~マンション(共同住宅)の物語 其の1 「烈火/慟哭」
エントランスで402号室の集合郵便受の蓋を、拳で歪曲させ、血を滴らせながら、振り向いた。
小学校に集団登校するために集まった小学生や、その母親が、その異様な光景を見て、余りの驚きに体が硬直し、動けなくなっていた。
しかし、
拳を真っ赤に腫らし、血を落とす安仁屋さんが振り返ると、一人の女児の奇声をきっかけに、その場にいた全員が、血相を変えて逃げ回った。
そこに、ちょうど出勤してきた管理員がやってきて、「あなた、やめなさい!」と、叱ってしまった。
状況から見て叱る、叱られるは本来間違いではないと思われる。
しかし、被害妄想とパニック状態にある安仁屋さんにすれば、また、一人敵が増え、「誰も判ってはくれない!」の思いが増幅されてしまった。
管理員は、兎に角安仁屋さんに落ち着くよう諭し、マンション内の会議室の鍵を開け、安仁屋さんが人目につかないよう配慮し、自らも出勤時の荷物を置き、急いで作業着に着替え、集会室に向かった。
安仁屋さんは茫然として、パイプ椅子に座っていた。
「どうしたのですか?気に入らないことでも生じましたか。」管理員は優しく安仁屋さんに問うた。
「いろいろあり過ぎて、どこから説明したらいいのか、判らない。」と項垂れた。
「郵便受けを壊したら行けませんよ。」
悪気なく、極当たり前なことを管理員は言ってしまった。
「そんなこと判っている。なぜ、そうなったかとか聞かないのか!」
安仁屋さんは、苛立ちか込みあがってくることを抑えきれなくなってきた。
そして、余りの悔しさに、安仁屋さんは、その場で、声をあげて、泣いた。
それは、やがて、慟哭に変わって行った。