~マンション(共同住宅)の物語 其の1 「崩れ始めた心」
鏡を見つめ、10円玉サイズの円形脱毛を指で触ってみた。
その感触は、頬でも、おでこでもない、グリップの効いた薄いゴムのような感触であった。
まだ30代の女性にしては、ショックなできごとであり、このまま円形が敷地面積を増やしていくのではないかと50代男性が囚われる恐怖に、安仁屋さんは憑りつかれ始めた。
結婚して5年半、今までは、帰宅すると、家族以外の人が家に上がっていて、テレビをみながら「おかえり。」と言うようなフランクなご近所関係で育ち、大阪に来ても大正区にいることで沖縄の文化の中でいることができた。
賃貸から、組合のある分譲への変化。
都会的な近所付き合い。
帰宅の遅い亭主。
そして、5年を経過した夫婦生活の中で、なかなか子供が出来なかった。
ママ友が自分の同世代が多く、幾度も何人にも「お子さんは幾つ?」と聞かれた。
お節介な壮年主婦に話しかけられ、沖縄でしょと意味深に言われ、話すことが怖くなっていた。
もう、安仁屋さんは、表面張力で堪えていた感情が溢れ、零れ始めた。
廊下で人の声が聞こえると悪口を言っていると思うようになってしまい、耳の穴に指が食い込むほど耳に栓をした。
出したはずのゴミが、玄関の前に戻っていた。
考え事をしてごみを出した安仁屋さんが1日間違って出してしまったものを、管理員がごみ袋を開け、中を見て安仁屋さんを特定し、玄関前に戻していた。
安仁屋さんにすれば、ごみをあさられ、特定されたことと、ごみ違反をしたことの見せしめにあったとのWショックを受け、頭の中は真っ白になったあと、ふつふつと「よってたかって虐めやがって!」と被害者意識と恨みがふつふつと沸き上がった。
「ちくしょう!くそっ!ちくしょう!」
安仁屋さんはクッションでソファを叩き続けた。
「ちくしょう!ちくしょう!この野郎!ちくしょう!」
目じりは吊り上がり、顔面は紅く鬱血し、憎しみにこめかみの血管は今にも切れそうな形相になっていた。