~マンション(共同住宅)の物語 其の1 「孤立 深く沈み行く…。」
マンション担当者井川は、この日の夜の理事会資料を急いで作成し、午後から会議で席を離れてしまう上司に確認してもらわなければいけないことから、心臓の鼓動が判るほど焦っていた。
しかし、今朝の集合郵便受破損事故について、早急に動かないことには、後で相当な時間を費やす羽目になることを知っていた。
まず、理事長に、安仁屋さんが副理事長の郵便受けを破損した件について報告をした。
故意に破損したもので組合の損害保険は使えないとの見解だった。
井川は予想していたが、心の中でため息を吐いた「これで、安仁屋さんに自費で修理してもらうしかなくなった。そして、よりによって修理対象が副理事長とは。」
理事長は井川に、「あとは任せます。」とだけいって電話を切った。
井川は副理事長に電話した。
思っていた以上に理論と理屈が圧力団体のように井川を圧倒した。
さまざまな団体、組織でナンバー2の座についてはトップを補佐するサポート役と見せたうえで、事実上、自分の意見言い分をとおさせる猛女であった。
井川は45分捕まった。
その間、安仁屋さんに謝罪させること、修理させること、そして安仁屋さんの蛮行を責任もって止めさせること等被害者として、副理事長として、滔滔と井川に論じた。
井川は、節電後、大きなため息をして、時計を見た。
11:10
「まずい!午前が終わる!」
急いで作成中の理事会資料の続きを作ることに集中しようとしたが、そこに副理事長から電話が入った。
「明日の朝、また、安仁屋が暴れたら、管理会社の変更も検討するから、心してかかれ!」との内容であった。
井川はもう頭の中がクリアでなくなっていた。
井川は安仁屋さんのご主人に、仕事中であるにもかかわらず電話した。
井川はご主人に今朝の出来事を話した。
安仁屋さんは、唯一の心の拠り所であるご主人の姿を見ると、落ち着いていたので、ご主人にしては寝耳に水であった。
安仁屋さんは管理員に諭され、ようやく部屋に戻り、何もできずにひとり茫然としていた。
そこに正午を過ぎて、昼休みに入ったご主人から安仁屋さんに電話が入った。
安仁屋さんはご主人の声を聴き、少しほっとした。
が、しかし、その10秒後、安仁屋さんの心の硝子がひび割れた。
「お前、何やってんだよ!マンションでそんなことしたら住めなくなるだろ!馬鹿か!管理会社の担当が仕事中に電話かけてきて、どうにかしてくださいって泣きつかれたぞ!なさけないったらないぞ!」
ご主人は、新婚の頃のような穏やかな愛情は薄れていた。
安仁屋さんは孤独と孤立を高めていった分、唯一の味方と思っていたご主人に対しては、熱く深い愛で夫婦仲を大切にしていた。
安仁屋さんは、ショックが大きすぎて、叫ぶことさえできなくなっていた。
暗い部屋で、ひとり、深い深い闇の中に、沈んで行った。