~マンション(共同住宅)の物語 其の1 「敵ばかり。敵だらけ。」
恐る恐るご主人に壊した副理事長宅の集合郵便受扉について相談したが、優しさの欠片も無く木っ端微に突き返された安仁屋さんは、完全に孤立してしまった。
扉を出ると、見知らぬ小学生にまで「メンヘラばばぁ」と罵られ、管理員も意識しないようにする素振りが、逆に痛々しかった。
主婦連中に至っては、露骨に無視や、目を合わさないよう遠回りする始末。
「嗚呼、独り、私は独り。一歩外でりゃ敵ばかり。旦那帰れば扉の中も敵だらけ。」
哀しい独り言を呟きながら、独り、寂しく入浴に向かった。
すると、本来、部屋の位置構造的に聞こえるはずのない、「メンヘラ、メンヘラ!」と言う母子の声が安仁屋さんに聞こえた。
安仁屋さんは湯船から立ち上がり、どこから聞こえてくるのか耳を立てた。
しばらくすると、キーンといった金属音のような響きが耳を突き抜けた後、機関車が遠くから近づいてくるように、「メンヘラ、メンヘラ、メンヘラ!メンヘラ!!」と大きくなり、安仁屋さんは「助けて!」と大声を出した。
居間で、缶ビールを飲みながら、殺伐とした表情でつまらなそうにテレビを見ていた旦那が、腰を上げた。
「何、どうしたの?虫でもいた?」
安仁屋さんは「違うの、誰かが親子で私の悪口を言って来るの。」と言って泣き崩れた。
それを見て、ご主人は、「勘弁してくれよ。疲れてんだから。」とだけ言って、居間に戻って行った。
安仁屋さんはその後も、幻聴に苦しみながらも、旦那には打ち明けられず。独り、眠れないお布団の中で、耳をふさいで泣いていた。
睡眠不足のまま、家事と、パートを続けていたが、体力も気力も、もう限界に近付いていた。