード)が届く前に、バエル公の鋭い突きが一閃し、彼の心臓を貫いた。


 ◇ ◇ ◇


 北門の前は喧騒に包まれていた。ただし、それは蜂起した民衆たちの声ではなく、おびただしい鴉の鳴き声であった。

 真っ黒な翼を羽ばたかせ、北門前に敷き詰められた民衆たちの屍を蹴爪で踏みつけ、(くちばし)でほじっている。喉を鳴らし、死肉を(ついば)み、脳髄を喰らっている。(はらわた)をかき回し、眼球を(すす)りあげ、喉元を喰い破っている。

 腹から漏れた臓物が白日の元に晒され、頭蓋が(あらわ)になり、血溜まりが出来ていた。その血溜まりには無数の白い蛆が浮いている。見渡す限り黒と、どどめ色で溢れ返っている。鴉だけではなく、蝿が黒煙のように群れをなしている。

 見るに耐えない凄惨な光景がそこにはあった。

 そして、この恐るべき地獄は、これから先も永遠に続くかに思われた。

 しかし、その日の正午であった。

 ずっと閉ざされたままであった北門が大きな音を立てながら開かれた。その瞬間、幾千もの鴉たちが一斉に羽ばたき、空へと舞い上がる。赤子のような鳴き声が折り重なり空一杯に渦を巻く。

 そうして、北門の向こうから現れたのは異国の傭兵たちの隊列であった。軍馬に股がった彼らは、蹄で哀れな屍たちを踏み潰しながら、次々と北門前を通り抜けていった。

 その隊列の中央には、屈強な四頭の黒馬に牽引(けんいん)させた二輪の戦車に乗るバエル公の姿があった。

 彼は傭兵たちに王城の宝物庫の中身と引き換えに、アッシャー王と勇者たちを討つ事を持ち掛けた。その説得や交渉と、諸々の戦の準備が終わり、いよいよ出陣となったのだった。

「さあ、虐殺です! すべてを奪い殺すのです!」

 鴉に負けないほどの大声で叫ぶと、異国の傭兵たちから歓声があがった。

 そのままバエル公率いる傭兵団は西の王都へと行軍を続けたのだった。

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