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第77話 科学と魔術の目

 輸送船団がトウルバ港に入港したのは日没からしばらくしての事だった。

 あの後の戦闘で味方艦隊は輸送船1隻が大破自沈し、他に輸送船1隻、護衛の駆逐艦1隻が損傷した。

 入港した輸送船7隻は早速物資の揚陸作業に取り掛かる。

 翔空機の夜間飛行には大変な技量を要するため、これから朝までは、敵機の攻撃を受ける危険は少ない。

 だが夜明けになれば敵機の攻撃が再開されるのはほぼ確実であることを考えれば、なるべく早く作業を終え、夜明けまでに出来るだけ敵基地の空襲圏から離れる必要がある。

 

「揚陸物資の回収は後回しでいいから、とにかく早く物資を下して、避難民の乗船を急がせて。損傷艦艇の応急修理も早急に」


 下されるティアさんの指示。

 だが揚陸物資を回収せずそのままにしておくということは、夜明けから再開されるだろう空襲で物資を焼失する可能性が高いということを意味する。

 この日の邀撃はこちらの集めうる最大に近い戦力を結集し、出しきれるほぼ全力を発揮できた。

 結果、敵機十数機を撃墜し、ほぼ同数を撃破するという大戦果を挙げた。

 一方味方戦闘機の損害は撃墜3、被弾損傷6。

 つまり空戦に限定するなら、倍以上の損害を敵に与えたということになる。

 実戦において戦果は誇張されるものなので割り引く必要はあるが、それでも大打撃を与えたことは間違いなかった。

 だがそれだけの損害をあたえたにもかかわらず、味方輸送船団には被害が出た。

 敵が明日も猛攻を仕掛けてくるのはほぼ間違いなく、しかも今日の教訓から何らかの対策を講じて来る可能性が高い。

 そのためティアさんは避難民を確実に脱出させることを優先し、揚陸物資を切り捨てるという判断を下したのだ。


 航空基地では偽陣地や偽の翔空機、偽装された建造物多数吹き飛ばされ、滑走路には爆撃により複数の大穴があいた。

 山麓に築かれた簡易掩体壕付近にも着弾があり、隠されていた翔空機の一部が破壊された。

 また穴の開いた滑走路に味方戦闘機が着陸する際、脚を引っ掛け損傷する機が出た。

 それでも事前の対策が功を奏し、地上の被害もかなり限定する事が出来た。

 そして地上部隊は攻撃を受ける危険の少ないこの夜間の内に、全力で滑走路に空いた穴を埋め、破壊された装備や施設を修理復旧し、再度偽装を施し明日に備える。

 整備隊も損傷した機体の修復は勿論、損傷していない機も含む全機を全力で整備する。

 さらに本日の空戦における損害を補てんするため、増援の戦闘機が夜明けまでに到着する予定となっている。

 これで戦闘機50機前後という戦力は維持されるはずだが、敵も対策を講じてくる事を考えれば、安心できる要素は無い。 

 

 僕は翔空機の整備が順調に進んでいるのを確認した後、探知装置の様子を見るべく滑走路を離れようとする。

 だがその時、鳴り響く警報音。


「夜襲だ、敵の爆撃機が夜襲に来るぞ!」


 もたらされる報告に、驚愕の表情を見せる整備兵達。

 特に経験の浅い者達は、慌てふためき右往左往する。


「静まれ、敵は間もなくここに到着する。発進可能な機は急いで発進準備、そうでない機は掩体壕に収容。入りきらない分はできるだけ山麓に寄せて偽装網をかけよ。経験の浅いものは経験者に続け、急げ!」


 整備隊長の一喝に、各員はそれでもしばらくは視線を左右にさ迷わせていたが、やがて率先して動く経験者に続き動き始める。

 そうして夜戦の備えが不十分な中でも、懸命に戦闘準備を整える各員。

 

「ここは大丈夫です。バーム殿は本部に!」


 整備隊長の言葉に、僕はこの場を任せても大丈夫と判断し頷くと、本部に急ぐのだった。

 



「敵機の現在位置は!?」 


 僕が防空本部に到着するのと、将校の焦りに満ちた言葉が響き渡るのは同時だった。


「探知装置によれば現在、方位0時50分、距離70キロ、高度4000。肉眼ではまだ確認できていません、敵の数もまだ正確には――」


 無線員の報告に、


「まずいぞ、こちらは魔道探照灯を含め夜戦の備えが薄い。いくら熟練見張り員でも、この暗闇で飛行する翔空機を発見するのは簡単ではない。戦闘機搭乗員も夜間戦闘できる技量の者はかなり少ない」


 将校の一人が険しい表情を浮かべる。

 だが、


「諦めないで!」


 そこに響き渡る凛とした声。

 ティアさんだ。


「夜間という条件は敵も同じ。この暗闇で正確な爆撃は不可能よ。それにこちらにはこの暗闇を利する切り札がある」


 そう言って、視線を僕へと向けるティアさん。

 その真剣な表情に、僕はその言葉の意味を知る。

 そして僕は大きく頷きを返す。

 そんな僕の返答に、ティアさんは微笑を浮かべ、


「探知装置の補足した敵機に魔道探照灯、戦闘機、対空部隊の全戦力を集中。この暗闇で数少ない戦力を分散させてはダメ。唯一確実にこの暗闇を見通すことができる探知装置に全てをかけ、他には目もくれないよう各隊に伝達。灯火管制も急いで!」

  

 下されるティアさんの指示。

 その言葉に将校達も頷くと、即座にそれぞれの職務に従って動き始める。

 やがて夜戦も可能な技量を持つ搭乗員の駆る戦闘機十数機が邀撃に向かい、地上からの探照灯の光の筋が空を照らし、それ以外の光は隠される。

 そして各隊は暗闇に身を隠す敵機に、肉眼ではなく、無線装置を介して伝えられる探知装置の位置情報を頼りに狙いを定め、攻撃配置につく。


 

「現在敵機は10機前後の編隊2つに分かれて行動中の模様。一方は方位0時50分、距離50キロ、高度4000。もう一方は方位1時50分、距離40キロ、高度4000」


 もたらされる報告。


「丘の城とクワネガスキの二手に分かれたか」


 ゲウツニーが情報を分析し、ティアさんが頷く。

 その数秒後、地上から放たれた何本もの探照灯の光の筋が、探知装置の割り出した位置を集中的に照らし出す。


「敵機発見! 敵編隊は二手に分かれ、一方は丘の城へ、もう一方はこちらに向かってきます!」


 響き渡る見張り員の報告。

 その言葉にティアさんは頷き、


「戦闘機隊を全機、クワネガスキに向かう敵編隊に向かわせて」


 僅かの迷いも見せず即座に指示を飛ばす。

 その指示は無線を通し、戦闘機隊へ。

 それからどれだけかの時間が経過したころ、


「戦闘機隊が敵機を補足、攻撃を開始しました」


 もたらされる報告。

 さらにそのしばらく後には、丘の城の対空部隊が対空戦闘を開始する。

 夜の暗闇を裂く、対空攻撃の弾幕の生み出す光のシャワー。

 だがしばらくの後、猛烈な爆音と衝撃が響き渡ったかと思うと、丘の城の周辺は炎と煙に包まれる。


「丘の城との通信、途絶しました!」


 もたらされる報告に、険しい表情を浮かべる将校達。

 だがそれを気にしている間もなく、近くから響き渡る猛烈な発砲音。

 

「クワネガスキの対空部隊、攻撃を開始しました」


 響き渡る無線員の叫び。

 放たれた砲弾は探照灯の光の筋の先に浮かび上がった影の付近で連続して炸裂、程なく暗闇に赤い炎が浮かび上がったかと思うと、炎は地上へと落ちていく。


「敵機撃墜、敵機撃墜!」


 見張り員の報告に、小さな歓声を上げる将校達。

 さらに魔道士隊と弓隊が攻撃を開始し、夜空を光のシャワーが照らし出す。

 これで敵機も容易には攻撃できないだろう。

 僕の脳裏をそんな思いがよぎるのと、翔空機から落とされた爆弾の生み出す甲高い音が頭上から響き渡るのは同時だった。


「皆伏せて!」


 ティアさんの叫びに、僕は反射的に頭を両腕でかばいつつその場にしゃがみ込む。

 果たして一瞬の後、響き渡る鼓膜が破れんばかりの爆音、それと同時身を襲う、猛烈な爆風と衝撃に、僕は地面を転がった末、地面にうつ伏せとなる。

 どうやら近くで爆弾が爆発したらしい。

 だが幸いにも体を襲う痛みはさほどではない。

 周りの状況はどうなっている?

 僕は慌てて目蓋を開きつつ立ち上がり、辺りを見回す。

 爆風によってか本部は、人員、物品を問わず全てがなぎ倒されていた。

 だが幸いにも人的被害は少ないようで、人員は程なく、揃って立ち上がる。

 

「みんな無事?」


 ティアさんの言葉に、程なく全員が何らかの肯定的な返答を返す。

 そこに飛び込んでくる伝令。


「報告。丘の城及び、クワネガスキ城内の各所に爆弾が着弾。丘の城に関しては探知装置及び探照灯付近に攻撃が集中、至近弾により探知装置と無線装置が損傷しました。本城に関しましては目下被害状況を確認中、しかし探知装置と予備の指揮所は健在。また少数の敵機が現在港に向かっていま――」


 その言葉を言い終わらないうち、港のある方角から鳴り響く爆音。

 だが爆音は数回で止み、以降は対空部隊の発砲音だけが辺りに鳴り響く。

 

「港の方角からの爆音が少ない。ということは敵の主な狙いは探知装置だったようね。魔力反応を逆探知しての攻撃だったのでしょうけど、この暗闇で逆探知だけが頼りでは正確な攻撃は不可能よ」


 そう爆風でメチャクチャにされた本部にあって強気のティアさん。

 一方のゲウツニーは、


「本部要員は急ぎ予備指揮所に移動。被害状況の取りまとめ急げ」 


 そう冷静な表情で、終始淡々と指示を出す。

 そうして各員が動く中で、僕はティアさんに向かって口を開く、


「ティアさん、僕を丘の城に向かわせてください」


 その言葉に、そろって僕に視線を向けるティアさんとゲウツニー。


「探知装置を修理したいんです。ここの装置はまだ無事みたいですが、より前線にある丘の城の装置が復旧するに越したことはありません。それにあの装置の事は、僕が一番熟知しているつもりです」


 僕はそう、自信を持っていう。

 その言葉に、ティアさんはほとんど考えることなく即座に頷くと、


「お願いバーム。ゲウツニー、一個騎竜小隊と腕利きの魔道士数名を護衛に付けて彼を急ぎ丘の城へ」    

 そう許可を出してくれる。

 

「ありがとうございます」


 僕は言い終わるとすぐ、ゲウツニーの指示に従って動き始める。

 次の敵襲はいつか分からない。

 運が悪ければ次の一瞬にも命を落とすことになるかもしれない。

 そんな状況下を、僕は眠い目をこすり、今自分にできる精一杯を尽くすことだけを考えて、修理という自分の戦場に向かって駆け出すのだった。


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