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第55話 死の化身

「てっ、鉄砲隊。はっ、放て、放てぇ!」


 草原に響き渡る、光神国軍将校の号令。

 直後、帝国軍に向けられた光神国軍の銃口が一斉に火を噴き、小さな雷鳴のごとき銃声が丘の麓を包み込む。

 火薬の爆圧により筒から吐き出された鉛玉は、超高速で空気を切り裂き、百四、五十メートルという距離を瞬く間に駆け抜け、そこにいた弓を持つゴブリンの敵兵を、身に着けていた皮の鎧ごと穿つ。

 そうして数十の敵兵が地面に倒れ込むのを見、しかし光神国軍の指揮官は頬を赤く染め、


「馬鹿者、撃つのが早すぎだ!」


 迫る敵軍を目の前にしながら、周囲をはばからず激昂する。

 鉄砲を狙って人間大の目標に命中させることができる距離は五十メートル程まで。

 百メートル近辺でも当たれば十分な殺傷力を発揮するが、命中精度や鎧の防御力を考慮するなら、なるべく敵をひきつけて使用するのが望ましい。

 だが迫る敵軍の威圧感を前に、将校は十分敵を引きつける前に発砲の号令をかけてしまった。

 鉄砲の最大の弱点は弾込めにかかる時間。

 十分に敵を引きつけないうちに射撃することは、敵に十分な損害を与えられないことだけでなく、弾込めという鉄砲最大の隙であり弱点を敵にさらすことにもつながってしまう。

 果たして帝国軍は鉄砲による損害をものともせずさらに前進してくる。


「ゆっ、弓隊放て。鉄砲の弾込めの時間を稼げ!」


 続いて放たれる光神国軍将校の指示。

 それに従い鉄砲兵と組になった弓兵が射撃を開始する。

 鉄砲の弾込めの時間を速射性で勝る弓で稼ごうというのだ。

 果たして数秒の内、光神国軍弓兵が射撃を開始し、その放つ矢が、盾を持たない帝国兵を次々と射抜き、打倒す。

 だがそうして味方が次々と打倒されても、帝国兵は損害をものともせず、さらに前進を続ける。 

 

 これが士気の低い光神国軍の部隊や兵士なら、命令を拒否して前進することも出来なかったかもしれない。

 だが大陸の端まで追い詰められた彼ら帝国の魔物達に逃げ場はなく、敗北は自分は勿論、大切な仲間や家族の死にまで直結してしまう。

 化け物は兵も民も、女子供も関係なく皆殺し。

 そんな人間達の残虐な所業を実際に目の当たりにしてきた帝国兵は、その事を嫌というほど思い知らされている。

 窮鼠猫をかむ。

 文字通りの死兵と化した帝国兵は、降り注ぐ矢という死の雨の中を、敵の正面こそ唯一の活路と定め、ひたすらに突き進むのだ。

 

 そうして帝国軍は光神国軍まで距離七十メートル程という所まで接近すると、そこでようやく進軍を停止させる。

 そして将校の指示のもと弓を構えると、号令一下、遂に射撃を開始する。

 放たれる無数の矢。

 光神国軍のそれが小雨だとするなら、帝国軍のそれはまさに死の嵐となって、蒼い空を埋め尽くす。

 そうして自身の目前に迫る死を前に、光神国兵の脳裏をかすめる思い。


 死にたくない。

 

 果たして数秒の内、直前まで武器を構えていた光神国兵達は慌てて大盾の裏に身を隠し、魔道士は将校の指示を待たずに障壁を展開する。

 そこに降り注ぐ矢の嵐。

 次の瞬間、光神国兵の構える大盾と、その周辺の地面、さらに盾の影に隠れ切れていなかった光神国兵に次々と突き刺さる矢。

 魔道士の展開した障壁は矢を次々と弾くが、その猛烈な数を前に防御で手いっぱいとなる。

 一方の帝国軍は、光神国兵がひるみ、盾の内に籠りっきりになるのを見、手を休めず次々と切れ間なく矢を放たせる。

 これは速射出来ない鉄砲に対し、速射性に優れる弓の特性を生かし、矢を切れ間なく放って敵の動きを封じ込める、指矢懸さしやがかりと呼ばれる戦法だ。

 これに対し光神国兵もまた盾の影から反撃を試みようとする。

 だがわずかでも盾の影から身を乗り出すだけでも射止められそうになるほどの矢の嵐を前に、光神国兵は思うように反撃することができない。

 帝国軍のゴブリンの弓兵の高い練度と、その用いる小型ながら優れた合成弓は、それほどの速射性を発揮するのだ。


 そうして帝国軍は光神国兵を盾の内に釘付けとしつつ、さらにじわじわと間合いを詰める。 

 一方接近戦用の武器を持たない光神国軍は、逆に後退して間合いを保とうとする。

 だが突き刺さった無数の矢で重みを増した盾を掲げ、矢の雨の中を盾の内にこもったままという窮屈な体勢では、後退は容易に進まず逆にその間合いは詰まっていく。 

 そうして両軍の間合いがさらに詰まれば、続いて帝国軍の投石兵が攻撃に加わる。

 ひも状の投石具を用い放たれる石つぶては、原始的ながら高い威力を発揮する。

 さらに距離が縮まったことで、弓の弾道は弧を描くようなものからだんだんと低く水平に近づいていく。

 これに投石による弧を描く攻撃が加わり、上方と水平、二方向から攻撃が飛び来るようになれば、いかに 大盾といえども全ての攻撃を捌く事は出来ず、光神国軍の陣列は徐々に崩れていく。

 

 そうして両軍の間合いが五十メートル以下にまで詰まった時、帝国軍から放たれる号令。

 

「機は今だ、槍隊前へ!」

 

 指揮官の叫びと共に、鳴り響く太鼓の合図。

 直後、帝国軍の先頭に展開していた弓隊が攻撃をやめ、二手に分かれて中央に道を作る。

 その道を通り、弓隊の後方に並んでいた長槍隊が槍を水平に隙間なく並べ、一気に前進を開始する。

 

「てっ、鉄砲隊、放てぇ!」


 再度かけられる光神国軍の号令。

 だが五十メートル以下にまで詰まった間合いからの突撃を前に、鉄砲の発砲を優先しては逃げ遅れてしまう。

 光神国軍の槍隊は彼らのはるか後方にあり、追いつかれることはそのまま彼らの死を意味するのだ。

 何より目前に迫る敵の大軍勢と、死の恐怖。


――しっ、死にたくねぇ。

――逃げろぉ。


 全ては命あっての物種。

 光神国兵は口々に叫び、半数は発砲することなく、残りも明らかに怖気づき、腰砕けとなりながら、狙いの定まらない様子で引き金を引く。

 それでも近距離から放たれた鉄砲の斉射は、どれだけかの帝国兵を打倒すが、今の帝国軍はその程度の損害で止まりはしない。

 そうして鉄砲による損害をものともせず突進を続ける帝国軍槍隊を前に、光神国兵は一人、また一人と武器を投げ捨て、逃走を始める。

  

「敵前逃亡は死罪。斬り捨てよ」

 

 光神国指揮官が言い放ち、将校たちは味方に刃を向け、兵の逃走を阻止しようとする。

 だが直ぐ背後に迫る帝国軍の、ずらりと隙間なく並んだ槍を目にして、光神国兵は将校達に向かっていってでも逃走を優先する。

 こうして統率を失った光神国軍の陣列は崩壊し、兵はわれ先にと後方の陣列に向かう。

 一方の帝国軍槍隊は、逃げ遅れた、あるいは死を覚悟してなお抵抗しようとする光神国兵の勇士を呑みこみ、なお速度を緩めることなく突進を続ける。

 さらに二手に分かれて道を譲った帝国軍弓隊も側面から矢を射掛け、逃げる光神国兵を容赦なく射倒す。

 一旦このような状況に陥ってしまえば、光神国軍にとって切り札というべき魔道士にもできることは少ない。

 やむなく、魔道士は個々の判断で風に流されない特殊な煙幕を張り、視界を閉ざして飛び道具を妨害しつつ撤退を計る。

 

 逃走を始めた光神国兵の逃げる先は、後方に展開している光神国軍の第二の陣列の正面。

 自分たちのいる方向に向かって真っすぐ逃げてくる味方と、それを追い迫る敵軍を見、光神国軍将校は表情をゆがめ、


「指揮官、射線上に味方兵が。このまま発砲しては同士討ちは避けられませんが、いかがしましょう?」

 

 そう上官に問いかける。

 味方射兵隊の正面に向かって退却することは、その射線を塞ぎ、攻撃を妨害する事につながってしまう。

 そのため本来は味方正面方向でなく、両側面方向に分かれて退却する事となっている。

 だが今回の場合、その両側面方向に帝国軍の弓隊が展開、矢雨を降らせたため、逃げ場を失った光神国兵は正面方向へと追い立てられてしまったのだ。


「馬鹿め、味方射兵隊の正面に逃げてくる奴があるか」

 

 光神国軍第二の陣列を指揮する指揮官は唇をかみしめ呟き、しかし即刻決断する。


「やむをえん。鉄砲、弓兵は敵を八十メートルまで引きつけた後、一斉射。その際射線上に味方が残っていようとかまうことなく発砲せよ。でなければ、味方全軍が崩壊する。一斉射を終えた後は、全軍その場に止まることなく、速やかに撤退する。魔道士は煙幕を展開、これを援護せよ」


 指揮官が指示を飛ばし、それを聞いた光神国兵は冷たい汗をかき、それぞれにつばを飲み込む。

 非情な決断、だが自分の命と天秤にかけた時、各兵はその銃口を迫る敵と味方に向ける。

 だがそれほどの決断を容易に飲み込んでしまいかねないほどの、圧倒的に巨大な死の化身ともいうべき化け物が、彼らの目前に迫っていた。

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