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【15】それ以降


 立ち込める暗雲。

 不気味な稲光。その薄暗闇に閉ざされた空の下には、かつてのアッシャー王国があった。

 王都が陥落し、バエル公が焼死してから間もなく、この土地は完全なる無政府状態となった。

 それだけにとどまらず、水は澱み、土地は腐り果て、日も滅多に射さなくなった事から作物はおろか草木の数も目に見えてなくなった。

 それにともない、ありとあらゆる動物達がその土地から姿を消していった。

 隣接する領土を持った国々は呪いを恐れ、一切の難民の受け入れを拒否する姿勢をとった。

 また、王都陥落前から国を出ていた王国出身者も不当な差別や虐待を受ける事となった。

 これは、はっきりとは表沙汰にはなってはいないが、王都陥落から間もなくの頃、ある隣国の軍隊が国境付近に押し寄せるアッシャー王国からの難民を大量に虐殺したらしい。

 これによる死者は数百から数千人規模といわれているが定かではない。

 それ以降も隣国による国境付近の警護は、蟻の子一匹入る隙間もないほど、厳重に保たれる事となった。

 結果、決して少なくはない民が、かの呪われた地に取り残されてしまう。

 そうした人々に救いの手を差し伸べる者はなく、彼らは過酷な環境で徐々にその数を減らしていった。




 王都陥落から一年目の春だった。

 ある国の政府機関が、この土地に調査団を派遣した。

 団員は著名な魔導師や霊術師、治療術師を中心に、百戦錬磨の屈強な騎士達や腕利きの冒険者などなど、総勢百名にのぼった。

 彼らは海を挟んだ地から帆船に乗って、かつてはアッシャー王国の南の玄関口として栄えた港町シュトロムに上陸。そこを足がかりに、かの地へと足を踏み入れた。

 記録によればシュトロムは荒廃しきっており、海鳥の姿すら見えなかったのだという。

 一行はその廃墟となった港町に拠点を築き、ひと月の期限で内陸部を調査する予定であった。

 しかし、シュトロムから意気揚々と北上した探索班五十名はひと月たっても戻らなかった。

 それから半月後のある晩。ようやく探索班のうちの五人が何かに追われる様に、拠点へと逃げ帰って来た。

 彼らは他の四十五名の行方や、いったい何があったのかについては頑なに話そうとはしなかった。

 事実を語るのは、彼らのひとりがしたためていた手記のみである。そこには到底、正気とは思えない様な内容が記されていた。

 とりあえず、行方不明になった四十五名の事は諦め、調査団は大した成果もあげられないまま国へと帰順を果たした。

 その帰り道、探索班の生き残りのひとりが船上から忽然と姿を消す。当時の状況から、船から身をなげて自殺したものと思われた。

 その彼の荷物の中には書き置きが遺されており、そこには酷く震えた筆跡で、こう記してあった。


 ――どこまでも追って来る!


 その意味を残りの四人に問いただしても、あやふやな事を言うばかりで要領を得なかったのだという。




 それから更に調査団の帰国後、探索班の生き残りの四人が相次いで謎の不審火により焼死した。

 彼らの持ち帰った手記は、政府機関に提出されたが、それが公表される事はなかった。公表しない理由についても政府は言及を避けた。

 そうして王都陥落から二年目の春。

 調査団の隊長であったランドルフ・カーナボン卿が自宅で心臓発作を起こし死亡した。

 彼が死ぬ間際に残した言葉は、


「視界の隅に黒い影がいる」


 で、あったという。

 なおカーナボン卿は死の数日前からずっと様子がおかしく、ある近しい者に、こんな問いを投げかけたのだという。


「今、隙間風が吹き抜ける様な音がしなかったか?」


 また、ある者には、こう述べていた。


「お前は人の焼け焦げた臭いを嗅いだ事があるか? その臭いが何時も鼻先に漂っているんだ」 


 この言葉を聞いた者達も数日後に自宅で首を吊って自殺する。

 それから数年に渡り、調査団へと加わった者達が、相次いで不審な連続死を遂げてゆく。

 彼らの死因の半分以上が不審火による焼死で、中にはどう考えても有り得ない奇怪な死に方をした者もいた。

 人々はこれを魔王の呪いだと恐れた。

 世間は熱病に浮かされたかの様に、この話題に食いついて騒ぎ立てる。

 そんな最中、ある政府関係者が、公表されていなかった探索班の手記の内容を独断で公開する。

 それによれば、かつてのアッシャー王国では死体が蘇り、わずかに残った人々は、その生ける屍を食料として暮らしていたらしい。

 探索班五十名の殆どは食人鬼と化した住人によって襲われ、食用肉となった。更に、残った十数名が生け捕りにされて、彼らの集落で軟禁されていたのだという。

 しかし、その後、原因不明の火災により集落が焼け落ち、この隙に囚われていた者達は脱走。

 そこから正体不明の何かに追われながら、命からがらシュトロムまで戻って来た時には、たったの五名となっていたのだという。

 そして、手記の最後のページには、インクの大きな染みがあり、こんな一文が添えられていた。


 『世界の終わり』


 なお、その頁のインクの染みは、見方によっては女の顔の様にも見えなくもなかったが、それを指摘するものは誰もいなかった。




 その数日後だった。

 手記を公表した政府関係者が事故で死んだ。

 あやまって自宅の庭先の井戸へと落下。頭部を強打した事が直接の死因らしい。

 これにより、この件への世間の関心は、すっかりと冷めてしまった。誰もが興味本位や好奇心ではなく呪いを本気で恐れ始めたのだ。

 それから次第にこの話は、人々の巷間こうかんに登る事もなくなっていった。

 アッシャー王国の存在は、完全に歴史の闇へ葬られようとしていた。




 それは王都陥落から三年目の夏だった。

「……凄まじい暗黒のオドが渦巻いている」

 山道を行く馬車の御者台で手綱を握りながら、左手に見えるその土地の方角を眺めるのは、法皇庁の聖衣を着た男であった。

 祓魔官ふつまかんのフォックスである。

 その彼の背後。幌つきの荷台で、同じく聖衣を着た赤毛の女が声をあげる。

「……あなたは、あれが、たったひとりの人間の怨念による仕業だと仮説を立てていたけれど……私には到底、信じられないわ。あれは、呪いなんてものじゃない。ひとつの災厄よ」

 ……と、彼女は続けた。

「では、ダナ……」

「何よ、フォックス」

 ダナと呼ばれた赤毛の女性は気怠げに言葉を返す。

「君は、あのアッシャー王国を襲った一連の現象の原因をどう考える?」

「だから、魔王の呪いよ。きっと、魔王は自分が滅びると同時に発動する呪いを仕込んでいたに違いないわ。勇者達は不幸にもそれに気がつく事ができなかった。やっぱり普通の人間がこれほどの呪詛をまき散らせる訳ないもの。そんなのオカルトよ」

「魔王の呪いというのも、根拠のないオカルトだと思うけどね……ただ」

「ただ、何よ?」

「その呪いをもたらした者が普通の人間だとは、僕はひと言もいったつもりはないよ」

「じゃあ、何なのよ……」

 ダナが呆れ顔で肩をすくめる。フォックスは気にする様子もなく言葉を続けた。

「恐らくこの世界の管理者たる女神の加護を受けた極めて霊格の高い聖人……その力が何らかの要因により裏返ったんだ」

「その何らかの要因っていうのはなんなのよ……」

「さあ、そこまでは僕にもわからない。何にしろ、この件を探ろうとする多くの者達は、先入観に捕らわれてしまっている。こんなものがひとりの人間に出来る訳がないとね。しかし、この暗黒のオドを霊術で丹念に観察すれば、誰もが僕と同じ結論に辿り着くはずだよ」

 そこでフォックスが、突然きょろきょろと視線を周囲にさまよわせる。

 その様子を不審に思ったダナが尋ねた。

「どうしたの? フォックス」

「今、聞こえなかったか?」

「だから、何が?」

 怪訝な顔をするダナ。

 フォックスはもう一度、周囲を見渡して答える。

「何か、すきま風が吹き抜ける様な……ひゅー、ひゅー……って音が」

「フォックス。あなた、疲れているのよ」

 ダナがどこか憐れみの籠もった眼差しで、フォックスの事を見つめた。しかし、彼は気にした様子もなく、馬足を早める。

「……兎も角、ガイステンセンに急ごう」

 ガイステンセンは、山間にある小さな町だ。彼らはこれから、そこに住むある男に話を聞きに行くところであった。

 彼は数年前まである宿場町の宿屋の従業員だった。

 宿場町の名前はアンルーヘ。

 その男が働いていた宿屋の名前は、黒猫亭といった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] B'zのLOVE PHANTOMが掛かりそうな祓魔師ですね
[良い点] ・聖女闇落ち極悪化 ・仲間?連中や王族、市民連中のクソっぷり [気になる点] サマラ、ダナ、フォックス [一言] コミカライズを見て気になって来てみれば・・・ ふぅ、何だかザ・リングやX-…
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