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第68話 開戦

 クワネガスキ城下の至る所にて、整備兵、魔法道具工員の緊急募集が始まったのは、軍議の日の昼過ぎの事だった。

 魔法道具を弄った経験のある者ならば、女性も含め、誰でも可。

 報酬は一般の魔法道具職人の平均所得をはるかに上回り、一般兵の数倍という破格のもの。

 さらに早期の応募や仕事の成果によって、追加報酬まで支払われる。

 加えて同時刻、クワネガスキ城所属の全魔法道具工員、整備兵、さらに一般兵の中から少しでも魔法道具を弄った経験のある者達に、ティア総帥の命で緊急召集がかけられる。

 僕には大まかな知識と構想はあれど、実践経験や専門知識では大きく劣るし、一人でできる事には限界がある。

 それを補うため、ティアさんにワガママを聞いてもらったのだ。

 そしてもう一つ、人員だけでは解決できない問題への対策を、僕は打つ。

 それは武器に限らず、日用雑貨を含めたあらゆる魔法道具を、相場の3~5倍の値段で買い入れるというもの。

 当然出費は膨大だが、ティアさんは迷いなく許可してくれた。

 だからこそ、僕はその期待に応えなければならない。

 

 


 集められた職人達が一同に会したのは、その日の夜の事だった。

 決戦を目前に控え、それぞれにやるべきことを抱えた状態で、突然理由も告げられず召集された彼ら。

 当然戸惑い、ある者は怒りを隠さず、召集された理由をそれぞれに予想して、囁き合う。

 

「ティアさん、お願いします」 


 集められた彼らから見えない所で僕が言うと、ティアさんは頷きながらも、


「大丈夫、この場は私に任せて。でもあなたはいずれ彼ら全員、それどころか、本国の者達を含めた何百、何千という魔物達を率いる立場になる。その事を忘れないで。心配いらない、あなたにはすでに、敵の大軍を退けた、あの丘の城を築いた実績がある。もっと自信と誇りを持ちなさい」


 そう言って、僕の肩を叩く。

 僕は帝国軍に入って間もない新参者。

 それも完全なオークではなく、半分は人間の血が混じっている。

 そう簡単に認めてもらえるはずがない。

 だがティアさんの言葉に、心の底から湧き上がる暖かい何か。

 きっと居場所を手に入れて見せる。

 決意を胸に、僕はティアさんに、大きく頷きを返す。

 ティアさんはそれを見、微笑を浮かべると、いよいよ集まった彼らの前へと歩を進める。

 そして僕もまた、その背中に付き従うように、地面を蹴る。


 帝国軍総帥ティアさん自身の登場。

 集まった者達は最初、その事実に気づく事ができず、ただ怪訝な表情を向ける。

 だが数秒の内、集まって者の一人がその正体に気付き、


――そ、総帥だ。総帥自らのお出ましだぞ。皆、ひざまずけ!


 そう声を上げ、誰に命令されるでもなくひざまずく。

 その様子を見、他の者達もまた戸惑いを見せながらも徐々に状況を察し、やがて全員が最初の一人に従ってひざまずく。

 ティアさんはそんな彼らを見、時間が惜しいとばかり口を開く。


「皆それぞれ職務がある中、よく集まってくれました。本来であれば労をねぎらいたい所ですが、知ってのとおり、敵の大軍が目前に迫っています。これに勝利するためには皆の協力が必要です。これから私が話すことは一切口外厳禁、万が一にも破られるようなことがあれば、厳罰となります。それだけ重要な任務、いや、この戦の勝敗の全てが、皆の働きにかかっていると言っても過言ではありません。皆、私に力を貸してください」


 そう言って、ティアさんは総帥という肩書などまるで気にせず、皆の前にひざまずいて首を垂れる。

 そんなティアさんを見、僕もまた慌てて従い、ひざまずく。  

 慌てたのは僕だけではなかった。 


――そ、総帥、お顔をお上げください。

 

 そう言って、集まったの者達は頭を一層低くする。

 だがティアさんはそんな彼らのうちの一人の手を握り、


「いいえ、この戦に勝利をもたらすのは、私ではなくあなた達。さあ御立ちになって。共に、戦いましょう」


 そう言って手を引き、その人を立たせる。

 そしてひざまずいたまま戸惑う他の者達にも視線を送り、


「さあ皆も立って、一緒に!」

 

 底ぬけた明るい声と笑顔で、そう促す。

 そんなティアさんを見、他の者達も最初は隣同士顔を見合わせていたものの、一人、また一人、やがて全員が立ち上がる。

 さすがティアさん、一瞬にしてこの場の全員の心を掴んだ。

 そうひざまずいたまま感心していると、ティアさんは今度は僕に視線を向ける。


「何をしているのバーム? さあ、あなたも立って」


 そう言って、笑顔と共に手を差し伸べてくれるティアさん。

 そんな彼女の手は、明るい声や笑顔と裏腹に、見ていて不安になる程白く、細く、傷だらけ。

 彼女も無理をしている、守らなければならない。  

 思いと共に、僕はその手を握り返し、しかしあくまで自分の意志で立ちあがる。

 そうしてこの場の全員が立ち上がったのを確認して、ティアさんは、


「力を合わせ、大切なものを守り抜きましょう」


 そう言って、手にしていた杖を高く掲げる。

 それに合わせ僕も含め、集っていた全員が雄たけびを上げる。

 いまだ任務の具体的内容には一言も触れられていない。

 だがこれで全員が一丸となって任務にあたってくれるだろう。


 今の僕の立場はあくまで、客分のアドバイザー。

 丘の城の築城の実績があるとはいえ、兵にまで十分認められているとは言い難い。

 加えて僕はこれまでほとんど一人で仕事をしてきたため、組織のトップとして部下を率い、統率する経験と能力を全く持っていない。

 だが今回の作戦は、僕一人の力では絶対に成り立たないもの。

 だからこそ、命令はあくまでティアさんから下される必要があったのだ。

 僕からの命令には従ってくれないかもしれないが、ティアさんの命令なら。

 そう思っていると、やがて中の一人が、


「それで総帥様、我々は具体的には何をすればよいのでしょう?」


 そうティアさんに尋ねる。

 その言葉に、ティアさんはようやく、作戦の内容を説明し始める。

 この決戦の勝敗を決める作戦の。




 やがてティアさんは作戦の概要の説明を終える。

 そして話の最後、僕の存在を全員の前で示し、


「以上が作戦の概要となります。そしてこの作戦の実行に当たり、最大の知識を有しているのはこのバームです。彼は先の丘の戦の際にも、築城その他にてその手腕をいかんなく発揮してくれました。この作戦の内容に関する限り、その知識は私の遠く及ぶ所ではありません。以降、彼の言う事は私の言う事と思い、作戦指導も含め、彼に従ってください。質疑応答も彼に、必ず満足な回答を返してくれるでしょう」


 そう付け加える。

 その言葉に、この場にいる全員の視線が僕に集まる。

 全員が僕の力量を計っている。

 力量を示すことができなければ、信頼を得ることはできない。

 そう思っていると、中の一人が、


「ではバーム殿、早速ですが作戦について、2、3、伺いたいことが」


 そう冷たい表情、鋭い瞳で尋ねてくる。


「はっ、はい」


 とっさに応える僕。

 だが緊張のあまり、その声は裏返ってしまう。

 そんな僕の、上に立つ者らしからぬ動揺を見、集まった者達は互いに顔を見合わせ、何事か囁き合う。

 瞬間湧き上がる、気持ち悪い熱さ、にじみ出る冷や汗。

 しっかりしなければ。

 そう思い、続けて口を開こうとしたその時、誰かが軽く肩を叩く。

 驚きつつ隣を見れば、そこには微笑を浮かべたティアさんの姿。


――深呼吸。

 

 音を発さず、口の動きだけで告げる彼女。

 僕はそれを見、一度開きかけた口を再び閉じる。

 今は落ち着かなければ。

 そう、僕は皆の視線があるのを承知の上で、一度大きく息を吸って、吐く。

 まだ十分落ち着けたわけではない。

 だがその事実を客観的に認識し、周りが見えるようになっただけでも、ずいぶん違うように感じた。

 一朝一夕で出来るようになるわけがない。

 だからこそ、時間をかけても、丁寧にやろう。

 僕はそう考えながら、


「――すいません、質問とはなんでしょう」 


 わざとゆっくりした口調で、尋ね返した。




 それからしばらく、投げかけられた質問の数々に、僕はわざと時間をかけ、時には少し時間をもらいながら、一つ一つ答えを返した。

 言葉が詰まることも、逆に早口になることも何度もあったが、その度深呼吸をしたり、ティアさんに助けてもらいながら、なんとか質問の全てに答えを返した。

 やがて質問が無くなる頃、集まった者達の表情は、ひとまず悪くないものへと変化していたように感じた。


「他に質問がある方はいませんか?」


 最後に僕が尋ねると、中で最も階級が高そうな者が前に進み出、


「いえ今は、そして今後ともよろしくお願いしますぞ。バーム殿」


 その言葉と共に、手を差し出してくる。

 僕と同じマメだらけの、職人の手。

 それを見、僕はどこか安心感を覚えつつ、手を握り返す。

 顔を見ればそこに浮かぶのは、期待と共に、僕を試すような表情。

 必ず認めてもらう、認めさせてみせる。

 仲間でありライバルでもある彼らを前に、僕は心に誓う。

 光神国軍だけでなく、帝国軍の職人達をも相手取った決戦の火ぶたが、ここに斬って落とされたのだった。 

申し訳ありません、体調を崩してしまい69話を2月11日までに更新する事が難しくなってしまいました。体調回復次第更新させていただきます。今後ともよろしくお願いします。

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