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【20】治療院の惨劇


「何故……それを」

 長い沈黙のあと、ナッシュ・ロウは、ようやくその言葉を発した。

 すると、フォックスは呆れ顔で肩をすくめる。

「あまり僕達を侮らないで欲しい。そんな事より、一緒に来てもらおう」

「どこへ?」

「アンルーヘ……すべてが始まった場所だ。そうだろ?」

 フォックスの問いにナッシュは頭を抱え込んで、激しく首を振る。

「知らない! 関係ない! ……何で俺が……こんな目に」

 既に何が元凶であるかに感づいていたナッシュであったが、認めたくなかった。

 本当にすべてが自分のせいなのだとしたら、とてつもない事だ。

 何千、何万の人が死んだ。

 国がひとつ滅びた。

 そして、やっと巡り会えた最愛の人も死んだ。

 ようやくナッシュは過去の自分の行動が、いかに軽率であるかを理解した。

 ナッシュは選ばれた勇者で、世界の希望だった。その事が彼を増長させ、自らを全知全能であると勘違いさせていた。

 自分は何をやっても許される特権階級であると信じ込んでいた。

 その幻想が壊れてしまえば、ナッシュ・ロウという男は基本的に、ただの小心者でしかなかった。

「俺の……俺のせいじゃない」

 頑なに己の非を認めようとしない彼に、フォックスはダナと顔を見合わせ深々と溜め息を吐く。そして幼子に言い聞かせる様に、ゆっくりと力強く言葉を紡ぐ。

「いいか? はっきりと言うが、この呪いの中心は君なんだ」

「知らない!!」

 声を張りあげて否定するナッシュ。

 そんな彼にダナは淡々と告げる。

「フォックスは霊術師で、その手の事を感じる力があるの」

「その通り。僕の目は誤魔化せない。君から、あのアッシャー王国に渦巻くのと同じ波長のオドが視える。魂に深く、喰い込んでいる」

「なんだそれは……」

 ナッシュは霊術に詳しくないので『オド』と呼ばれる物がなんなのかはわからなかった。しかし、それが『魂に深く、喰い込んでいる』というのは、とてつもなくろくでもない事であると感覚的に理解できた。

「……兎に角、君が災禍の中心である事は間違いはない。世間で言われている通り、魔王の呪いにしろ何にしろね。それは数年前……王国が崩壊する直前に、我々法皇庁が既に突き止めていた。だから僕達は、君が魔王討伐に旅立ち、アッシャー王国を出てからの足取りを丹念に追う事にした……」

 そして、フォックスとダナは、ある地点から勇者パーティの人数が五人から四人へと変わった事を突き止めた。

 更に二人は、かつてアンルーヘという宿場町の黒猫亭という宿屋で働いていた男に当時の話を聞いた。

「……君達が黒猫亭に泊まった時、勇者パーティのメンバーのひとりが、チェックアウト時に姿が見えなかったそうだ」

「だから、それは、あの時、あの女が魔王の元へ下った……俺達の元を去ったんだ!」

「だが、君達が宿泊してから、あの宿では不可思議な現象が絶えなかったのだという。女の幽霊を見たっていう話もあったらしい」

 彼女が出て行っただけなら、その後、宿にそういった現象が起こるのはおかしいと、フォックスは続けた。

 そして、ダナが追撃の言葉を発する。

「その元従業員の話だと、真夜中に凄い物音がしたって。あなた、かなり大きな声で怒鳴り声をあげていたらしいわね?」

 彼女の言葉にナッシュは黙り込む。そして思い出す。

 確か当時も宿の従業員にあれこれ訊かれた気がする。その時、勇者の威光を傘に恫喝して黙らせたが、特に口止め料などを積んだ訳ではなかった。

 あの頃は自分がひと声を発すれば全員がその通りに動いた。男も女も。それで、すべてが済むとナッシュは信じ込んでいたのだ。

「でも……あの女……あいつに俺が何かをしたとしても、それが原因だとは限らないじゃないか。だいたい、すべてが俺に向けられた呪いなら、何故、俺は死んでいない? 俺に怨みがあるんだろう? おかしいじゃないか!」

 ナッシュの言い訳に、フォックスは沈痛な表情で首をゆっくりと横に振った。

「呪いは観測者がいないと発動しない。君がその観測者だよ。そういった意味で、君が呪いの中心であると、僕は言ったんだ」

「なっ、ならば、俺は死なないのか?」

 フォックスは、再び首を横に振る。

「いずれ、呪いの力は中心に収束する。このままでは、君の死は確定的だ」

「そんな……嫌だ」

「君が死ぬまで、君の周囲で人が死に続ける。犠牲者に選ばれる条件は呪いから、どれだけ『近い』か。この『近さ』は、単純に物理的な距離であったり、関係性の近さであったり、または霊的なもの、運命的なもの、意味的、形状、時間、前世での繋がりであったりと、様々な基準の『近さ』を指し示す。そこには、我々人間が納得できる様な善悪の基準などない。現世うつよの人間にはおよびもつかない法則で、犠牲者は選定され続ける」

「おっ、俺が死ねば、呪いは終わるってか? ……俺に死ねってか?」

「落ち着け」

 フォックスは苦笑する。しかし、ナッシュは取り乱したまま、喚き続ける。

「嫌だ。死なないぞ! 関係の無い奴らが死のうが、どうしようが知った事か!!」

 叫び散らすナッシュ。しかし、ダナが憐れみの籠もった目つきを彼に向ける。

「残念だけれど、あなたへの呪いは、一回死んだ程度で終わらないわ。魂自体が強烈な呪いのオドに蝕まれているから」

「な……」

 ナッシュは絶句する。

「死んだあとも、ずっと続く。苦しみ続ける」

「あああぁ……何なんだよそれ? 何だよ……」

「……あなたは、それほどの事をしてしまったのよ」

 次の瞬間だった。

 部屋の外から悲鳴が轟いた。




 病室では、ナッシュ達の話がずっと続いていた。

 その病室の前を当直の治療看護師のアリア・ドメニクがランプを片手に通りかかる。


「知らない! 関係ない! ……何で俺が……こんな目に」


 すると、ナッシュの張りあげた声が聞こえた。

 ナッシュ達の部屋は治療院の病室棟の一階左翼にあった。診察室や受付などのある本館とは、一階右翼の突き当たりから延びた渡り廊下で繋がっている。

 病室棟は二階建ての木造で全部で八部屋ある。少ない様に思われるが、この小さな村では、その八部屋が埋まる事は滅多になかった。因みに今、入院中の患者はナッシュのみである。

 アリアは、ナッシュ達の病室から聞こえて来た声にたじろぎ、扉の前で一瞬だけ足を止める。しかし、立ち聞きするのも気が引けたので再び歩き出す。

 そのまま病室棟の玄関ホールを通り過ぎ、右翼の端の渡り廊下へと入る。当直室のある本館へと帰ろうとした。

 すると、渡り廊下の本館側の入り口の前を左手から右手に、何か不気味な影が横切った。

 アリアは背筋を震わせて立ち止まり、慌ててランプを掲げるが、既にその不気味な影は姿を消していた。

 何かの見間違いだろうか。

 いぶかりながら本館までやって来る。

 その瞬間だった。

 ばたん、という大きな音が聞こえた。

 アリアは驚き、小さく飛びあがる。音の聞こえた左側を向き、ランプを掲げる。

 すると、そこから延びた廊下の突き当たりに見える裏口の扉が開いており、夜風に揺られて軋んだ音を立てていた。

 ほっと、胸をなで下ろしたと同時に疑問が沸き起こる。ついさっき、見回った時は鍵が掛かっていたはずだったのに。

 扉を開けたのは、この治療院の院長であるヘンリー・ハワードだろうか。

 アリアの認識が正しいのならば、彼は執務室で仕事中だったはずだ。では、さっきの不気味な影は誰だったのか。

 とりあえず、アリアは裏口の扉を閉めに向かう。

 そうして扉の前に立ち、手を伸ばした彼女は気がついた。

 扉の鍵が壊され、外れている。

 そして、何気なく足元を見たアリアは更に、ぎょっとして凍りつく。

 なぜなら床板に足跡があったからだ。

 泥の様な、煤けた様な、汚らしい足跡。 自分が今やって来た方向へむけて、転々と続いていた。

 その足跡に白い米粒の様な物がたくさん浮いている。

 アリアは屈んで、ランプの明かりで照らす。すると、浮き出た白い米粒の様な物は、蠢く蛆であると気がついた。彼女は怖気おぞけを感じて立ちあがる。

 兎も角、院長であるハワードの元に向かって異常を知らせなければならない。

 アリアは裏口から離れ、今来た廊下を戻る。

 病室棟への渡り廊下の入り口前を通り過る。そこから裏口とは反対方向へと延びた廊下の先を行く。

 汚らしい足跡はずっと続いており、やがてそれは、廊下の左手にある執務室の前で消えていた。

 執務室の扉は半開きになっていて、中からは明かりが漏れている。

 そして、アリアがおっかなびっくり執務室に近づくに連れて、彼女の耳にその音がはっきりと聞こえて来た。


 ざく……。

 ざく……ざく。


 それは弾力のある物体に硬い物を突き立てる音。


 ざく……ざく……ざくざくざく……。


 硬い物を無理やりねじ込み、何かを引きちぎろうとする音。


 ガリガリ……。


 硬い物が、別な硬い何かを削る音。そして、


 ……じゅ……なっじ……わだじの……あがぢ……。


 不気味な囁き。

 アリアは唾を飲み込む。それから恐る恐る執務室の中を覗き込んだ。

「う……あ」

 その瞬間、目に飛び込んで来た光景に思わず息が詰まる。

 執務室の扉口の正面。

 窓際の立派な書斎机に突っ伏したヘンリー・ハワードの首筋に、黒焦げの怪物がシャベルを突き立てていた。

「……なっじゅ、なっじゅ……どご? わだじ、もっとがんばるから……あなだのいうごどなんでもずる……なっじゅ……」

 アリアは口元に手を当てながら、二歩、三歩と後退り、廊下の床にへたり込む。

「あああぁ……」

 そのガブリエラ・ナイツだった怪物が、シャベルを握る両手にいっそうの力を込めた。


 ……どつん。


 ヘンリー・ハワードの首が切断され、書斎机の上からごろりと転がり落ちる。

 彼の顔は、死に際の苦悶に満ちた表情で固まっていた。

「いっやあああああああああッ!!」

 アリアが悲鳴をあげる。立ち上がろうとするが、腰が抜けて下半身に力が入らない。

 怪物がゆっくりと、アリアの方を向いた。

 白く濁った瞳。身体中の至るとこで蛆が蠢いていた。ボロボロの唇がぎこちなく歪む。

「……わだじのあがぢゃん……どこ?」

 怪物は泣いている様に見えた。

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