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【02】早すぎた埋葬


「だいたいさ。アタシ、この子、嫌いだったんだよね」

 そう言ったのは、ティナ・オルステリア。攻撃魔法の使い手で、つり目とパーティ随一の豊満な胸部、黒髪のツインテールが特徴的な美少女であった。

 彼女の目線の先には、変わり果てたサマラの姿があった。しかし、ティナの表情には、そんな彼女を気遣う感情は一切見受けられなかった。

「ウチも。てゆうかー、前に山の中でさ、オークの里みつけた事あったでしょ? 偶然さ」

 次に声をあげたのは、ミルフィナ・ホークウインド。その後ろでひとつにまとめた金髪の横から突き出た尖り耳をみれば、彼女がエルフ族の出身である事がわかるだろう。

 パーティでは弓による後方支援攻撃と、斥候を担当している。

「……あの、土砂崩れと水害で崩壊したオークの村か? 住民はほとんど死んでたな。確か」

 と、言ったのは長身で赤い長髪の女だった。しなやかな筋肉に包まれた引き締まった身体をしている。しかし、その肢体をかたどる輪郭は、ほどよく女性らしい曲線を描いていた。

 彼女はガブリエラ・ナイツ。腕の立つ女戦士だ。

 そのガブリエラの言葉にミルフィナは頷く。

「そうそう。あの時さー、サマラったら、良い子ぶって、怪我した子連れのオークに回復魔法で手当てしてたんだよね」

 オークとは、人里離れた山の中に住む豚頭の亜人である。その多くが魔王の軍勢に組している為、人間やエルフ達と敵対関係にある事が多い。

 ただし、すべてのオークが魔王の傘下にいる訳ではなく、中には争い事を好まず、人里離れた山奥でひっそりと暮らす者達も存在する。その時、彼女らが立ち寄ったのも、そんな平和主義のオーク達が暮らす村であった。

「ああ。そういえばそうだったわね。『こんな小さな子供達がいるのに放っておけない』とかなんとか言って……」

 そのときの記憶を思い起こしたらしいティナが、忌々しげに舌打ちをする。

 するとミルフィナが口元に手を当てて、クスクスと笑った。

「あれって、ゼッタイ、自分は心優しい女ですよアピールだよねー?」

 ティナは激しく首を縦に振り、同意する。

「そうそう。女の武器で勝負できないからって、そういうコスい手段でナッシュの気を引こうとしてさ。本当に性格悪いよこのブスは!」

 すると、ガブリエラは誇らしげに胸を張る。

「ああ。私もそう思ったから、あとでそのオークの親子をぶっ殺してやったんだ。気がづかれないように、引き返して」

「マジで? あんた、やるじゃん、きゃははは」

 ティナが笑う。ガブリエラも吹き出す。

「そうしたら、この前、サマラがふと思い出した様に言ったんだ。『あの時のオークさん達、元気かな?』って」

「あはっ、それで、あなたは、なんて答えたの?」

 ミルフィナの問いに、ガブリエラが笑いを押し殺しながら答える。

「きっと、元気にやってるんじゃないって……あははは」

「ぶはっ、自分で殺しておいて酷すぎー」

 ティナが吹き出す。そしてミルフィナも「ぎゃははは」と腹を抱えた。三人のかしましい笑い声が室内に響きわたる。

 誰もサマラの事を悲しんでいる者はいない。ティナもミルフィナもガブリエラも、誰もがサマラの退場を心の底から喜んでいた。

 そこで、汗を流し終わったナッシュが部屋に戻ってきた。その途端に三人はぴたりと笑い止む。

「お前ら無駄話はもう良いだろ。こいつを早くなんとかしてくれよ。気持ち悪い」

 そう言ってナッシュは、ベッドの上で横たわったまま動かないサマラにむかって顎をしゃくった。

「とりあえずさ、シーツでくるんで、裏の林の中にでも捨てて来よっか」

 ティナがミルフィナとガブリエラの顔を見渡す。

「ああ。流石にこのままだとまずいな。ナッシュの名誉に傷がつく」

 と、ガブリエラ。

「だよね。一応、燃やしといた方がいいんじゃない? 不死族アンデッド化しても困るし」

 そのミルフィナの言葉にティナが顔をしかめる。

「やめてよ、気持ち悪い事言わないでよ」

 この世界では死者が蘇り、アンデッドモンスターとなる事が稀にある。しかし、その現象には、まだまだ解明されていない謎が多く、それは不吉で不気味な出来事とされていた。

「兎に角、俺、疲れたから自分の部屋で寝るわ。後片付け頼むー」

 ナッシュが背を向けて右手をひらひらと振る。

「はーい」と三人は、声を揃えて返事をした。

「んで、終わったらガブリエラ、俺の部屋来てよ」

「うん。やたっ!」

 指名されたガブリエラは頬を赤く染めながら、無邪気に笑う。反対にティナとミルフィナは不機嫌そうな顔になる。

「んじゃ、なる早でヨロー」

 右手を軽くあげ、ナッシュは部屋をあとにした。

 残された三人は、作業に取りかかった。



 まず各々、自分の部屋へと武器や灯りなどを取りに行った。武器を持つのは、死体を運搬する時に熊や狼、モンスターなどに遭遇するといけないからだ。

 次にシーツで動かなくなったサマラをくるんで、宿屋の裏手へと通じる窓から外に出る。

 そこには鬱蒼と生い茂る雑木林が広がっていた。

 体力のあるガブリエラがサマラを背負い、ミルフィナがランタンを持って暗闇の中を進む。

 次第に宿の裏手の窓から漏れていた明かりが遠ざかり、木立の影に埋もれて見えなくなる。

 しばらく、落ち葉に覆われた地面を踏みしめる三人の足音だけが周囲の闇をかすかに震わせた。

「……なあ、そろそろ良いんじゃないか?」

 ガブリエラの言葉に先頭を行くミルフィナが振り向く。

「まだよ。もっと奥に行かなきゃ駄目でしょ?」

「でも、結構、歩いたけど」

「あんた、とっとと帰って、ナッシュに会いに行きたいだけなんでしょ?」

 最後尾を歩くティナが不満げな声をあげた。

 ガブリエラは視線を泳がせながら、話題を逸らそうと試みる。

「そっ、そんな事より、アンデッド化を防ぐ為にはどうすればいいんだっけ?」

「アタシの住んでたところじゃあ、白木の杭を心臓にぶっさして首跳ねてから燃やして、その燃え残った骨に聖水をぶっかけるのがしきたりだったけど……」

「あなたの故郷って、結構エグい事するのね」

 と、ミルフィナが顔しかめたのと同時だった。前方の木立の向こう側に開けた円形の土地が見えてくる。

 その中心には古びた井戸があった。

「あそこで良いんじゃない?」

 ミルフィナが前方を指差した。

 その井戸の傍らまで来ると、シーツにくるまれたサマラを横たえた。

「それじゃ、せっかくだしティナの故郷の方式でやろっか? 聖水は一応、持ってきたし……」

 ガブリエラの言葉に他の二人が頷く。

 それから、ミルフィナが近くの太い木の枝を腰に吊していた山刀で削り、杭を作った。

 シーツを取り払い、白いワンピースの肩紐をずらして上半身をはだけさせる。そしてミルフィナが、サマラの心臓の辺りに尖った杭の先端を押し当てた。

 その瞬間、ティナは蔑んだ笑みを浮かべる。

「……こいつ、ガリガリじゃない。まるで、子供みたい……」

 その言葉の直後。

 突然サマラの身体が、びくんと跳ねあがり杭を両手で掴んだ。

 三人は背筋を震わせて悲鳴をあげた。

「蘇った?! アンデッド!?」

 ティナが一歩後退りする。ガブリエラが首を横に振る。

「違う。こいつ、まだ生きているんだ!」

 サマラは腫れた蓋の奥から杭を持ったミルフィナを見上げている。

「ひゅー、ひゅー……」

 と言葉にならない声を立てている。顎が外れ、口が腫れて上手く喋れないらしい。

 勿論、このままサマラが癒やしの力を自分に使えば、彼女の命は助かるだろう。

 しかし、三人のうち、サマラが助かっても良いと考える者は誰もいなかった。

 ミルフィナがサマラの顔面を躊躇なく踏み抜く。間髪入れず杭を奪い取り、それでサマラを思い切り殴りつけた。

 サマラは大きく手足を振り乱す。

「押さえろ!」

 ガブリエラの言葉にティナは頷く。二人はサマラの両手を押さえ込んだ。

「早く! 回復される前に殺せ!」

 そのガブリエラの言葉より早く、ミルフィナは再び木の杭を叩きつける。

 サマラの四肢が小刻みに痙攣し始める。

 そのあとも執拗に殴りつける。サマラの全身から力が抜けて動かなくなる。

 ごりっ、と音がした。ミルフィナが叩きつけた杭を持ちあげると、粘性の高い血液が糸を引いた。

「うわっ、キモっ」

 ティナが口元を抑えて眉をしかめた。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……本当にしぶとい」

 ミルフィナが乱れた呼気を整える。ガブリエラが淡々とした口調で言う。

「それじゃ、とっとと済まして早く帰ろう。ナッシュが待ってる」

 ミルフィナは無言で頷いて、もう一度、サマラの胸元に杭を当てた。

 ガブリエラが近くにあった岩を両手で持ちあげて、それで杭を打ちつけた。

 こーん、こーん、という、どこか牧歌的な音がくりかえされ、やがて杭はサマラの胸に深々とめり込んだ。

 それが済むと、今度はガブリエラが背負っていた戦斧でサマラの首を一気に切断した。

「じゃあ、最後はアタシの出番って訳ね?」

 続いてティナが火炎の魔法を唱えて、サマラの惨たらしい死体を燃やす。

 魔力の籠もった炎で、瞬く間に黒焦げになるサマラ。

 そして、あらかた炎が消えたあと、ミルフィナが持ってきた瓶入りの聖水をよく焼けたサマラに満遍なく振りかけた。

「これでよしっ……と」

「いやだ、これ。なんか煙の臭い移っちゃったかも……」

 ティナがくんくんと鼻を鳴らながら自分の身体の臭いをかいだ。

「この燃えカスをこのままにしてはおけないな。井戸の中に捨てよう」

 ガブリエラが再び焼け焦げたサマラをもう一度シーツでくるんで井戸の中に投げ捨てた。

 少し間を置いて、じゃぽん、という水音が井戸の底から聞こえた。

「やっと終わった」

 ガブリエラが、ぱんぱんと両手を叩き合わせて払う。するとミルフィナが「まだよ」といって、杭を打ちつけた石と聖水の空き瓶を井戸の中に投げ入れた。

「それじゃ、帰りましょ」

 ティナが来た道を戻り始める。二人もそれに続く。

「ほんと、しばらく焼いた肉は食べたくないかも」

 ミルフィナがくんくんと鼻を鳴らしながら言った。ティナが笑う。

「気持ち悪い事、言わないでよ、もう」

 そこで、ふとガブリエラが立ち止まり、井戸の方を振り返る。


 ひゅー、ひゅー……。


 という隙間風が抜ける様な音を耳にした様な気がしたからだ。

「どうしたの? ガブリエラ」

 ミルフィナが問うた。

 ガブリエラは微笑みながら首を横に振る。

「ん。別になんでもない」

 そう言って、彼女は宿屋で待つ愛する男の元へと歩き始めたのだった。

以降は、毎日12時10分過ぎに完結まで投稿します。よろしくお願いします。

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