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第44話 怒りと殺意

 炎と黒煙、砂煙が視界を閉ざす。


――火を消せ、水を早く!

――敵軍、逆茂木を破ります!

――救護兵はどこだ? 早くしないと――


 無数の怒号が飛び、喧騒が城内を包み込む。

 そんな中、僕は行き交う兵の合間を縫うようにして、ようやく救護所にたどり着く。

 戦闘が始まってまだ数分、しかし救護所はすでに無数のケガ人であふれていた。

 やはり先ほどの敵の飛竜部隊による火球攻撃の打撃が大きかったようで、ケガ人の多くは火傷を負っていた。

 救護兵はケガを負った味方兵を励まし、優先順位を決めて治療をしていく。

 僕は銃創を負ったそのケガ人を、ひとまず床に横たわらせる。

 ケガ人の数に対し、明らかに救護兵の数が足りていない。

 ここに止まって、救護兵の手伝いをすべきだろうか?

 僕は逡巡し、しかし数拍の後、踵を返し救護所を飛び出す。

 

 この城を設計したのは僕だ。

 そして今この城は敵の火攻めを受け、危機に立たされている。

 状況を把握し、適切に処置を下すには、僕の判断が必要なはずだ。

 自分がすべきことを見誤ってはならない。

 もっとたくさんの人を救うために。


「冷静に、状況を把握しろ……」


 味方兵の誰もが激しく動き回る中、僕は城の中央付近に立ち、周りの様子を見回し、確認する。

 この城の防火対策の泥は、あくまで麓からの攻撃に対処することを主眼に施した。

 上空を霧で覆う事で、敵の飛行部隊は積極的攻撃をためらうと予想していたからだ。

 だが現実には敵の飛竜部隊が霧を突破しての強行攻撃をしかけてきた。

 矢を防ぐため備えた屋根の多くは、泥が塗ってあったため火はさほど燃え広がっていない。

 だが泥を塗っていない城壁の裏側等では炎が燃え広がってしまっている。

 あらかじめ要所ごとに配置していた桶の水はすでに使い切られてしまっている。

 さらに兵のほとんどは敵の接近してきている北側の城壁に集まり、消火はごく少数の者が個人的に行っている状況だ。

 北西の風は未だ止んでおらず、火は風にあおられ、徐々に燃え広がってきている。


 火を消さなければ。

 だが僕個人が動いたところで、できることなどたかが知れている。

 専用の部隊を編成し、組織的に動かなければ、対処は困難だ。

 僕は部隊に指示を飛ばし続けるティアさんの元に走り、叫ぶ。

 

「城の南東と南西の城壁に火が、組織的に消化しないと手遅れになる!」


 僕の言葉に、ティアさんと、付近にいた数名の将校が視線をこちらに向ける。

 だがその時、北側の城壁の向こうから、敵軍によるものと思しき巨大な歓声が上がる。

  

「てっ、敵兵の一部が掘を突破、斜面を登り城壁に迫ります!」


 伝令の報告に、その一瞬、僕の体を戦慄が突きぬける。

 この城の防御は、そのほとんどを格子掘に頼っている。

 その堀が突破されたということは、そのまま城が危機に瀕しているということを意味していた。

 僕は慌ててティアさんに視線を向ける。

 付近にいる将校達の多くも冷静な表情を保つことができず、蒼くなってティアさんを見つめる。

 だがティアさんは冷静な表情を崩さない。


「弓隊、投石隊は立て直し完了次第反撃開始。それと予備から3個小隊をバームに付けて。彼の指示のもと、消火、修理などにあたるように。バーム、それでいい?」


 ティアさんの言葉に、僕は考えている暇もないと即座に頷く。

 その間にも幾人もの伝令が城内を走り、ティアさんの指示を部隊に伝達する。

 程なく、混乱し逃げ散っていた部隊は再結集され、ある程度の統率を取り戻し、また動き始める。

 そのわずか後、5人前後で編成された小隊3つが、僕の元にやってくる。

 

「あなた様の指示で動くよう仰せつかりました。指示を」


 部隊長らしいゴブリンが敬礼をし、僕の指示を仰いでくる。

 誰かに指示をすることなど初めてだ。

 馴れない状況に僕は気後れする。

 だが今はそんなことを気にしている場合ではない。

 一拍の内、僕はつばを飲み込むと、火が燃え広がる危険性が高いと判断した箇所を指さし、


「あそこの消火に当たって」


 そう指示を出す。

 

「はっ!」


 将校でもない僕の指示に、しかし彼らは威勢よく返事をし、城壁の消火に向かう。

 続けてもう一つの小隊にも、また別の個所の消火を命じる。

 そして最後に残った小隊を見、僕は別の箇所の消火を命じようとし、しかしそこで躊躇する。

 火のついた箇所は他にもいくつかある。

 だが直ぐに処置をしなければならないという程の状況ではない。

 ここはあえて様子を見、余裕を残しておくべきか。

 そう考えていると、小隊長と思しき者が、


「僭越ながら、消火すべき箇所がないようでしたら、味方の加勢に向かいたいのですが」


 そう申し出てくる。

 確かに、このまま兵を遊ばせておくのは無駄だ。

 だが、他に何か重大な損害が出た時のために、手元に部隊は必要だ。

 

「いや、もう少した……」


 そう、待機を命じようとするが、


「他に消火すべき箇所も無いようですので、味方の加勢に向かわせて頂きます!」


 その小隊長の威勢の良い言葉は、僕の言いかけた言葉を簡単に塗りつぶしてしまう。

 そうして去っていく小隊を、結局僕は止めることができず、小隊は戦場へと向かい、僕は一人取り残されてしまう。

 この状況で、どこか大きな損害でも出たら……

 そんな思いが脳裏をよぎったその時、


「敵軍、城壁に肉薄、鉤縄と梯子により城壁を上ってきます!」


 前線から放たれる叫びに、僕は視線を北側の城壁に向ける。

 果たして数拍の後、城壁の向い側から鉤縄がいくつか投げ込まれたかと思うと、それらは木製の城壁に深々と食い込む。

 そして程なく、いくつかの敵兵と思しき人影が城壁の上に姿を現す。

 

「城壁を登らせるな!」

 

 味方兵の叫びと共に、無数の槍が突きだされ、さらに放たれた矢までもが現れた敵兵に集中する。

 そうして最初に昇ってきた敵兵は瞬く間に打倒される。

 だが次第に現れる敵兵の数は増えていく。

 だがその頃になって、味方の弓隊、投石隊もまた体勢を整える。


「弓隊構え、放て!」


 号令一下、放たれる無数の矢。

 それらは放物線の軌跡を描き、城壁の向こう側へ、文字道理の矢の雨となり、敵軍に降り注ぐ。

 直後、城壁越しに上がる、無数の敵兵の悲鳴。

 そして次に前に出るのは投石兵。

 そのほとんどが手にするのは細長い布、あるいは紐状の投石具。

 だがその中の一部に、長い棒の先端に紐を取り付けたような、特殊な投石具を装備する者達がいた。


 スタッフスリング。

 それは昨日、僕が自作し、ティアさんに紹介した武器。

 長い棒の先端に投石具を取り付けただけのそれは、構造が簡単で、簡単に量産が可能。

 通常の投石具よりも大きく重い石を飛ばすことができるのが最大の利点だ。

 だがいかに構造が簡単とはいえ、昨日の今日で用意し、部隊に組み込んでいる辺り、ティアさんの手腕には舌を巻くほかない。

 

「投石隊、放て!」


 号令一下、今度は無数の石が投擲され、これも雨のように城壁の向こうへと降り注ぐ。

 直後、また城壁の向こうから上がる無数の敵兵の悲鳴。

 僕の武器が確実に敵に打撃を与えている。

 その一瞬、言い知れぬ高揚感が僕を包む。

 

 そんなに人を傷つけるのが楽しいか?

 

 直後、語りかけてくる自分の理性に、僕ははっと我に返る。

 そう、僕の発明や設計は、誰かを守る一方で、確実に誰かを傷つけている。

 今更何を考えているんだ? 全てわかっていたことだろう?

 いいや、分っていなかった。

 考えようとしなかっただけだ。

 僕は大量殺人の、最大の原動力となっている。

 だが人を殺すのはダメで、魔物ならいいのか?

 戦場のど真ん中で、僕は唐突に、自問自答を始める。

 だがそんな僕を置いてきぼりにして、戦況は推移していく。


「――戦場でボーっとしてちゃだめだろう?」


 背後からそんな言葉が聞こえてきたのは、丁度その時だった。

 そして次の一瞬、背後から僕の喉元へと突きつけられる刃。

 迫る敵や危険を察知するのは得意なつもりだったけど、この時は、全く何も気づく事ができなかった。


「――バーム!?」


 前線で城壁を上ってくる敵兵に刃を振るっていたエイミーが、事態に気付き叫ぶ。

 これで僕の人生は終わる。

 そう考えるような危機を、これまで僕は何度も経験してきた。

 だが今回は、そのどれとも違う事があった。


「まったく、こんな弱い甘ちゃんが『君を残して先に逝ったりはしないから』だって? ああ、思い出すだけではらわたが煮えくり返る」

 

 呟きと共に、喉元に強く押し当てられる刃。

 痛みと共に、液体が首を伝うのを感じる。

 僕一人に対する明確な怒りと殺意。

 初めて直面するそれに、僕はただ、また無力に立ち尽くすことしかできなかった。

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