【03】栄華
それからも、勇者ナッシュ・ロウと三人の美少女達は魔王討伐の旅を続けた。
胸躍る様な冒険譚をいくつも織りなし、よりいっそうの絆と愛を深めながら、魔王軍を退けて世界の謎に挑んだ。
その一大叙事詩の果てに、彼ら四人はついに空中庭園にて魔王クシャナガンを討ち果たす事に成功する。
空中庭園は四人が神竜の背に乗って脱出したあと、雲間のはるか上空で大爆発を起こし、その輝きは三日三晩全世界を照らしあげた。
それはまるで、人類の明るい未来を象徴する希望の光の様だと、のちに歴史家が己の著書に記している。
この日から魔王に召喚されたモンスター達は異世界へと去り、次々と姿を消した。
かくして勇者ナッシュ・ロウは、三人の美少女達を連れて生まれ故郷のアッシャー王国の王都プルトへと帰順を果たしたのだった。
扉が開かれ、祝福のファンファーレが鳴り響く。
王城の謁見の間に入ると、豪雨の様な拍手喝采が四人の身に降り注いだ。
入り口からまっすぐに伸びた赤絨毯の両脇には周辺諸侯や騎士、文官に楽団などの様々な顔ぶれが並び、勇者ナッシュ・ロウと三人の美少女達をたたえていた。
中には、この日の為に近隣の村からはるばるやって来たサマラの両親であるエデルとソフィアの姿もあった。
赤絨毯を歩くナッシュ達が前を通りかかると、エデルとソフィアは自分の娘の姿が見当たらない事に気がついた。
「おい! 勇者さん! サマラは?! 私達の娘は?!」
エデルが勇者パーティに詰め寄ろうとするが、
「ちょっと、ここから出ないで!」
警備に当たっていた衛兵に止められる。
ナッシュ達は、まるで通りすがりの野良犬でも見る様な目つきで、サマラの両親達を一瞥すると赤絨毯の奥へと歩みを進めた。
そうして、謁見の間の最奥にある玉座の前まで来ると四人は跪き、こうべを垂れる。
玉座に腰を下ろした王と、その傍らに立つレモラ姫は、勇者パーティを見渡しながら満足げに頷く。
そうして、王はたっぷりと蓄えた白髭をなでつけながら厳めしい相貌を崩し、四人に語りかけた。
「よくぞ、魔王クシャナガンを倒し、世界に希望の光を取り戻してくれた。勇者ナッシュ・ロウとその従者達よ……して」
そこで王は、一旦言葉を区切り咳払いをする。
「清らかなる聖女の姿が見えぬが。いったい彼女はどうしたのじゃ?」
ナッシュ達は顔をあげ、お互いに視線を交わし合う。
事前の打ち合わせで、もしサマラの事を聞かれたら、彼女は辛い魔王討伐の旅に耐えられなくなり、旅先で出会った男と駆け落ちしたきり戻って来なかった、と言うつもりだった。
ナッシュがそう言おうと思い、口を開きかけた直前だった。
「……サマラは魔王の元へとくだりました」
ティナだった。
場内がにわかにざわめき始める。
「彼女は魔王の歪んだ思想に感化され、勇者ナッシュを裏切ったのです。その為に、泣く泣くパーティから追放しました」
「嘘だ!!」
エデルの絶叫が響き渡った。
ティナは構わず続ける。
「……彼女は魔王と最後を共にして、空中庭園で塵となって消えました」
「嘘だぁああああ!!」
「待て! 貴様っ!」
エデルが衛兵を振り切り、ナッシュの元へと駆ける。ナッシュはまったく意に介した様子を見せず、心底どうでも良さそうに薄ら笑いを浮かべていた。
「本当の事を言え! 私の娘が! サマラがそんな事をするはずがないだろ!」
ガブリエラがナッシュの前に立ちはだかり、エデルの胸ぐらを掴んで投げ飛ばす。床に転がり顔をしかめるエデルをすぐさま組み伏せる。
「貴様如きがナッシュに刃向かおうだなんて、身の程を知れ!」
ガブリエラの一喝が轟く。
「あんた……あんたぁっ!」
ソフィアが泣き崩れた。
「ええいっ! この者達を摘み出せ!」
王の命令で衛兵達はサマラの両親二人を引っ立てて、謁見の間から連れ出した。
そして、王が「ごほん」とよく響く咳払いをすると、次第に場内のざわめきが静まり返る。
「まったく。興がそがれてしまったが……まあ良い。話を変えよう」
四人は再び跪く。
ガブリエラが小声でティナに「どういうつもりだ?」と問いただしたが、彼女は可愛らしくペロリと舌を出しただけだった。
王はそのやり取りに気がつかずに話を続ける。
「……では、そなたらに褒美を取らせたいと思うのだが、何が望みか? 何でも思うがままに、言ってみよ」
四人は瞳を輝かせて顔を見合わせる。頭を過ぎったのは、巨万の富。
しかしナッシュはすぐに、自分が旅立った当初の事を思い出した。
魔王討伐の任を受けたにも関わらず、与えられたのはひのきの棒と革の鎧。そして多くはない金貨のみ。
きっと、こんな小国で富を求めても、たがが知れている。そもそも世界中を駆けずり回って冒険に身を投じてきた副産物として、今のナッシュの手元には溢れるほどの財が集まっていた。それこそ、小国の国庫に匹敵するくらいの。
「どうした? 勇者ナッシュよ。いかなる富も思うがままじゃぞ?」
これ以上、富を求めても仕方がない。そう思ったナッシュは別の願いをする事にした。
彼は顔をあげ、王に向かって告げる。
「富はいりません」
場内がどよめく。
「では、爵位か?」
こんな小国の爵位など、それこそどうでもいい。ナッシュは首を横に振る。
そして、ティナ、ガブリエラ、ミルフィナの三人を順に見渡し言い放つ。
「俺に、この三人を妻とする権利をください」
ざわめいていた場内が静まり返る。
王が驚きを露わにして目を見開いた。
「三人を……妻にと申したか?」
「はい」
ナッシュは頷く。
この世界ではアッシャー王国を始め、殆どの国が一夫一妻制をとっており、法律的にも倫理的にも一夫多妻は認められていなかった。
「……俺は今回の旅で、この三人と共に励まし合い、共に支え合って、幾たびの死線を越えて来ました。当然、そんな彼女らを尊敬しているし、正直、三人には三人共に、同じぐらいの特別な感情を懐いています」
勿論、嘘だ。彼女達の事など都合の良い玩具人形としか思っていない。
しかし、ティナもガブリエラもミルフィナも、感極まった様子で瞳を潤ませ、頬を赤らめながらナッシュの事を見上げていた。
「……愛する伴侶をただひとりだけ選び、共に将来を添い遂げる。それこそが、この世界の常識であり、倫理である事は重々承知の上です。だが、しかし……」
そこでナッシュは、一度だけ場内を見渡し両腕を広げる。
「俺は、この三人の中からひとりを選ぶなんて、そんな残酷な事は、できはしない!」
「ナッシュ……」
ティナがついにこらえきれなくなり、涙を頬に伝わせる。それに釣られる様にミルフィナとガブリエラも涙を流し始める。
「三人は、三人共に、誰もが比べようがないほど、俺の大切なパートナーで……愛する人なんだ! そして、三人共、同じだけ俺の事を想ってくれている……そうだろ? みんな!」
ナッシュは三人の顔を見渡す。
ミルフィナが幸せそうに微笑みながら言う。
「当たり前じゃない……」
他の二人も泣き顔で、はにかみながら頷く。
「そんな大切な最愛の人達を……二人も切り捨てて、ただひとりの愛にしか応えない……俺は、そっちの方が不誠実で、不純であると思うッ! 俺は三人の想いに報いる為に、三人を全員、幸せにしてやりたい! 俺は三人を愛しているんだッ!」
彼の力強い宣言に「漢の中の漢だ」とか「まさに純愛ね……素敵」といった賛同の声が沸き起こった。
そこでガブリエラが突然、立ちあがり王に向かって懇願する。
「王よ! 私も褒美なんかどうでもいい! ナッシュと……一緒に、いたい」
すると、ひとりだけ良い格好すんなと内心言いたげに、ティナとミルフィナも慌てて「アタシも!」「ウチも!」と続いた。
場内が更なる歓声に包まれる。
そして、そのどよめきが鎮まり始めたとき、これまで黙ってナッシュの話に耳を傾けていた王が口を開く。
「あいわかったぞ。そなたの望み、叶えよう」
「では、王よ!」
ナッシュの問いかけに、王は深々と頷く。
「ではここに、国王の特令として、ナッシュ・ロウのみに複数の妻を娶る権利を与えよう!」
場内が豪雨の様な大喝采に包まれる。
その場にいる全員が、四人の幸せと新たな人生の門出を祝福し、讃えたのだった。
その日の夜、王城で舞踏会が催された。
ティナ、ガブリエラ、ミルフィナ達の控え室にあてがわれた部屋にて……。
「ティナ、あれどういうつもりなのよ?」
ミルフィナがティナにジト目をむける。
「あれってー?」
鏡台の前に座り、念入りに口べにを塗り直すティナ。
「……あのサマラが、魔王に下ったとかいうアレ。ウチ、笑い堪えるの必死でやばかったんだけど」
「まったくだ」
と、ガブリエラはミルフィナに同意する。
三人共に艶やかなドレスと高額な宝飾品類でその身を目一杯着飾っていた。
「あれねー。あっちの方が盛りあがったっしょ?」
ティナが悪戯っぽく、にひひと笑った。すると、ガブリエラが鹿爪らしい顔で言う。
「でもまあ確かに、生きているって事より死んでいるって事にした方が良かったかもな」
「だいたいさあ、アタシ許せなかったんだよね。あの女が嘘の中でも男と駆け落ちしてよろしくやってるなんて」
「あなた、余程、サマラの事が嫌いなんだね」
あまりの言いぐさに、ミルフィナが少し引き気味で言った。
「当たり前でしょ? 『私は男目当てのあなた達とは違って、世界を救う目的の為にナッシュと一緒にいるんですぅー』 ……みたいな、自分だけ清純ぶったあの顔を見るだけでイライラする! アタシ達の事を見下してたのよ! 意識高い系の貧相なブスアマの癖に」
と、ティナが怒りを露わにしたところで、部屋の扉が開き女給が顔を覗かせた。
「皆様、会場の準備が整いましたので、どうぞ此方に……」
「はーい」と三人は声を揃えて返事をした。
この日から、清らかなる聖女サマラの名声は地に落ちた。
魔王と恋に落ち、魔王の血を引く異形の化け物を無数に産み落としたとか、そもそも魔王が世界を闇に包もうと考えたのが彼女のせいだったとか、根も葉もない噂がまことしやかに囁かれた。
そうして、プルトからほど近いサマラの故郷であるマグダラ村では、住民達によって彼女の生家が燃やされ、そこで暮らしていた両親二人は村を追い出されてしまった。
稀代の毒婦サマラ。
その悪名は、瞬く間に世界中へと広がっていった。
もちろん、当初はサマラを庇う者もいた。
彼女の力の恩恵により命を救われた人々である。
しかし、そういった者達は魔王軍の残党呼ばわりされ、不当な差別と虐待を受けた。
無惨に、面白半分に殺された者も多くいた。
そんな事が続くうちに、誰もがサマラの事を蔑み、罵倒する様になっていった。