第86話 中心は武器職人
「機雷に、魚雷?」
配られた資料を手に訝しみながら呟く陸軍の将校。
だが海軍の将校は自信にあふれた微笑を崩さず、
「はい。これらは異世界から流れ着いた兵器を、我々の魔法技術により再現したもの。機雷は言うなれば海に浮かぶ爆弾。ただしその威力は、一発で駆逐艦クラスを撃沈し、巡洋艦、戦艦クラスを中、大破させるほどのものです。一方の魚雷は海中を魚のようにひた走る爆弾。コストは機雷を圧倒的に上回りますが、同等の破壊力に水中を自動推進する能力を付加した強力な兵器です。
同様の兵器は光神国を含む各国で開発が進んでいるようですが、これまではコストに対する性能と量産性の低さ、魔力反応の大きさと推進時に発生する大量の気泡のため発見が容易だったことなどから、兵器として実戦運用された例はありませんでした。しかし技術者の努力により、とうとう実戦での使用にたえるレベルのものが完成したのです」
そう堂々と言ってのける。
その海軍の将校のあまりの自信に、陸軍の将校達は期待と不安、困惑が入り混じった表情で資料に目を通す。
資料に書かれた兵器の概要、性能要目、コストは、確かに兵器として優れている事を示していた。
だが、
「コストダウンしたとは言っても、魚雷は6、7本で戦闘機1機分の値段の上、速度は艦船と同程度。それに魔力反応を極力抑えることで逆探知のリスクを減らした、とはいっても大量の気泡が発生する問題は解決していない。機雷に関しては気泡の問題はないが、こちらは自走しない以上、相当の数を準備する必要があるはず。海軍はどれほどの数を準備しているのか?
加えていくら優れた性能を持っているとしても、信頼性がない兵器は現場では使えない。それにせっかくの虎の子の新兵器、信頼性の無いうちから運用し、敵に存在を気づかれてはそれこそ一大事。最悪、故障したものを敵に鹵獲され、技術が敵に渡ることも考えられる」
そう陸軍の将校は懸念点を突き付ける。
その言葉に海軍の将校はその表情をやや険しくするが、
「確かにそれらの問題点はまだ解決されてはおりません。しかしそれらのデメリットを打ち消して余りある革新性がこれらの兵器にはあるのです。何より、敵もこれらの兵器の開発には心血を注いでおり、実用化は目前のはず。敵がこれらの兵器を実戦運用するより早く、こちらが仕掛けなければならないのです。そのためには兵器の信頼性が完全となるのを待っている余裕はありません。まとまった数を実戦運用しながら、不具合の洗い出しを同時に行っていく必要があるのです」
そう陸軍の懸念を認めたうえで、なお兵器の有効性と先手を打つことの重要性を訴える。
その言葉に、陸軍の将校はまだ何か言いたげな表情を浮かべながらも、海軍のいう事も一理あると考えたのか、一旦は引き下がる。
すると今度は別の陸軍の将校が、
「では実戦運用法に関して、翔空機から魚雷を投下する戦法が書かれているが、大型爆弾に匹敵する重量を持つ魚雷を抱え、洋上を航行する敵艦相手に攻撃を成功させるのは至難の業のはず。ならば軍港などに停泊する敵艦を狙えばどうかと言えば、海底の浅い箇所では投下時に魚雷が海底にぶつかってしまうために成功率は低いとなっている。艦船から使用するにしても、先ほどの気泡の問題に、速度が敵艦と同程度となれば、当然回避される可能性が高い。
機雷は軍港入口の狭まった区域に集中配備すれば多少効果はあるかもしれないが、敵の偵察機に上空から偵察されれば位置はバレてしまう。新兵器の革新性は認めるが、やはりもう少し温めて完成度を高めてから運用すべきではないか」
そう運用面から反対意見を述べる。
その言葉に、海軍の将校は先ほどまで以上に険しい表情を浮かべながらも、
「それらの問題はもっともですが、将兵は問題を克服すべく、洋上を航行する艦船への編隊を組んでの一斉投下、軍港に停泊する艦船へは可能な限り低空から魚雷を投下する戦法を猛訓練し、成功率は徐々に高まってきております。機雷に関しても、その存在が知られていない一回目は成功する可能性が高く、万一気づかれても敵艦の行動を制限する効果は期待できます」
そう反論する。
だが陸軍の将校達はやはり険しい表情を崩さない。
そんな陸、海の将校達のやり取りを見、ティアさんは僕の方に視線を向け、
「バーム、あなたはどう思う? いきなりでは分らないかもしれないけれど、私たちは所詮軍人、兵器の事となれば、あなたの意見が聞きたいわ」
そう意見を求めてくる。
その言葉に、今度は視線を僕に集める将校達。
今の僕は丘の城の築城を成功させ、先の航空戦を勝利に導いた立役者だ。
その視線に込められた期待や信頼、重圧に、僕はつばを飲み込みながら、
「正直この資料からだけでは読み取れないこと、判断できないことが多々あるので何とも言えない部分はあるのですが……」
そう前置きしたうえで、一度考えを脳内でまとめた後、口を開く。
「もう一工夫加えれば、状況次第では戦局を覆すことも可能となるかもしれません」
僕の発したその言葉に、海軍の将校は表情に自信を取り戻し、陸軍の将校達は驚愕の表情を浮かべる。
「バーム殿、それはまことですか!? それで、具体的には?」
陸軍の将校の問いかけに、僕は小さく頷く。
いい加減な事、不確実な事は言えない。
だが僕は父から、この機雷と魚雷という異世界の兵器について、話を聞いたことがあった。
父から聞いた工夫が、そのまま簡単に通用する保証はない。
だが現在の戦況を打破するためには、とにかく試してみなければ。
あるいは前回の航空戦の時のように、僕一人の力ではできなくても、皆の力を結集すれば、もしかしたら不可能は可能となるかもしれない。
そう僕は考え、父から聞いた話を頭の中で整理すると、必要と思われる改修と運用法について、
「正直、この短期間でものにできる保証はありませんが――」
そう前置きしたうえで、説明を始めるのだった。
説明を終えると、将校たちは揃って難しい表情を浮かべ、ため息を漏らす。
「不可能ではない、のだろうが、必要なのはやはり時間と人員と資金……か」
ゲウツニーの漏らした言葉に、将校達は揃って考え込んでしまう。
だが兵器の改良など、本来はそう簡単にできる事ではない。
それを可能にしようというからには、やはり先立つものと人員、時間稼ぎが必要不可欠と言えた。
「――ゲウツニー、先の航空戦で敵のパイロットをかなり捕虜にしたわよね?」
ティアさんの言葉に、ゲウツニーは目を丸くし、
「はい。まさか、身代金と引き換えに返還して資金を調達するのですか? しかしこのタイミングでは、次の戦にそれらのパイロットが復帰参戦できてしまいます。陸兵ならともかく、パイロットの返還はデメリットが大きいのでは?」
そう意図を先読みして懸念を伝える。
だがティアさんは首を横に振り、
「確かにそのリスクはあるわ。けれど今直ぐ大量の資金が必要な事、捕虜を抱えておくにも食料が必要で管理にも人員を裂かなければならない事、捕虜を返還しないことで敵の恨みを買えば、敵の戦意向上につながる可能性がある事を考慮すれば、悪い話ではないはずよ。それと人員に関してだけど――」
そう言って、海軍の将校に視線を向ける。
すると海軍の将校は笑顔を浮かべ胸を叩き、
「その点はお任せください。開発担当者数名を含む技術者陣をすでにこの地に呼び寄せています。必要物品の輸送も含め、海軍が全力でサポートします。それとバーム殿には、前回の探知装置と、ハンナ殿が開発しているという新装備の件でも協力して頂きたいことが――」
そう協力を約束した上で、さらに追加の要請をくれる。
だがそれにゲウツニーが、
「待った、海軍の苦境は分ったが、陸軍としても、以前からの懸案だった鉄砲の尾栓の問題について、バーム殿の知恵を借りたいのだ」
そう待ったをかける。
「魚雷に機雷、探知装置にハンナさんの新装備、加えて鉄砲の尾栓、これは相当時間を稼がないといけないわね」
そう呟くティアさん。
だがその表情に浮かぶのは、不安ではなく、笑顔。
「バーム、時間稼ぎは私たちに任せて。焦らなくていい、あなたの改修した要塞なら兵糧が尽きるまで持ちこたえられる。その間に全部とは言わない、あなたが優先順位を考えて、一つづつこなしていけばいい」
そう言って、今度は全員に視線を送り、
「そうでしょう? 皆!」
そう勢い良く問いかける。
果たして、それに揃って応える将校達。
緑さんもエイミーも、僕に笑顔と頷きをくれる。
方針は定まった。
僕一人では決してできない。
だがみんなが協力してくれれば、きっとできる、いや、やりとげなければならない。
こうして軍人ではなく、一人の武器職人を中心とした戦が、また幕を開けるのだった。




