第47話 ガウギヌス
「僕の槍を持つエイミーと、ブルゴスさんの武器を装備したガウギヌスさんで一騎打ち?」
僕の言葉にブルゴスは頷く。
「うむ。貴様らの聖剣授与式では、我が聖剣を壇に突き立て、そこに貴様の槍で斬撃を加えたという。だが武器とは本来、実戦で用いられる道具。使い手の技量やその他の不確定要素の影響は否めないが、それらを考慮しても、やはり実戦で直接ぶつかりあう形でなければ、武器本来の性能は測れぬ、というのが我が持論だ。貴様はどう考える?」
ブルゴスの問いかけに、僕は即座に頷く。
確かに、武器の性能を測る方法として、聖剣授与式での方法は正しくはあっても、自然なものではない。
実戦という特殊な、様々な不確定要素の介在する環境下で性能を発揮できるか、それは実戦でしか測ることができない。
だが、
「でもそのために誰かが命を懸けて戦うことになるのなら、僕は反対だ」
そうはっきりと付け加える。
僕のその言葉に、エイミー笑顔を、ガウギヌスは驚いた表情を浮かべた後、微笑を、ブルゴスはほんの一拍の無表情の後、即座に怒りを表情に表し、歯を軋ませる。
「貴様……まだそんな……なぜこんな男の鍛えた槍に、我が剣は敗れたのだ? あぁ、あんな剣を鍛え、それで満足していた自分自身に腹が立つ!」
怒りを絞り出すようにそう言って、拳を固く握りしめ、小刻みに震わせるブルゴス。
きっとブルゴスは、戦に対する僕の甘い姿勢に対し、怒りを向けているのだろう。
あるいは武器の性能を正しく測り、正々堂々とした勝負を挑みたいという職人としての矜持か。
だがいずれにしても、僕の答えは変わらない。
「戦いなんて、しないで済むなら、それが一番に決まっているよ。たとえそれが、この世界から決して無くなる事のないものであったとしても。そして僕たちの存在こそが、その最大の原動力となっているのだとしても」
ブルゴスの怒りに負けないように、僕も強く、言い切る。
だがそんな僕の言葉に、ブルゴスはより一層強い怒りを表情に表し、
「いいや、貴様は何も分ってなどおらん。分った気になっておるだけだ。貴様がこれまでどんな人生を送ってきたかなど知らん。興味もない。だが――」
そう言いかけ、だがそこで、
「分った、分ったから、その辺にしておけ」
そうガウギヌスが僕とブルゴスの間に割って入る。
「どけっ、こやつとは話をつけねば――」
そうブルゴスはなおもおさまらないが、
「落ち着けブルゴス。今のお前は、お前の言うその甘ちゃんより、よほどお子様だ!」
ガウギヌスはブルゴスの瞳を正面から見据え、心を貫くように言い放つ。
瞬間、ブルゴスの孕んでいた怒気が瞬く間に消え、体の動きは、時が止まったかのように静止する。
見開かれるブルゴスの瞳。
ガウギヌスはその瞳を見据えたまま、わずかも視線を逸らさない。
見つめ合うこと数秒、ブルゴスは数度細かく瞬きした後、ゆっくりとその目蓋を閉じる。
そして一度長く息を吐くと、もう一度目蓋を開く。
その瞳は澄み、真っ直ぐ凛として、そこに先ほどまでの、怒りに乱れるブルゴスの姿は、もう無かった。
「すまぬ、取り乱した。だがもう大丈夫」
そう言って、ブルゴスはガウギヌスを横に退けるようにして前に出る。
「貴様の考えは分った。だが我らとて命を懸けてここまで来たのだ。それにこの戦いは我々だけのものではない」
そう言って、ブルゴスは視線をガウギヌスへと向ける。
その視線を受けて、今度はガウギヌスが、その表情を真剣なものに変化させ、口を開く。
「ああその通り。俺もまた、自分の意志でここまで来た。バーム、だったな。確かに、命を懸けて争うなんて、しなくて済むのならそれが一番だ。だがな、俺達武人というのは、そういう普通の物差しじゃ測れない生き物なんだ。いや、武人だけじゃない……か。
俺は何年も前、チキュウっていう異世界から、エイルミナを追いかけてこの世界までやってきた。最初は命令に従って、使命感に駆られて、ただそれだけだった。だがどういうめぐりあわせか、俺たちはこの世界に来て、味方同士として再会し、戦友として、共に戦うことになった」
そう言って、ガウギヌスは一度、エイミーの方に視線を向ける。
「さっきは親父たちの代からの因縁がどうとか言ったがな、今となっては親父たちのことも、元の目的も、もうどうでもいいんだ。エイルミナ・フェンテシーナ。お前はいい女だ。強くて、優しくて、真っ直ぐで。だからこそ、お前をただの人形にしていた奴が憎かった。だが本当は、エイルミナと並ぶ一騎当千の勇者、星のエイルミナに華のガウギヌス、なんて称えられながら、奴に立ち向かうことができない自分が、一番歯がゆくて、許せなかった」
その声は最初は穏やかで、だが途中からは、自分で自分の心をかきむしるかのような、悲痛なものへと変化する。
その姿は、エイミーにおんぶにだっこで、何の力にもなってあげることができず、ただ自身の無力を嘆き、呪うことしかできなかった自分の姿と重なる。
エイミーは何も言わない。
だがその一瞬浮かべた、少し苦い微笑が、全てを物語っていた。
ガウギヌスはそれを見、数拍の間の後、再びその表情に微笑を取り戻し、穏やかな声で話し始める。
「だけどお前は変わった。あの一風変わった武器を振るうようになって。忘れもしない、お前が戦場で初めて笑顔を浮かべるのを見た時の衝撃と焦燥。そして闇の帝王との決戦の直前、あの武器を失った時のお前の魂の抜けたような姿。そんなお前を見た時、心の奥底から怒りと共に湧き上がった、底意地の悪い安心感。聖剣授与式での出来事を聞いた時の、喜びをはるかに上回る敗北感。そしてコッロセオでの出来事を聞いた時、俺は叫ばずにはいられなかった」
そう言って、ガウギヌスは視線を僕の方へと戻すと、これまでで最高の笑顔を浮かべ、告げるのだ。
「完敗だよ。俺は負けたんだ。バーム、お前に」
一陣のさわやかな風が、城内を吹き抜ける。
戦場のど真ん中にいるというのに、今や心を裂くような戦場の喧騒は、確かにこの耳に届いているというのに、どこかへ遠ざかっていくように感じた。
そしてガウギヌスは、その笑顔をまた元の微笑へと戻し、続ける。
「なぜ今、エイルミナの隣にいるのが自分でなくてお前なのか、未だに妬ましくて仕方がない。だがお前は俺にできなかったことを、いくつもやってのけた。俺がただ彼女に認められようと、必死で戦場を駆け巡り、暴れまわっていた時、お前は奴の人形に過ぎなかったエイルミナの瞳に、光を灯して見せた。闇の帝王との決戦と聖剣授与式の時、俺がファルデウスの命で別戦線に移動させられ、彼女のために何もしてあげられなかったとき、お前は一度引き裂かれてもめげず、諦めず、もう一度彼女の元に駆け付けた。大決闘祭のときも、俺は結局、決闘祭に間に合うことさえできなかったというのに、お前はあのファルデウス相手に正面から立ち向かい、最後まで彼女のそばを離れず、寄り添って、支えになった。
バーム、お前は俺を、軽々と越えていったんだ。だから今日俺がここに来た第一の目的、それは俺にできなかったことを成し遂げたお前に会って、話をすることだった」
そう言って、ガウギヌスは再びの笑顔と共に、僕の瞳を正面から見据える。
目を逸らしてはいけない。
僕はその瞳を、負けじと見つめかえす。
その瞳は揺らがず、奥には赤い炎が燃え盛っていて、彼が熱く、真っ直ぐな人であることなど、直ぐに理解できた。
ガウギヌスはそんな僕を見、一層笑顔を強くして、
「やはり、思っていたのとは違ったが、お前は正真正銘本物、彼女の隣にいるのに、ふさわしい男だ」
そうさわやかに、高らかに、言ってのける。
敵ながら、なんとあっぱれな男だ。
余りに爽やかですがすがしい態度に、僕はそう、心の奥底から、彼を認めてしまう。
だが直後、彼は表情を真剣なものへと変化させると、告げるのだ。
「だが、だからこそ、俺はもう、二度と退かない。
俺がここに来た第二の目的、それはもしお前がエイルミナにふさわしい男だったとしたら、お前とエイルミナに、勝負を挑むこと。
俺は戦って、勝ちたいんだ。光輝く瞳を持つエイルミナと、その武器を鍛えた、バームという最高のコンビに。そしてかつてファルデウスの影におびえ、彼女のために何もしてあげられなかった、無力な自分に。
自分勝手なことを言っているのは分っている。だがそれでも、俺は、俺たちは――」
そう一方的に言い放ち、ガウギヌスは再び盾と槍を掲げ、臨戦態勢をとる。
僕達の意志を聞く気など微塵もない、有無を言わさぬ姿勢。
こんなことに命を懸けるなんて、間違っている。
そのはずなのに、なぜだか僕の心は、彼との勝負を受けてもいいのでは、そんな気分に包まれていた。
そしてそんなことを考えていると、僕とガウギヌスの間に、一つの人影が割って入ってくる。
「エイミー!?」
進み出た彼女の背中に、僕は叫ぶ。
だが彼女はその歩みを止めないまま、口を開く。
「ごめんなさいバーム。あなたの言う通り、こんなことに命を懸けるなんて間違っている。それは分っている。そう、私は命を懸けた戦いの中に喜びを見出す、戦闘狂と呼ばれる存在。でも……それでも私は構わない」
そう言って、エイミーはその表情に笑顔を浮かべ、言い放つのだ。
「私、戦って勝ちたいの、彼らに。そして証明したいの、私とバームのコンビこそが世界最強、天下無双だって!」
言葉と共に、エイミーは盾と槍を掲げ、再びガウギヌスと対峙する。
もはや、止めることなどできはしない。
だが戦って、もしエイミーが傷つき、万が一にも命を落とすようなことがあったらどうする?
そんな自分の声に、しかしいつもは自制を促す理性が、この時ばかり冷静に呟くのだ。
今回に限っては万が一にも、負けることなどあるはずがない、と。
数拍の後、僕は長く息を吐くと、言い放つのだ。
「分りました。この勝負、受けて立ちます。エイミー、手加減しないで。そして見せつけてやろう、僕達こそは世界最強、天下無双のコンビだって!」
城内に響き渡る僕の声。
その言葉に、ブルゴスは眉を顰め、ガウギヌスは微笑を浮かべ、エイルミナは笑顔を浮かべる。
そして今度はガウギヌスが、浮かべた微笑を笑顔へと変化させ、高らかに名乗りを上げる。
「我こそはサラミス島のアイアースの子、ガウギヌス。鍛冶の神ブルゴスと共に、勝負を挑む!」
その声は戦場の喧騒を貫くように、城内に響き渡る。
そして数拍の後、今度はエイミーが名乗りを上げる。
「我こそはトロイアのヘクトールの娘、エイルミナ・フェンテシーナ。この勝負、バームと共に、受けて立つ。いざ尋常に!」
その一瞬、地平線から差し込むまばゆい光の中で、二人は駆けだす。
それは血で血を洗う、命を懸けた、この世でもっとも醜い争い。
そのはずなのに、なぜだかこの時の二人の姿は光り輝いて、それが醜いものであるのだとしても、その全てを否定することはできないのだと、僕は感じてしまうのだった。




