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第22話 両親に捧げる一撃

 リョクさんとルイさん、ラルルとバルマが激しく激突していた頃、エイミーとライトの戦闘も激しさを増していた。

 

「弓兵、一斉射!」

 

 響き渡るライトの一声。

 それと同時、ライトが魔術の炎で形成した数十体の弓兵がエイミーに向け、一斉に炎の矢を放つ。

 だが僕がエイミーの装備に施した誘導妨害により、放たれた矢はエイミーの周辺を、狙いが定まらない様子で乱れ飛ぶ。

 そんな中をエイミーは体勢を低くとりつつ盾を前方に掲げ、逆に突進を仕掛け、矢の下をかいくぐってライトに急接近する。

 

「槍兵前へ! 弓兵抜刀!」


 接近するエイミーを見、剣を采配のように振るうライト。

 その指示の元、それまで前方に展開していた弓兵は抜刀しつつ二手に分かれて道を開け、代わりに後列に控えていた槍兵が前に出る。

 その槍兵に向け、エイミーは槍に魔術の水をまとい、臆せず挑みかかる。

 差し向けられる槍の穂先を、エイミーは盾を必要最小限の動作で振るって打ち払う。

 そうして敵の槍の穂先の内側に入り込めば、敵に抜刀する暇を与えず、魔術で水をまとった槍で炎の体を貫き、盾で当身をくらわし粉砕する。

 

 槍隊の隊列が崩壊するのを見て、ライトは炎の兵士ではエイミーを仕留めることはできないと判断。

 そこで剣を横なぎに弱く振るうと、残っていた炎の兵士が一斉に爆発を起こす。

 爆風の中、その場にしゃがみつつ全体に障壁を張り、難をしのぐエイミー。

 だが爆風が収まり、舞い上がった砂煙が視界を霞ませる世界に、ライトの姿は見えない。

 爆発の間に姿をくらませたらしい。

 位置の把握できなくなった敵を、エイミーは五感を研ぎ澄ませ、索敵する。

 だがどれほど感覚を研ぎ澄ませても、その位置を特定することができない。


――これはどうしたことか? 勇者ライト、完全に会場から姿を消してしまいました!


 実況の叫びが木霊する。

 実際問題、僕はライトの姿を、会場のどこにも捉えることができなかった。

 エイミーは動かない。

 ただその場に止まって、山のように動じず、林のように静かに、状況が動くのを待つ。

 

 その一瞬、会場に吹き込んだ一陣の風が、舞い上がった粉塵を押し流した。

 直後、エイミーは突然はっとして頭上を見上げ、盾を掲げる。

 そこに突然、頭上から人影がおちてきて、エイミーの掲げる盾に、炎をまとった剣を振り下ろす。

 直後鳴り響く金属音、舞い踊る赤い火の粉。

 体重の乗った頭上からの一撃に、エイミーは盾を横に振るって威力を受け流すよう試みるが、流しきれず体勢を崩す。

 そこでライトはさらに足を踏み込み肉薄すると、盾の表面に魔法で紫の光を放つ紋章を浮かべ、そのままエイミーに体当たりを仕掛ける。

 エイミーは後退しつつ槍を握った手に障壁を浮かべ防御の姿勢を取る。

 直後鳴り響く金属のひしゃげるような音。

 ライトの体当たりはエイミーの障壁を打ち破りその体に直撃、エイミーは体勢を崩しのけぞりつつさらに後退する。

 

「えっ、エイミー!?」

 

 今日初めて敵の攻撃をまともに受けたエイミーに、僕は驚いて叫ぶ。

 だがそれでも、エイミーは魔術による補助で姿勢を制御し、すぐさま体勢を立て直してライトの次なる攻撃に備える。

 だがその一瞬、再び姿をくらませるライト。

 

――おっと、またもや姿を消した勇者ライト。これは一体どんな魔法なのでしょうか?

――恐らく亜空間渡りを利用した疑似空間跳躍なのではと思われますが、果たして――


 亜空間渡り、それは別空間に入ることで現実世界から文字通り存在を消して移動する魔術。 

 大技の回避や、今回のように敵から行方をくらませ移動するのに用いられる。

 だがきわめて高度かつ消費の激しい魔術のため、通常は一瞬の間潜るので精一杯だ。

 地形は現実空間のそれがそのまま適用され、障害物のすり抜けなども不可能。

 また亜空間に潜ると言っても、通常は非常に浅いところのため、強力な大魔術などの場合、亜空間までも影響がおよぶ可能性はある。

 そして現実空間から亜空間が見えないように、亜空間からも現実世界を覗くことはできない。

 このため魔術を用いた特殊な手段を用いない限り、亜空間から現実世界の出来事を観測することはできない。

 本物の空間跳躍との違いは、単に別空間を移動しているだけのため、現実世界では通常どうり時間が進行していること。

 このためライトが亜空間を移動している間、エイミーは動くことができる。

 

 エイミーの装備に施した魔術妨害は、亜空間から現実世界を覗こうとするライトの魔術的観測手段に対しても有効に働くはず。

 だとすれば別空間を移動中のライトからは、少なくともエイミー周辺はぼやけてしか見えないはずだ。

 逆にエイミーからは、例え亜空間に潜っていたとしても、ライトの位置は丸わかりのはず。

 そう思って、しかしそこで気づく。

 それならばなぜ先ほど、エイミーは直前までライトの攻撃を察知することができなかったのか。

 実際に追われたことのある僕は知っている。

 エイミーの魔術的観測技術はかなりのものだ。

 つまりそれをごまかせるだけの何かをライトは持っている。


 だがその答えを僕が見つけ出せないうち、戦局が動く。

 先ほど同様その場に止まって状況が変化するのを待っていたエイミーが、突然背後を振り返る。

 そして一拍の後、そこに現れる人影。

 エイミーがライトの動きを読んだ。

 そう思った次の一瞬、エイミーは再び身を翻し、現れた人影に背中を向ける。

 そうしてエイミーが槍を向けた先に現れる新たな人影。

 エイミーは今度こそ、その人影に槍を突出し、人影は間一髪、盾でこれを打ち払う。

 二番目に現れた人影こそが、本物のライトだったのだ。


「なかなか器用ね、少し見直した」


 エイミーがそれまでの怒りに染まっていた表情を少し緩め、ライトに囁く。

 

「――逆探知を防ぐためにわざと観測系の魔術を使わなかったのに、まさか二回とも防がれるなんて。しかも二回目は囮まで使ったのに」


 対するライトは激しく息を切らし、疲労困憊の様相で答える。

 どうやらライトからすれば、あの盾の一撃は攻撃が成功した内には入らないようだ。

 それを聞いて、エイミーはさらに表情を緩めると、


「一回目のは足元に影が見えたから。二回目はタネもわれていたし、同じ手は二度は通じない。でも一回目のをそのまま繰り返さなかったのは評価できる。それにあの盾の一撃は良かった。私、あんな直撃をもらったのは久しぶりよ」


 そう言って笑みを浮かべ、それをライトに向ける。

 それを見た瞬間、それまでの疲労に満ちていたライトの表情がにわかに変化する。

 丸く見開かれた目、閉じるのを忘れ小さく開いた口、やや赤く染まった頬。

 それが誰かに心を射抜かれた者の浮かべる表情であることに、僕は直ぐに気付いた。


「――どうしたの? 隙だらけよ」 


 エイミーはそんなライトを見、しかしその胸中は全く理解していない様子で、隙だらけのライトを容赦なく盾で殴る。

 ライトはその一撃の衝撃と痛みでようやく我に返ると、剣を地面に振るい、炎の壁を生み出してエイミーの前進を止めつつ、魔術による加速で一気に後退する。

 そうして間合いをとると、剣を地面に突き刺し、赤い光を放つ巨大な魔法陣を浮かべ、呪文の詠唱を開始する。

 全力の大魔術で勝負を決めに来ているのは明らかだ。

 

 エイミーはそれを察すると、しかし追撃を試みることなく、その場でなぜだか構えを解く。

 そして槍の柄を額に押し当て、祈るように瞳を閉じると、一拍の後見開いて、快晴の空を見上げる。


「お父様、お母様、見ていてください。この一撃を、お二人に捧げます」


 そう静かに呟いて、エイミーは一度、小さく、どこか寂しげな笑みを浮かべる。

 そして槍を逆手に持ち替えると、左手をライトに、槍を握った手を掲げ、投槍の構えを取る。

 それと同時、ライトの魔法陣の上に浮かび上がる、赤い炎で形成された、頭に雄々しい角を持つ馬の聖獣、ユニコーン。


「俺の最強の一撃、受けて見ろ!」 

 

 叫びとともに振り下ろされる剣。

 それと同時、全身に猛烈な炎の竜巻をまとい、けたたましいいななきを上げ棹立ちとなった後、角をエイミーに向け全力で駆けだすユニコーン。

 炎をまとった蹄が地面を蹴りたて、砂煙と火の粉が宙を舞う。

 そうしてしばらく地面を疾駆して加速したのち、ユニコーンは後ろ足で地面を蹴りあげ宙に飛び上がり、頭上から一気にエイミーに襲い掛かる。 


 エイミーは頭上から迫るその巨体を見上げ、敵ながらあっぱれとばかり口の両端をわずかに吊り上げ、満足げな表情を浮かべる。

 そして一拍の後目を細め、雄々しく迫るユニコーンの瞳を、しかしこちらも負けずに鋭くにらみ返す。


「父から授かりしこの一撃、私に放たせたことを誇りに思いなさい」


 そう呟いて、槍を握る指にわずかに力を籠め、強くしめると、槍に魔力を集中し、その穂先に白い光をまとわせる。

 そうして息を大きく吸い込むと、獣のような雄たけびと共に、その槍を解き放つのだ。


「穿て、ヘクトール・メテオーラ!」


 その一声と共に、白い光をまとい放たれる一撃。

 それは目前に迫っていたユニコーンのまとっていた炎の竜巻を切り裂き、その体を穿ち、瞬く間に爆散させる。

 さらにその体を貫いた後も勢いが衰えることはなく、放物線の軌跡を描いた後、青白い尾を引いて真っ直ぐライトに向かう。

 対するライトは盾を掲げると、その表面に再び巨大な魔法陣を浮かびあがらせる。


「立ちはだかれ、神世の大胸壁、ラグナ・ルークマ!」


 叫びと共に浮かび上がる、紫の光で構築された巨大な城壁。

 次の一瞬、ぶつかり合う胸壁と流星。

 放たれる白と紫の猛烈な閃光。

 大地が裂けるような轟音と衝撃が会場を襲い、観客が小さな悲鳴と共に頭を下げ、必死に身をかばう。

 城壁と流星は互いに譲ることなく真っ向から激しくせめぎ合い、ぶつかり合う一点から巻き起こった稲妻が辺りを駆ける。

 互角の攻防は数秒の間続いた。

 だが時間がたつにつれ、徐々に戦況が傾いていく。

 流星の穂先が城壁に食い込み、そこから四方へと亀裂が走り、広がっていく。

 やがて亀裂が全体に広がり、表面が少しづつ崩れ出したと思った次の一瞬、流星のぶつかった一点で城壁が一気に爆散する。

 

 砕けた城壁の破片が宙を乱れ飛び、地面に落ちる前に粒子となって崩れ、宙を舞う。

 城壁を貫いたエイミーの槍がライトの髪を撫で、その後方の地面に突き刺さる。

 もちろん外れたのではない、外したのだ。

 爆散した城壁の先に、ライトはエイミーの姿を見る。

 敵ながら見事な戦いぶりだった。

 そんな思いが見える満足げなエイミーのその表情を見、ライトもまたわずかに微笑みを浮かべる。

 そして審判に降参を告げることもできず、魔力切れでその場に倒れ込む。


「ありがとう、お父様、お母様」


 会場を包み込む大歓声の中、エイミーは呟いて、再び快晴の空を見上げる。

 姿を一度も見たことのない、しかし確かにその心の中にいる両親に思いをはせて。


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