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第12話 女性

「大決闘祭に私も出場しろ、ということですか?」 


 金髪の女騎士の口から伝えられた父、ファルデウスの命令に、エイルミナは怪訝な表情を浮かべる。


「はい。ファルデウス様は一度チャンスをお与えになるということです。大決闘祭は本来、あなた様の結婚相手を決めるためのものでした。しかし、闇の帝王の脱獄騒ぎもあり、状況が変わりました。もしあなた様が大決闘祭に出場し、そのバームという者の鍛えた武器を用い優勝することができたなら、その者をあなた様専属の武器職人とすることを認め、さらに結婚の話も無かったことにしてもよい、とのことです」


 騎士はそう、感情を読み取らせない作られた無表情で告げる。

 願っても無い話だ。

 というより、その内容はそのまま、自分から父に願い出ようとしていたもの。

 

 闇の帝国との決戦で十分な活躍を示すことができなかったエイルミナ。

 娘の不振とそれに伴う不評、それは父の名声にも少なからず影響を与えた。

 このまま結婚し前線を離れたとなれば、その名声には傷が付いたままということになる。

 加えて今回の闇の帝王の脱獄騒ぎ。

 無双の勇者たるエイルミナを、現場の状況を鑑みず、結婚という形とはいえ前線から退けたとなれば、国家の一大事にも関わらずファルデウスは非協力的とみなされかねない。

 

 そのしてこの大決闘祭に出場する者達は、いずれも古今東西から集められた一騎当千の兵だ。

 もしこの者達を破り優勝することができたなら、エイルミナの無双の勇者としての名声は回復するどころか一層高まる。

 娘の名声が高まれば、ファルデウスの名声も同時に高まる。

 加えてまだ誰とも結婚する気のないエイルミナとしては、優勝者と結婚させる、という話もぼかすことができ、一石二鳥。

 さらにその優勝がバームの鍛えた武器によって成し遂げられたとなれば、エイルミナ専属の武器職人としてふさわしい腕前を持っていることを認めさせることもでき一石三鳥。

 あとは優勝という結果を手土産に、バームの事を専属の武器職人として正式に認めてもらう。

 

 そう考えていた計画が、そのまま父、ファルデウスの方から持ちかけられた。

 すべて計画通り。

 だが逆にうまく行きすぎているようで、エイルミナにはそれが不気味に思われる。

 父ファルデウスは聡明で、冷静で、冷徹だ。

 単に神としての権威を振りかざしているだけの連中とはわけが違う。

 大いなる光の神に次ぐ、この超大国の実質的ナンバー2、正真正銘の実力派だ。

 そう話がうまく行くとは思えない。


「父上の命とあればもちろん、喜んで従います。しかし……私自身がこう申し上げるのもどうかとは思いますが、娘のわがままに対し、今回の父上のご差配は寛大すぎるように思われますが……」


 そう漏らすエイルミナに、騎士はその無表情を保ったまま、


「お父上、ファルデウス様は厳格なお方ですが、同時に柔軟かつ合理的な考え方をもお持ちです。この大決闘祭でその実力を示し、名声を高める事が出来るなら、今回の一件を帳消しにしても余りあるとお考えなのでしょう。

 とはいえ、それを簡単なこととはお考えにならない方がよろしいかと。もともと大決闘祭は一対一の形式で行われる予定でしたところ、ファルデウス様のご差配により、三対三のチーム戦形式に変更されることとなりました。他の出場者は普段、複数人でペアを組み行動している者達ですから、この対戦形式の変更も大きな問題とはならないでしょう。

 お伝えするのを忘れておりましたが、これまであなた様と行動を共にしていたルイーゼ様には、別戦線への異動命令が下されました。彼女は少なくとも明日中にはここを出立する事となるはずです。となればあなた様は、一騎当千の他の出場者を相手にできるペアを、一週間以内に二人見つけなければならない。一人での出場も認められてはいますが、その場合一対三の戦いを強いられることとなります」


 そう冷たい声音で、淡々と告げる。

 なるほど、条件としては確かに厳しいと言えるだろう。

 だがわずかでも可能性があるというだけで、エイルミナにとっては喜ばしい事。

 なにより、今はバームがそばにいる。

 ならば決して負けはしない。 


「分りました。必ず良い結果をお持ちしますと父上にお伝えください」


 エイルミナは自信を持って騎士に告げ、きびすを返すのだった。





「エイルミナ姫は父に似て聡明……とのことだったが、やはりまだまだ子供ね。頭は出来ても、世界の厳しさは知らない。今回の事は姫にとって、人生最大の教訓となるだろう」


 去っていくエイルミナの背中を見、女騎士はゆがんだ笑みを浮かべ呟く。

 無双の勇者、そう称えられる彼女の輝きをすら容易に呑み込んでしまうほどの闇が彼女を取り巻いている。

 その事実に、彼女自身気づいているつもりで、実際には目を背けているだけということに、この時の彼女はまだ気づいていなかった。






「仲間……か」 

 

 聖堂を出たエイルミナの口から、そんな呟きが漏れる。

 ただの戦友ならいくらでもいる。

 だがその中で十分な実力と信頼を伴うのはルイーゼただ一人。

 そして今回の大決闘祭に出場する者と渡り合え、なおかつ信頼を預けられる者を一週間以内に見つけることなど、実質不可能。

 となれば自分一人で、この大会を勝ち抜くしかない。

 

「……やってやる」


 口はそんな勇ましい言葉を吐く。

 だがいかにバームの優れた武器があっても、それが容易でないことは分っている。

 だがほかに方法がない以上、あとは自分にできる全力を尽くすだけ。

 そう腹をくくり、拳をぐっと握りしめ、暗雲の覆う夜空を見上げる。

 

 エイルミナの鋭敏な感覚が異変を察知したのは、まさにその一瞬の事だった。

 

「――この魔力の乱れ、波長……まさか、バーム!?」


 ありえない。

 彼の部屋には幾重にも防護呪文を施してきた。

 バーム本人も含め、誰かが部屋を出入りしたならその時点でとっくに気づいているはず。

 だがバームの気配はすでに城外に移動し、察知できるぎりぎりの位置まで遠ざかりつつある。

 誰かが防護呪文をかいくぐり、彼を誘拐したのか。

 それとも、バーム自身が何らかの方法で防護をかいくぐり、自分の意志で部屋を出たのか。

 いずれにしても、追う以外に選択肢はない。


 聖剣授与式の一件でただでさえ立場を危うくしている今の自分が、このタイミングで城を抜け出す。

 それがどれほど危うい事か理解しながら、エイルミナは迷うことなく決断する。

 走り出す彼女の姿を、雲の切れ間から姿を覗かせた三日月が、優しく照らし出した。





「今日はありがとうございました。お二人とも、大丈夫でしたか?」


 街はずれの酒場の一番隅のテーブルに座る二人を見つけ、僕は真っ先にそう声をかける。

 そんな僕を見、二人は別れる前と変わらない様子で微笑を浮かべ、小さく手を振って迎えてくれる。

 紙飛行機で僕を呼び出したのは、聖剣授与式に僕が乱入するのを手伝ってくれたあの二人だった。


「正直捕まらなかったのが不思議なくらいだけれど、なんとかね。多分私たちを捕まえる事より、事態を収拾させる方を優先したからでしょうけど。

 それより、そっちはどうだった? 鍛冶の神ブルゴス様の聖剣を見事圧し折って、専属の武器職人と認められたって話は噂で耳にしたけれど。それに城を抜け出すとき、気づかれなかった?」


 そう、周りに聞かれないよう声を落としながら、女性が僕に尋ねる。

 僕は椅子に座ると二人に再度頭を下げ、


「ありがとうございます。お二人のおかげでひとまず、専属の武器職人と認めてもらうことができました。お二人にはあんな危険なことをさせてしまって、申し訳ありません。このご恩には必ず報います。

 それと城を抜け出す時には、多分気づかれなかったと思います。戦う術はあまり知りませんけど、逃げたり隠れたりは得意なので」


 そう笑顔で答える。

 治安の悪いこの世界、お金を扱う職業、さらに人間から憎まれ、命を狙われやすいハーフであったこと。

 命を狙われることはこれまでにも度々あり、最低限自分の命を守れるだけの知識と技術は、身に着けなければならなかったのだ。

 とはいえ、魔術に頼りきりで人の目のほとんどない城の警備はともかく、魔術以外の手法も取り入れられたエイミーの防護呪文を潜り抜けるのは簡単なことではない。

 僕の身を案じてくれている彼女を裏切ることになるという点でも、これっきりにしたいという思いはあった。

 実際、僕のために命がけで協力してくれた二人からの誘いでなければ、こんな真似は絶対にしなかったはずだ。


「でもエイミーには、いつ気づかれてもおかしくないと思います。本当に大丈夫なんですか?」


 僕はそう不安を口にする。

 というのも二人からの手紙にはこう書かれていたのだ。

 城の者には気づかれてほしくないが、エイミーには気づかれてもよいと。


「ええ、大丈夫。言ったでしょ、知り合いだって」


 対する女性はそう涼しげな表情で答え、ウインクすらして見せる。

 その反応のあまりの軽さに、僕はこの女性が言うのであれば大丈夫かとつい納得してしまう。

 それと同時、僕は二人の名前を教えてもらう約束だったことを思い出す。


「そういえば、まだお二人のお名前を聞いていませんでした」


 僕がそう言うと、二人も気づき、


「そういえば、事がうまくいったら教える約束だったわね。じゃあ約束通り、私の名前は――」


 そう女性が言いかけたまさにその時、店の扉が勢いよく開くと、眩しい容貌の人影が中に入ってくる。

 定期市の僕の店を忍んで訪れていた時と全く異なる、部屋で分れた時と全く同じ、城外ではあまりに目立ちすぎる身分相応のきらびやかな衣装。

 本来そこにあるべきではない、あまりに場違いで美しすぎる存在に、人々の視線は瞬く間に釘づけとなる。

 

「エイミー」


 息を切らし、焦りと緊張が色濃く表れた表情を浮かべる彼女を見、僕が呟く。

 するとエイミーはそれを聞きのがすことなく、視線を僕に向ける。

 そして一拍の後、視線を僕の後方へと移すと、刺すようにぐっと細める。

 

 次の一瞬、それまで喧騒に包まれていた店内が一瞬にして静まり返った。

 誰もが金縛りにあったかのように動きを止め、息と唾を呑む。

 エイミーが腰の剣の柄に手をかけたのだ。

 だがそんな中で、


「……そんなに緊張しなくたって、あなたと敵対するつもりなんて最初からないわ」

 

 背後から緊張のかけらも感じさせない、涼しげな返答が返される。

 しかしその言葉に、エイミーは一層その表情を険しくし、獣のように視線の先のその人を睨む。

 エイミーの視線をたどって背後を振り向けば、そこには椅子に腰かけたまま優雅にカップを掲げる女性の姿。

 そして女性はカップに残った紅茶をゆっくりと、しかし一度に煽ると、空になったカップをテーブルにコトリと置いた後、立ち上がる。

 そして前もって準備していたらしい灰色でフードつきのローブをエイミーに差し出すと、


「その恰好じゃあ目立ちすぎる。それと場所も変えましょう」


 そう微笑みすら向ける。

 だがそんな女性に、エイミーはその表情を一層怪訝なものに変化させ、身を強張らせる。

 

「……ルイは豪胆だなぁ」


 女性の隣で、男性がぼそりと呟く。

 豪胆の一言では片づけられないだろう。

 僕はそう心の中で突っ込みながら、対峙する二人の関係に思いをはせる。

 無双の勇者と称えられるエイミーがこれほど警戒する存在。 

 今頃になってその女性が只者でないらしいと察し始める僕を置いてきぼりにして、物語は急展開を迎えていたのだった。


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