~マンション(共同住宅)の物語 其の1 「脳に広がる空洞」
安仁屋さんは、いつかこの職場にも、私の日常が知れ渡る…。そう思いながらも、職場では淡々と問題なく働く安仁屋さんであった。
そこに、安仁屋さんが力の限り、両手の限り、サッカーのゴールキーパーのように守っていた隙間を突くような一言が、閃光を放ちながら安仁屋さんを突き抜けた。
「安仁屋さん、お住いのマンションの副理事長さんところの息子さんと、うちの息子、同じサッカーチームの同学年なんです。一昨日、『安仁屋さんって知ってますか?パート先の同僚なんやけど、同じマンションですよ。』って言ったら『よく知ってる。』って言ってはったわ。仲いいの?」と。
もう、安仁屋さんは、その後の仕事をどう進めたか、記憶になかった。
ただ、もともと事務仕事には長けていたことで、頭の中は真っ白になり、その後、まるで脳内に大きな気泡ができ、弾け、空洞になったような奇妙な感覚の中、なんとかその日の仕事は終えた。
甲子園口からの帰り道、自転車に乗りながら、安仁屋さんは「とうとう来たか。終わりは近い。」そう思いながら、自転車を漕いでいると、赤信号なのに進もうとして、車のクラクションで、はっと気づいて難を逃れた。
職場に、確実に知られてしまう、恐ろしい風が、届きつつある予感に、安仁屋さんの鬱は、否が応でも進行して行った。