~マンション(共同住宅)の物語 其の1 「無限の恐怖」
いつか、何かの形で主人にはバレるだろう…。
安仁屋さんはそう思いつつ、沖縄を離れて暮らしている今、唯一の安全地帯は主人で会った。
その主人に、心配されどころか、叱責され、勘弁してくれよ…と、迷惑な存在と言わんばかりに、味方と思っていた主人の裏切りに、安仁屋さんはもう、心の糧も、辛うじて掛っていた安全装置も、とうとう失った。
暗く、うつむきながらの食事の用意、その後の家事、鬱陶しがる亭主。
もう、すべてが安仁屋さんの中のマグマを沸騰させる要因となり静かに噴火の時を迎えようとしていた。
その夜、安仁屋さんは、腹の中に、熱いコールタールが溜まっているような熱い不快感から、ほとんど眠れなかった。
それでもお弁当を作り、朝ご飯を作り、主人を送り出し、甲子園口のスーパーでもパート作業に向かった。
イライラと、裏切りと、睡眠不足で、安仁屋さんのメンタルと思考回路は、平常ではなかった。
なんとか経験上の惰性でその日の6時間のレジ打ちを、淡々とこなし、マンションへと帰った。
夕刻16時過ぎ、マンションのエントランスホール。
「メンヘラばばぁ」
小学3、4年生の女児のひとりが言って。
安仁屋さんに聞こえたのが判り、「ヤバイ!」と言って、3人の女児が走って逃げた。
「メンヘラ、メンヘラ」
おそらく親が言っていたことを、深く意味も知らずに言っているのだろう。
しかし、あの日の朝の、集合郵便受破壊は、集団登校待ちの、十数人の小学生に目撃されていた。
親も、子も、ホットラインを持っている時代、安仁屋さんの蛮行は、みるみる知れ渡っていた。
安仁屋さんの喉は砂漠のように乾き、足は、枷を嵌められているかのように重く、動けなかった。