【25】自主規制
前書き
※物語を純粋に楽しみたい方は【25】を飛び越して、このまま【26】をお読みください。
勇者ナッシュ・ロウが地獄の責め苦を受けている頃だった。
高原の草木と共にシャクナゲの花が揺れている。
そこは、ヨーロッパの何処か……おそらくは、ポーランドかスイス、ルクセンブルクかオーストリア……地理の苦手な作者には良くわからない……そんな、あたりだろうか。
高さ10〜30メートルクラスのリンデンバウムが林立する山中に、その雄大な湖があった。
初夏の涼風にさざめく水面は、陽光を反射して黄金色に煌めいている。
湖畔の右側には、水没しかけた中世の石造りの古城があり、湖に大きな影を落としていた。
時折、淡水魚が水面を飛び出して跳ねる。鱒か何かだろうか。まるまると肥っており、かなりのサイズである。
と、そこへ、一艘の手漕ぎボートがやって来る。
それは撥水性の良い赤と水色の塗料でむらなく塗装された強化繊維プラスチック製で、軽い割には重心のバランスもよく安定感は抜群だった。
それもそのはず、そのボートは欧州でも有名なアウトドアメーカーの製品で、性能は折り紙付きであるが値段もそこそこはする逸品だ。
漕ぎ手の男も手慣れた様子で、リズミカルにオールを動かしている。
彼は大学時代にカヤックをやっていた経験があり、こういった事は手慣れたものだった。
因みに彼の妻は三歳年下で、その大学のサークルで知り合い、八年の交際を経て三年前に結婚した。今、その妻は隣家の友人達とエジプト旅行中である。
そんな妻を後目に、男はひとり新しいボートを試しにこの湖畔へとやって来たという訳だった。
彼の期待通り、ボートは堂々と湖面を切り裂き、古城の影を東から南西へと過ぎる。
やがて、ボートは湖の真ん中までやって来た。
漕ぎ手の男は手を休め空を見上げる。
風は北向きらしい。
綿の様な雲はゆっくりと流され、尖った稜線を持つ山々の向こうへと消えてゆく。
やがてボートの影を頼って、小魚が集まってきた。どこかの遠くの梢から、大きな羽ばたきがいずこへと飛び立つ。
時間は優しく緩やかに過ぎてゆく。そこには、文明社会が忘れ去ったものが確かにあった。
男は空を見上げたまま、大自然に溶け込んでゆく。
やがて男は、再び船を漕ぎ始める。
オールの先が跳ね上がり飛沫を散らし、水面へと潜る。また跳ね上がり、飛沫を散らして水面へと潜る……。
その動きが繰り返される度に、ボートは水面を滑る様に進む。
目指すは北西の湖岸にあるキャンプ場だった。
男は少し汗ばみながら、笑顔で独り言ちる。
「いやー、これは、良いボートだよ」
彼の平和な休日はまだ始まったばかりである。
よく解らなかったという方は拙作のエッセイ「『殺されて井戸に捨てられたチート怨霊がイケない勇者とハーレム美少女達にコワーイお仕置きイッパイしちゃうゾ』の25話についていまさら語る」をお読みください。