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第11話 バトンパス

 話は一週間遡る。





「今夜は私の部屋で寝て」


 エイミーの口からふいに放たれるとんでもない一声。


「……へ?」


 僕はその一瞬、その意図を汲むことができず気の抜けた声を漏らし、


「――姫様!」

「姫様っ、なりませぬ!」


 メイド服を着たエイルミナの侍女たちが必死に止め、


「――エイミー……」


 ルイーゼが眉間に手を当て、呆れた様子で呟く。

 

 聖剣授与式から数時間、僕たちは城の奥の、エイミーのものと思しき部屋の前にいた。

 あの一件の後、僕は少なくとも形の上ではエイミー専属の武器職人と認められ、この城内に入れてもらうことができた。

 本音では僕を排除する形で話を決着させたかったはずだ。

 でも成り行き上それができなくなってしまった。

 だからせめてこれ以上話を大きくしないようにするために、あの場ではとにかく式典を終わらせることを優先した、ということみたいだ。

 それでもしばらくは僕を警戒してか騎士が付き添っていた。

 だがそれもエイミーが強引に追い払ってしまったので、今は一応、目に見える範囲での束縛はなくなっていた。

 とはいえそれはあくまでそばにエイミーがいるからのこと。


「だってバームの部屋は……」


 反対する侍女たちに向かってそう反論しかけるエイミーに、


「待って、エイミー」


 そうルイーゼが割って入り、


「言いたいことは分る。急に来たバームさんに直ぐ与えられるの部屋がないのも、バームさんのことを心配しているのも分る。でも今のは侍女たちが正しい。それと今の発言は周りの者達にあらぬ誤解を招きかねない。女性として大いに問題よ。いつも口を酸っぱくして言っているけど、エイミーには常識が……いや、今はそんな事を話している場合じゃない。

 いいわ、それなら私の部屋をバームさんに譲ってあげる。隣の私の部屋なら、さすがに何かあってもすぐに駆けつけられる。それにあなたの気が済むまで防護呪文を施したとして、それを破れるような者はこの城内にはいない。それでどう?」


 そうエイミーをたしなめつつ提案する。

 その言葉に、エイミーはそれでもしばらくは難しい顔で思案していたが、やがて、


「――わかった」


 ゆっくりと、しぶしぶといった様子で納得する。

 それを見ていた侍女たちが、冷や汗をぬぐいながら心底ほっとした表情を浮かべる。

 だがルイーゼは険しい表情を変えず、むしろ一層強くして、


「そんなことより問題はこれからのこと。このままでお父上、ファルデウス様が納得されるはずがない。私も今回の件で大分睨まれるだろうから、悪いけどこれ以上は手を貸してあげられない」


 そうエイミーに告げ、視線を落とす。 

 そんなルイーゼに、エイミーは優しげな笑顔を向けると、


「大丈夫。分ってる。今日は私のためにあんなに無茶をしてくれてありがとう。もう感謝してもし足りないくらい。でもだからこそ、これ以上は受け取れない。今度はあなたの身に危険が及んでしまう。そうなってしまったら、それこそ私は耐えられない」


 そう慰めるように言う。

 そんなエイミーの言葉に、なお悔しげな表情を浮かべるルイーゼに、エイミーは自信に満ちた表情を浮かべ、


「大丈夫。策は考えてあるから。それに何より、今の私のそばにはバームがいる。バームがそばにいてくれる限り、私はもう二度と負けはしない。例え相手が闇の帝王だったとしても。ねっ、バーム!」


 そう言って、また聖剣授与式の時のように僕の腕に抱きついてくる。

 

「ひっ、姫様!」

「姫様、おやめください、人に見られでもしたら……」


 侍女たちが蒼白な表情を浮かべ、オロオロと辺りを見回しながら必死にエイミーを止める。

 きっと今までもこうして苦労させられてきたのだろう。

 もう何度目かのエイミーの大胆な行動に、しかし一向に慣れることができない僕は、また頭に血が上り真っ白になりかけた心でぼんやりそう思う。

 そんなエイミーの反応に、ルイーゼは最初真っ白な表情を浮かべ、だが数拍の後、その表情を微笑へと変化させる。

 

「――そうね、今のエイミーにはバームがいるものね。分った。ならもう私から言うことはない」


 そう言って、ルイーゼは懐から片手用の短い杖を取出し、エイミーの隣の部屋の扉に向け一振りする。

 すると扉は魔法によってひとりでに開き、中から荷物が満載されていると思しき豪奢な箱や鞄がいくつか飛び出してくる。

 元から設置されていたものと思しき家具を除き空となった部屋の状況から察するに、エリーゼは僕に部屋を譲ってくれたのだ。

 

「幸運を祈ってる」


 荷物を従えたルイーゼがエイミーに告げ、


「ありがとう。この恩は必ず返すから」


 それにエイミーが笑顔で応じる。

 ルイーゼは大きく頷いた後、今度は僕の方に視線を向け、


「エイミーをお願いね」


 そう告げて、僕が反応するのを待たずに横をすれ違い、去っていく。

 

「はい!」


 その背中に向かって僕が答えると、彼女は振り返らないまま、僕たちに向かって小さく手を振る。 

 僕はルイーゼさんのことを何も知らない。

 けれど今までエイミーのそばにいて、彼女の事を支えてきた事はなんとなくわかる。

 バトンを手渡された。

 今度は僕が彼女のそばにいて、支えていかなければならない。

 そう思った丁度その時、去っていくルイーゼと入れ替わるように一人の騎士がエイミーの元を訪れる。


「ファルデウス様よりご沙汰がありました、至急聖堂までお越しください」


 出てきた名前に、僕の背中に冷たいものが走る。

 エイミーの父にして冥府の神ファルデウス。

 その人物からわざわざ呼び出されるということは、今回の聖剣授与式の出来事と僕についての話に違いない。

 そしてあれだけ事を大事にしてしまったのだ。

 きっとただでは済まない。


「分りました。10分だけ時間を下さい。防護呪文を施したらすぐに参ります」


 エイミーは騎士にそう答える。


「……お急ぎください」


 騎士はそう淡々と告げてきびすを返す。 

 そうして去っていく騎士の背中をエイミーは鋭い表情で見送り、


「大丈夫」


 僕の手を握り、誰に向けてかそう呟く。

 表面上毅然とした態度を保っている彼女。

 だが僕は、その指と声がほんのわずか震えていることに気付く。

 無双の勇者と称えられる彼女にも、恐れるものはある。

 そして彼女をそんな状況に追い込んでしまったのは、他ならぬ僕自身だ。

 僕のわがままのせいで、彼女は追いこまれてしまっている。

 なぜ僕はあんなに大それたことをしてしまったのだろう。

 でもあの時の自分に立ち返ってみると、やはり諦めるという選択肢はなかったと思う。

 なにより、今はもう引き返すことはできない。

 ならば今は、僕にできる全力を尽くすしかない。

 

「大丈夫」


 僕もまた彼女に向けて呟き、握られた指を、強く握り返す。

 二人三脚で重要なのことは二つ。

 一つは呼吸を合わせる事。

 そしてもう一つ、足を結ぶ紐を、できるだけ強く結ぶこと。


「武器の事は僕に任せて。どんな敵にも負けない、最高の武器を鍛えるから。だから武器のことは心配しないで、思う存分暴れてきて。僕はどこまでだってついていくから」


 僕はそう、口の両端を釣り上げ、彼女の笑顔に負けないような笑顔を心がけて告げる。

 するとその一瞬、エイミーはそんな僕を驚いた表情で見上げる。

 僕の手を握る彼女の指の震えが弱まったのは、その数秒後の事だった。

 そして彼女はその表情を微笑へと変化させると、


「はい」


 それまでの勢いが嘘のような、そんなしおらしい返事をする。

 その姿は聖剣授与式の後、僕の腕にすがり、安心しきった表情を浮かべた、あの時の彼女と重なる。

 無双の勇者と称えられる彼女も、こんな姿を見せるのだ。

 そんな彼女に、僕はいつも守られてばかりだ。

 きっと今の僕が全力を尽くしても、彼女に報いることはできない。

 だがそれでも、僕はこんな弱々しい彼女に頼ることしかできない。

 自分の無力を呪う。

 でもそれだけではだめだ。

 もっと強くならなければ。





「じゃあ……行ってくる」


 5分後、僕の部屋に念入りに防護呪文を施したエイミーが、意を決したように告げ、

 

「行ってらっしゃい、武器を鍛えて待っているから」


 僕はそう、自分の無力を呪いながらも、できることはしようと決意し、彼女を送り出す。

 そんな僕に、彼女は口の両端を無理に吊り上げて作った笑顔をくれた後、決戦へと向かう。

 そうして部屋に一人残された僕を包み込む孤独感。

 だがそんなものを気にしている場合ではない。

 やることはいくらでもあるのだ。

 もっと強くなるために。

 もっと彼女のために良い武器を鍛えるために。


「よしっ……やるぞ!」


 僕は一人部屋で叫び、新たな武器の設計を考え始めようとした。

 だがまさにその時、僕の視界を、どこからか飛んできた紙飛行機が横切る。

 おかしい、ここは城の中の個室、たった一つしかない入口の扉は閉めたばかり。

 どこから入ってきたのだろうと辺りを見回せば、目に入るのは鉄格子の入った小さな窓。

 だがエイミーはあの窓にも防護呪文を張っていた。

 つまりこの紙飛行機は、彼女の防護呪文をかいくぐって入ってきたということになる。


「……いったい誰が?」


 呟きながら紙飛行機を手に取れば、それには文字が書かれている。

 多くの魔物や、人間でも貧しい者達は、文字の読み書きができない者が多い。

 だが両親に文字を教わっていた僕は、それを読むことができた。 

 そしてその内容に、僕は目を見張るのだった。


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