第53話 果断
突如巻き起こる黄金の爆発。
視界を包む、目を抑えずにはいられない程の閃光。
鳴り響く、落雷と金属が砕けるのを合わせたような轟音。
直後、足元から伝わる振動、次いで肌を撫でる、焼けるような熱を帯びた突風。
目を閉じている場合じゃない、状況を見定めなければ。
僕はそう、一度目を覆った手をおろし、目蓋を開く。
視界に映し出される、舞い上がった塵にかすんだ世界。
その一拍の後、空から細長い何かが煌めきを放ちつつ、ゆっくり回転しながら落ちてきて、鈍い音と共に砂の地面に突き刺さる。
そこにあったのは、穂先に傷一つ付いていないブルゴスとガウギヌスの槍。
一方僕たちの槍は、敵の槍を弾き飛ばしたのちにもその軌道を全く逸らすことなく、真っ直ぐガウギヌスへと向かう。
そんな情景を、丸く見開いた目で呆然と眺めるブルゴス。
これからが本番かと思われた槍同士の激突は、しかし周りの多くの者達の予想に反し、僕たちの槍の勝利という形で、唐突に終わりを告げたのだ。
ブルゴスの鍛えた槍は、確かに前回の聖剣と比べ、材料や強度の面で確実に強化がなされていた。
元々聖剣の時点で引き出されていた、他を寄せ付けない圧倒的性能。
それがさらに強化され、さらに唯一の弱点である強度までもが改善されたのだ。
普通に考えれば、付け入る隙など存在しないと思われる事だろう。
だがその実、ブルゴスの槍は、一つの矛盾を抱えていた。
僕の鍛える武器は、装備する者を支え、その実力を極限まで引出すことを重視した、従の武器。
武器そのものに大きな特色や特性はあまりなく、装備する者によって色を変え特色を映しだす鏡であり、装備する者の体の一部となる事を目指した武器だ。
一方のブルゴスの鍛える武器は、装備する者を従える、主の武器。
武器そのものが大きな力と特色を持ち、装備する者を従え、武器の一部にする武器。
使いこなせるものなら使いこなして見せろ。
そんな圧倒的力と誇り、プライドと傲慢さを併せ持つ武器だ。
どちらの武器が正しいということはない。
どちらも正しく、互いに長所と短所がある。
単に性能を引き出すための過程と理論に違いがあるだけなのだ。
そして装備する者の力量に関しても、問題はなかった。
僕の槍はエイミーの力を、ほぼ完全に引き出していたし、ガウギヌスは決して扱いやすいとは言えないブルゴスの槍を、単に従うのではなく自分の色もだし、よく使いこなしていた。
問題はその武器を鍛えたブルゴスの性格と武器の性能を引き出すための理論に対し、目指した武器の方向性が乖離していた事にある。
ブルゴスの鍛える武器の特色は、大きく3つ。
一つは、高価かつ希少で優れたものである一方、主張や癖が強く、一種類でも容易に扱いこなせないような素材を複数組み合わせている点。
一つは、卓越した技術により一切の無駄を省き、最高の性能を引き出している点。
一つは、全体に彫られた複雑かつ精緻な紋様により、主張の激しい素材のバランスを薄皮一枚で調和させている点。
これら三つの特色は、どれか一つがわずかに欠けるだけで、全てが容易に破たんしてしまうもの。
一切の妥協を許さず、三つの特色全てを揃え、最大まで引き出す。
ほんのわずかなミスや妥協で全てが台無しになってしまう、そんな極限に挑む勇気とプライド、何より長年積み重ねた努力が醸成した実力が、あの聖剣を鍛え上げたのだ。
だがそんな自慢の聖剣を、圧し折った槍が現れた。
聖剣が失敗作だった、などということはありえない。
最高の素材に最高の技術、極限まで性能を引き出された、究極の武器。
それを圧し折った槍に打ち勝てる武器を鍛えようとしたとき、最大の問題となったのは、やはり性能と強度の関係であろう。
聖剣はその性能を引き出すための一切無駄のない造りゆえに、衝撃を吸収しきれず、破たんした。
武器が破壊されるのを防ぐには、この問題を改善し、強度を上げる必要がある。
そのため、彼女は前回より優秀な素材を用い、武器全体にある程度余裕を持たせ、紋様はやや控えめな、防御や衝撃の吸収に重点を置いたものにした。
だが何かを得ようとすれば、何かが犠牲になる。
前回より優秀な素材は、同時に主張や癖が強く、扱いにもの。
また武器全体に余裕を持たせた結果、無駄を省くということができず、性能面をある程度犠牲にせざるを得なかった。
さらに防御や衝撃の吸収に重点を置いたやや控えめな紋様では、主張の激しい素材のバランスを調和させるのは難しい。
つまり前回の聖剣では揃っていた3つの特色のバランスが、今回は崩れてしまっていたのだ。
しかし例えそうだったとしても、そこにブルゴスの確固たる自信と誇り、プライドと実力が揃っていたならば、そう容易に敗れることは無かっただろう。
だが彼女はその性格と誇りゆえに、それまでの理論を曲げ、強度をとることに、わずかだが迷いを持ち込んでしまった。
そうして鍛え上げられた槍は強度の点では聖剣を上回ったものの、性能、特に攻撃の面ではかえって劣化を招く事となった。
その結果、槍そのものは無傷のままでありながら、ぶつかり合いでは敗れ、弾き飛ばされることとなってしまったのだ。
だが、これで戦いが終わったわけではない。
ブルゴスとガウギヌスの投槍を弾き飛ばした僕たちの槍は、その軌道を逸らさないまま放物線を軌跡を描く。
「ガウギヌス!」
それまで状況をただ呆然と眺めていたブルゴスが、僕たちの槍の向う先にいるガウギヌスを見、はっとして叫ぶ。
響き渡る、心をかきむしるかのような悲痛な声。
しかしガウギヌスは動じず、迫る僕たちの槍を見上げ、その口角を大きく吊り上げて見せる。
「心配するな、まだ勝負は着いちゃいねぇ!」
そう、絶体絶命の状況下で、ガウギヌスはむしろ楽しげに、清々しく叫ぶ。
そして左手の盾を高く掲げると、右手を添え、防御の姿勢をとる。
その直後、盾の表面に浮かび上がる、紫色の光を放つ巨大な7重の障壁。
「かの大英雄ヘクトールの盾を穿ち、その身を傷つけた事が、親父の第二の自慢だったと言ったな。じゃあ第一の自慢は何かって? それはな、かの大英雄ヘクトールの投槍を正面から受け止め、無傷で防ぎ切ったことだ。そして盾の守りに関しては、俺は親父にだって負けはしねぇ。さあこの障壁、破れるものなら破ってみせろ! アイアース・アイリススクード!」
ガウギヌスが叫び盾を掲げるのと、僕たちの槍が障壁に激突するのは同時だった。
直後、再び視界を覆う、目を覆わずにはいられない程の閃光。
衝撃が地面を揺らし、突風が周辺の空気を薙ぐ。
そして鳴り響く、巨大な鉄塊同士がぶつかり合うような、低く、くぐもった轟音。
そんな中で、僕は再度目の痛みをこらえ、目蓋を開く。
その視界に映し出される、白銀の流星と、紫の障壁の激突。
エイミーの槍には、ガウギヌスの槍を弾き飛ばした後、放物線を軌跡を描き落下した際の加速がついている。
ガウギヌスの障壁を打ち破るには、この速度と衝撃力を利用し、一気に突破するしかない。
勝負は一瞬、まさに一息。
白い光で細長い投槍の形を成した僕たちの槍は、一瞬のうちに紫の障壁を数枚まとめて押し込み、大きく変形させる。
障壁がひしゃげるにつれ、鳴り響く金属の裂けるような音。
やがて白い光の形成した針のような穂先が紫の障壁の1枚目を貫き、さらに2、3、4、5枚目と次々と障壁を破っていく。
一気に行くしかない。
「いっけぇ!」
気が付けば、僕とエイミーは全く同時に叫んでいた。
そして次の一瞬、僕たちの槍は6枚目の障壁を穿ち、7枚目に到達する。
行ける、行くしかない。
そう思うのと、その激突の中心に向け、一つの人影が駆けこんでいくのは同時。
その直後、槍が紫の障壁を一層押し込んだのち、巻き起こった白銀の閃光を伴った爆発が、僕たちの視界を覆うのだった。




