第105話 稜堡式要塞
爆音、歓声、断末魔、全ての入り混じった轟音が絶え間なく戦場と将兵を包み込む。
空からは赤、黄、青、魔術で構成された大小色とりどりの閃光が雨のように降り注ぎ、帝国軍の展開する障壁に激突。
そのうち7割ほどは障壁が阻むが、残る3割ほどは貫通して城内に降り注ぎ、炎や氷、雷の爆発を巻き起こす。
爆風は木製の城壁や櫓の屋根を吹き飛ばし、破砕された破片が将兵の体に突き刺さり、粉塵と将兵の血が宙を舞い、視界を霞ませる。
「敵軍の攻撃熾烈、死傷者多数、城内各所に損害が発生。魔道砲、投石器はすでに敵軍を射程に収めており、各部署からも反撃開始はまだかと催促が殺到しています」
櫓に駆け込んできた若い将校が、額に滝のような汗を流し、蒼白な表情で訴える。
だがそんな将校に、ティアさんは敵の攻撃の降り注ぐ櫓の中にあって、
「まだ早いわ」
いたって平静な表情を保ち、首を横に振る。
「聞いたか、まだ撃ってはならん。砲や投石器に兵を近づけさせるな。焦れた兵士が勝手に射撃を開始しては、今までの努力がすべて水泡と帰すぞ」
ティアさんの反応を見、熟練将校の一人が、重ねて厳命する。
その言葉に、将校は一瞬呆然とした表情を浮かべるが、数拍の思考の後、はっと我に返ると、
「はっ、重ねて厳命します」
はっきりと返答し、己の役目を全うすべく、櫓の階段を駆け下りていく。
その間にも、敵軍の魔術攻撃は城に雨あられと降り注ぎ、負傷者は見る間に増加。
ある者は火傷、ある者は凍傷を負い、またある者は感電し体を痙攣させ、戦友に肩を担がれ、あるいは担架に乗せられ、続々と救護所へと運び込まれていく。
木製の城壁や櫓は各所で破壊され刻一刻と被害は累積していき、復旧、修理は全く追いつかない。
「このままでは一切反撃を行う前になぶり殺しにされる。反撃開始はまだか!?」
若い兵の一人が焦り呟くのと、城外から再び敵軍の楽器の音が鳴り響くのは同時だった。
直後、敵軍の陣列の各所で翻っていた大きな青い旗が一斉に下ろされたかと思うと、それまで途切れなく続いていた魔術による遠距離攻撃の閃光がピタリと止む。
一瞬戦場を包み込む、先ほどまでの喧騒がうそのような、不気味な静寂。
だが数秒後、敵陣から鳴り響いた巨大な鐘の音が再び静寂を打ち破る。
直後、敵軍の陣列の各所で巨大な赤い旗が一斉に掲げ翻ると、4万からなる大軍勢は再び城に向け、一斉に前進を開始する。
城に迫る、4万の大軍の軍靴の生み出す足音と地響き。
敵の大軍勢を眼下に、ティアさんは一度瞳を閉じ、大きく息を吸い込むと、細く長く息を吐き、たっぷり数拍の間をとる。
そんな彼女の様子を、ある者は固唾を飲み、ある者は安心と信頼の微笑を浮かべて見守る。
次の一瞬、ティアさんはその瞳を大きく見開き、眼下に迫る敵の大軍勢を数秒の間見つめたかと思うと、その右手をゆっくり大きく、高く掲げる。
「魔道砲、投石器、射撃用意!」
ティアさんが手を掲げるのを見、将校が叫び、別の兵が櫓から合図の旗を掲げる。
待ちに待ったその指示に、担当の兵達は色めき立って魔道砲と投石器に取り付き、土塁の陰に隠してあったそれを射撃位置に移動。
魔道砲は砲弾を装填、投石器は巨石をセットし、照準を迫る敵軍へと定める。
この投石器は前回の小丘の城での戦闘後、僕と帝国の技術者達で開発した新兵器。
巨大な錘の位置エネルギーを利用するもので、同じ重量の魔道砲と比べ大型で取り回しが悪く、射程や命中精度で劣り、対空戦闘での使用が困難という欠点を持っている。
反面コストや制作難易度が圧倒的に低く、大重量かつ魔道砲では射撃できないものを投擲することができ、使用時に魔力反応が発生しないという大きなメリットを持つ。
帝国軍は敵地上部隊への遠距離攻撃手段としては、総合的に魔道砲よりも投石器が勝ると判断、こちらを主力に据え、準備を進めていた。
間もなく、城内各所の砲台と投石器から、射撃準備が完了したことを知らせる旗が掲げられる。
「目標、敵攻城部隊。射撃準備、完了しました」
砲撃を担当する将校がティアさんに報告する。
ティアさんはそれを聞くと、数拍の間の後、眼下の敵軍を見据え、掲げたその手を振り下ろす。
「撃ち方はじめ!」
号令と同時、櫓に掲げられる、射撃開始を指示する旗。
将兵はそれを見ると同時、それまで我慢に我慢を重ね、募らせていた思いを一気に爆発させるように、発砲を操作する縄を勢いよく引き、投石器の留め金を外す。
次の一瞬、城内に一斉に響き渡る発砲音。
続けて投石器が唸りをあげて回転し、バケットにセットされた巨石が勢いよく空中へと放たれる。
そうして放たれた砲弾と巨石は放物線を描いて敵軍に降り注ぎ、敵の展開する障壁に次々と命中。
このうち約3割が障壁を突破して敵軍に降り注ぎ、木製の盾ごと敵兵をなぎ倒す。
だが数万の大軍からすればその損害は微々たるもので、敵軍は構わず前進を続ける。
しかしそれは帝国側も織り込み済み。
「次弾装填。あわてるな、戦はまだこれから。焦って弾を損じてはならぬ。よく狙って撃て」
損害にもかかわらず進撃を続ける敵の大軍勢を前に焦りを見せる兵たちに、熟練の将校があえて余裕をもって指示する。
そんな将校の言葉と態度に、兵たちも幾分か冷静さを取り戻し、普段訓練している内容をそのまま実践するような動きを取り戻す。
だがその間にも敵軍は前進を続け、ついに鉄砲の射程圏内にまで接近する。
「鉄砲、弓隊、射撃用意!」
将校の指示に、鉄砲を持った兵は城壁にあいた銃眼から銃口を敵兵に向け、弓兵は矢を弦に番え、射撃に備える。
だが帝国軍が射撃を開始するより先、城外から一斉に銃声が鳴り響いたかと思うと、一瞬のうち木製の城壁に無数の穴が開き、銃眼付近にいた帝国兵のうち数名が倒れ込む。
敵軍の放った銃弾のうち数発が銃眼の小さな穴に飛び込み、武器を構えていた帝国兵に命中したのだ。
「負傷者は後送、後列と入れ替われ。皆怯むな、射撃戦では城壁と高所の有利のある我々が有利だ。構え」
敵軍の射撃に怯む兵たちを叱咤するように叫ぶ将校。
その言葉に、兵たちは一瞬、戸惑った様子を見せるが、やがて再び銃眼に銃口を向け、構えをとる。
その間、敵軍は弓の射撃を開始し、城内には敵軍の放った矢が雨あられと降りそそぎ、城壁に櫓に盾、矢を防ぐために臨時に設けた簡易的な屋根に次々と突き刺さっていく。
だが今度こそ、帝国軍の射撃を遮るものは何もない。
そして櫓に掲げられる、射撃開始を命じる旗。
「放て!」
放たれる号令。
次の一瞬、城内から一斉に銃声が鳴り響いたかと思うと、城壁に迫っていた敵軍の前列の兵が一斉に地面に倒れ込む。
それは帝国の量産した鉄砲が初めて敵軍に向け火を噴き、光神国の鉄砲兵を打倒した瞬間だった。
「やった、やったぞ」
これまで散々煮え湯を飲まされてきた敵軍の新兵器。
それを奪ってコピーし、逆にこちらが運用して、目の前の大軍に大打撃を与えた。
その事実に、帝国軍将兵の士気は目に見えて高まり、逆に光神国軍は動揺した様子を見せる。
とはいえ、鉄砲の数では光神国軍が圧倒的に上。
間もなく光神国軍は体勢を立て直すと、再度鉄砲と弓を射撃し反撃をしかけてくる。
対する帝国軍は鉄砲兵が弾を装填する間、速射性に勝る弓兵が銃眼につき、鉄砲の装填の間を埋めるように射撃。
さらにスッタフスリングを手にした投石兵が大小の岩石を敵軍へと投擲する。
壮絶な射撃戦はしばらくの間、概ね互角で推移しているように見えた。
だがしばらくの後、戦況に変化が訪れる。
鉄砲と兵数で勝る光神国側の陣列が徐々に崩れ始め、城に向け放たれる弾と矢の数が減り始めたのだ。
「敵の陣列が崩れたぞ、畳み掛けよ!」
将校の言葉に、帝国兵達の士気はいよいよ高まり、それまでにも増して激しく射撃を仕掛ける。
数で勝る光神国軍に、数で劣る帝国側の射撃が勝る理由。
城壁と高所の有利、帝国軍が鉄砲を使用したという予想外の事態からくる動揺と、銃弾対策の不足、光神国軍の運用していない投石兵の威力。
だが最大の要因は、城の構造にあった。
旧来多くの城が採用していた、垂直に切り立った高い石造りの城壁と四角形の構造は、城壁の真下と四つの角の方向が死角になりやすく、大型砲の砲撃によって崩されやすいという弱点を持っていた。
そこで城壁の厚みを増し、構造を円形とすると、弱点は幾分か改善された。
さらに飛び道具は敵に対し多方向から攻撃を仕掛けることでより大きな威力を発揮するため、城壁の一部に突出部を設け、横方向からも射撃を行えるようにすることが求められた。
そこで最新型の城塞は四角形の四つの角に円形の郭を配置した構造をとるようになった。
これにより四つの円形の郭の間の城壁の凹んだ部分に接近した敵に対しては、多方向から射撃を加えることができるようになり、死角も大きく減少した。
しかし依然、円形の郭の方角から接近する敵に対しては一方向からしか射撃を加えることができず、城壁の真下が死角になりやすいという弱点は残っていた。
これに対し僕の築いた要塞の構造は、父が稜堡式と呼んだもの。
城は北東、南東、南西、北西の四方向に、ダイヤモンド型に成型された突出部を持ち、さらに東西南北の四方向、四つの突出部の間の凹んだ部分に設けた城門の前方には、さらに三角形の郭を配置している。
この構造は四つの突出部の方向から迫る敵に対しては隣接した三角形の郭から、三角形の郭に対して接近する敵に対しては四つの突出部から射撃を加える事で、どの方向から迫る敵に対しても多方向から射撃を加える事ができる。
また城壁に採用したゆるい傾斜を持つ分厚い土塁は、垂直に切り立った石造りの高い城壁と比べ、敵の歩兵に上られやすい反面、砲撃で崩されにくく、城壁の真下も死角になりにくいという利点を持っている。
光神国軍の壮絶な事前砲爆撃に城が耐えることができたのも、この土塁のおかげだった。
そうして帝国軍が数に勝る光神国軍を射撃戦で圧倒する情景を眼下に収め、思わず笑みを浮かべる僕。
だがそんな僕を見、ティアさんが浮かべたどこか不安げな表情の意味を、その時の僕は理解することができなかった。




