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【13】大自然に囲まれて


 崖の縁で尻餅を突き、殴られた頬を抑えながら山賊を見上げるミルフィナ。

 その彼女の頭上に、怒声が降りかかる。

「てめえらのせいだ! 糞アマが!」

 山賊はミルフィナの顔面を蹴飛ばした。鼻血を吹きこぼしながら崖から落ちそうになるも、寸前で胸ぐらを掴まれる。

 襟元が締まり、息が詰まる。

「ううぁあ……」

 うめき声をあげるミルフィナの頭をそのままガタガタと揺すり、山賊は声を張りあげた。

「何で俺らが魔王の呪いで苦しまなくちゃなんねえんだよ!! 魔王倒したのお前らだろうがッ!!」

 そのまま釣りあげられて、崖とは反対方向に投げ捨てられる。

 斜面を転がり、木の幹に背中を打ちつけて止まった。

「うっ、う……」

 何とか四肢を突いて立ちあがろうとするミルフィナの周囲を、山賊達が再び取り囲む。

 腹をつま先で蹴られて地面に突っ伏した。

「おら。何とか言ったらどうだ? 勇者の腰巾着様よ?」

 下品な嘲笑が巻き起こる。

 ミルフィナは両手を突いて顔をあげ泣き叫ぶ。

「知らない! 知らないよ、そんな事!! 呪いなんて……知らない……知らないからぁ……うぅ……ウチらのせいじゃない!」

 魔王討伐は全世界の人々の悲願だった。それを達成した自分達が責められるいわれはまったくないはずだ。

 そもそも、豚頭病と魔法損失――一連の災禍が、魔王の呪いであるかどうかもはっきりとしていない。

 実際はミルフィナ達が元凶ではあるが、彼らには、そんな事は知る由もない。

 どう考えても、単なる八つ当たりである。

 しかし、この山賊達にそんな理屈は通用しなかった。彼らの表情が怒りで凍りつく。

「てめえぇええ……この後におよんで知らないだと?!」

 そう言って、山賊のひとりが腰にさげていた山刀を抜いた。

 ミルフィナの表情が青ざめる。両手をかざし、涙と鼻水をたらしながら、脅えた表情でまくしたてる。

「ま、待って……待って! 痛い事、もう止めて! 痛い事しないで! ちょっと、待って……!」

 ミルフィナは木に寄りかかりながらいそいそと立ちあがり、バックバックの中から路銀の入った革袋を取り出す。

 その中から百万ゴールドはしそうなルビーの粒を摘んで見せた。

 山賊の誰かが「ひゅう」と口笛を吹いた。

「……どう? ……プルトに帰れば、家にこれくらいの宝石なら沢山あるけど」

 ミルフィナは、ぎこちない笑みを浮かべて山賊達に精一杯、媚びようとする。

「ぜぜぜ……全部、全部、あげるわ……あなた達に全部」

 その言葉を言い終わる前だった。山賊が山刀をミルフィナに向かって突き出す。


 ………がつん。


 刃はミルフィナの頬をわずかにかすめ、背後の木の幹に突き刺さる。

「ひっ……あっ、あ、ああぁー」

 ミルフィナが腰を抜かして地面にへたり込む。すると、その隙に山賊が彼女の手から革袋を奪い取った。

 素早く中身を確認する。

「おい。何だ? こりゃ」

 そう言って、彼が摘みあげたのは、ナッシュから貰ったミスリルのブレスレットであった。

「そっ、それは……それだけは……」

 ミルフィナは膝立ちになり、必死な顔で右手を伸ばす。

 そのブレスレットは彼女が捨て切れなかった物。自分が幸福だった証。過去の栄光そのものであった。

「随分と大切な物らしいな?」

 山賊達は顔を見合わせ、ほくそ笑む。

「……それだけは、それ以外なら全部あげます。それだけは勘弁してください」

 ミルフィナが、よろめきながら立ちあがる。するとブレスレットを持った山賊が鼻を鳴らして笑う。

「わかったよ。じゃあ、このブレスレット以外の全部で勘弁してやるよ」

 ミルフィナがほっと、安堵の溜め息を漏らしたのも束の間であった。

「ただし、条件がある」

「えっ」

 ブレスレットを持った山賊が仲間に目で合図する。ミルフィナは両腕をしっかりと掴まれて拘束される。

「……何? 何なの?」

 涙目になりながら唇を戦慄かせるミルフィナに、山賊は冷酷に言い放つ。

「お前、そこから飛び降りろ」

「えっ」

 ミルフィナの目が点になる。

「もしも、戻って来れたら、このブレスレットだけは返してやるよ」

 山賊達の爆笑。

 ミルフィナの顔に、みるみる内に絶望の影が射す。

「冗談でしょ?」

「いいや。冗談じゃねえ」

「……いや」

「いいから、飛び降りろ。それで、許してやるから」

 無理やり崖の縁に連れて行かされるミルフィナ。何とか足を突っ張らせるも、虚しい抵抗だった。

「いやよ。死んじゃう」

「大丈夫だって。お前ら、あの魔王を倒したんだろ? それに比べりゃなんて事ねえよ」

「無理だって。無理よ……無理無理無理無理無理……」

 ミルフィナは半狂乱になって暴れる。その腹部に拳が深々とめり込んだ。ミルフィナは崖の縁で四肢を突き、吐瀉物を撒き散らす。

「……本当にきたねえな」

 ミルフィナを殴った山賊が顔しかめた。そして、涙と鼻水とよだれを盛大に垂れ流すミルフィナに優しく言い聞かせる。

「なあ。本当はお前みてえなゴミエルフは、すぐにでも細切れにしてやりてぇぐらい、こちとら頭に来てんだよ? それを生き残るチャンスをやろうっていうんだ。感謝すんのが筋ってもんだろうが?! やっぱ、あのクソ勇者に惚れちまうぐらいだから、そんな事もわからねーぐらい頭スッカラカンなのか? オメーはッ!!」

 ミルフィナは涙と鼻水を垂らしながら喚き散らす。

「嫌、無理……無理……他の事なら……他の事なら、何でもします! お願いです!」

 しかし、山賊達にその訴えを聞き入れる様子はない。

「本当に、ワガママなお嬢さんだ。エルフってのは、みんなこうなのかね?」

 再び両腕を掴まれて、無理やり立たされる。

「嫌だ……そんなの、死ぬよ、こんなの、絶対に死ぬって……」

 頭を激しく振り乱すミルフィナ。

「おとなしくしろよ!」

「嫌! 死ぬ死ぬ死ぬ無理無理無理無理無理……」

 ゲラゲラと笑う山賊達。

「嫌だ……嫌っ。お願い!」

「日が暮れるまでに帰って来いよ? 夜道は危険だ」

 彼女の両腕を掴んでいた山賊が手を放す。

 次の瞬間だった。

「おら! 行ってきな!!」

 ミルフィナは思い切り尻を蹴飛ばされ、山賊達の嘲笑を聞きながら、深い谷底へと落ちていった。




 全身のいたるところに太い鉄の杭を埋め込まれたかの様な激痛で目を覚ます。

 そこは、どこかの河原だった。水の流れる音が聞こえる。

 ミルフィナは仰向けで右を向いていた。首を元に戻そうとしたが、激痛が走って上手くいかなかった。

 ミルフィナは流れの速い谷底の渓流に流され、岩場や川底にその身体を散々に打ちつけながらも、どうにか生きていた。

 しかし、もう長くはないだろう。

 このまま、何の手当てもしなければ自分は死ぬ。

「ひ……」

 悲鳴をあげようとしたが上手くいかなかった。むせかえり、河の水が混ざった血反吐を吹き出す。

 その直後だった。

 彼女の頭頂部の方から、砂利を踏みしめる音が聞こえた。


 ……誰か来る。助かった。


 そう思ったのも束の間だった。ミルフィナの視界に、その人物の足が映り込む。

 泥で汚れた素足。

 少しだけ眼球を上に動かすとぼろぼろに黒ずんだワンピースの裾が見えた。


 ひゅー、ひゅー……。


 その音をミルフィナは、随分と前に聞いた事がある様な気がした。

 そして、その人物の視線を感じる。

 首を動かせないので顔を見る事はできないのだが、その人物の強い怨みを感じた。

 それでミルフィナはすべてを思い出す。

「……サ……マラ」

 次の瞬間だった。

 赤子が泣き叫ぶ様な、けたたましい鳴き声が、羽ばたきと共に無数にやって来る。

 その数は瞬く間に増えてゆき、全身を震わせる様な大音響となる。

 それは鴉の大群であった。

 鴉達は真っ黒な翼をはためかせ、河原の上空を旋回してからミルフィナ目がけ、急降下して来る。

 ズタズタになった彼女の裸体に降り立ち、蹴爪けづめを突き立てくちばしついばみ、肉を喰らう。

 ミルフィナは、自分の身体にたがり、肉を啄む死神達を振り落とそうとする。しかし、苦痛でうまく動けない。

 そんな中、彼女はようやく悟った。すべての原因があの山賊達の言う様に、愚かな自分達の行動にあった事を。

「たしゅ……サマ……たしゅけ……サマりゃ……ごへん……ごへんなしゃい……しゃまりゃ」

 ミルフィナは呂律の回らない口で、必死に自分を睨みつけるそれに向かって、許しを乞う。

 しかし、佇む二本の足は何時の間にか、消え失せていた。

 やがて一羽の鴉が彼女の頭を抑えつける。その蹴爪が左眼をえぐった。

 次に顔の前に降り立った、もう一羽が首を傾げながらミルフィナの顔を覗き込んだ。

 黒い凶悪な先端が容赦なく迫り、彼女の視界を覆う。

「うちが、うちがわりゅかったから……たしゅけ……やめへ……やめへ、やめやめやめやめやめ……」

 瑞々しい果物を潰す様な音。

 太く大きなくちばしが、残った右の眼球を眼窩がんかから引きずり出す。

 ぐぁあ、という鳴き声が間近で響き、左耳の鼓膜が突き破られた。

 そのまま、頭の中を掻き回される。


 こうして、大自然と共に生きる事を嫌い、もう一度、大自然に帰ろうとしたミルフィナ・ホークウインドは、大自然の中で息絶える事となった。

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