第103話 強大なる敵を眼下に
落雷にも似た爆音と衝撃が絶え間なく戦場を包み、舞い上がった粉塵が視界を閉ざす。
――東城壁、大破2か所、中小破は無数に発生、その他被害拡大中。
――北東第2壕に直撃弾、死傷者多数。
――南東1番高射砲損傷、射撃不能。
本部に次々ともたらされる損害の報告。
その間にも多数のけが人が洞窟壕内の救護所に運び込まれ、代わりの人員が各所に派遣される。
決戦に臨み、僕とティアさんは小丘の城とクワネガスキの間に位置する平城の洞窟壕内にいた。
光神国軍の事前砲爆撃開始から数時間、夜が明けたばかりの城内はすでに各所で損害が発生し、救護所は早くもけが人で埋め尽くされようとしていた。
「リャグム奇襲成功と前日までの海空戦で、敵軍は大型砲も出せる翔空機も少ないはずなのに、それでもこれだけの損害が発生するなんて」
本格的白兵戦が始まる前の段階ですでに広がる目の前の惨状に、僕は思わず呟く。
だが僕の言葉にティアさんは険しい表情を浮かべると、
「情報部の調べによると、敵はリャグム奇襲で生じた補給の不利を解消するため、港とクワネガスキの間に金属製レールを敷き、蒸気式レール機動車を用いて物資を輸送している。レール機動車は馬車に比べ、コストや地形対応力の点では不利だけど、輸送効率では圧倒的に上回り、大型大重量の物資の輸送も可能というメリットがある。敵はこれで中型砲と砲弾を大量輸送してきたようね」
そう答える。
「なるほど、しかし港からクワネガスキまでの間の地形は起伏が激しく、山も川も谷もあり、道も細かったはず。金属製レールの敷設には相当の労力と資金を必要とするはずですし、単線ならまだしも、複線にするのは難しいのではと思っていたのですが……」
僕がそう答えると、ティアさんは一層表情を険しくし、
「あなたの予想通り、光神国は大量の人員と魔道士を用いた力技で短期間のうちに道を切り開いたけど、それでも敷設できたレールは地形の関係上1本のみ。でも奴らはそれで、物資の大量輸送を可能にした」
そう答える。
だがその言葉に、僕は首をかしげ、
「いや、それはおかしいです。いくらレール機動車といえど、単線を往復させたのではこれほどの大量の物資を輸送させることはできないは――」
僕はそう言いかけ、そこで一つの可能性に気づく。
「まさか、いくら光神国でも、そんな……」
思わずつぶやく僕の瞳を、ティアさんは真っ直ぐ見つめて、
「そのまさかよ。奴ら、一度使用したレール機動車を毎回使い捨てているの。終点の駅には捨てられた新車同然のレール機動車の山ができているそうよ」
そう答える。
軍馬1頭は金貨50~200枚が相場。
魔道兵器全般の価格は、これを大きく上回る。
まして大型で大量の燃料を必要とするレール機動車のコストは、魔道兵器の中でもそれなりに高い部類に入る。
そのレール機動車を毎回使い捨てるなど、下々の者には想像もつかないことだし、中小国クラスなら瞬く間に破綻してしまうことだろう。
だが確かにこの方法なら、単線を往復させるのとは比べ物にならない輸送効率を発揮できる。
「勿論、魔法石や高価で再利用できる部品は回収しているらしい。けどこんな方法、帝国がやったら瞬く間に国庫が空になってしまう。でもその方法をとることができるのが、光神国なの。我々が相手にしているのは、そんなとてつもない国なの」
ティアさんのその言葉に、僕は改めて敵の強大さを思い知らされる。
そうして絶望感に言葉を失っている僕を見、しかしティアさんは微笑を浮かべ、
「でもね、光神国にそんな力技を強いているのは、バーム、あなたなのよ」
そう優しく囁いてくれる。
その言葉に僕ははっとし、しかし少し考えると、
「いや、僕の力なんて……すごいのは、僕のわがままを聞いて、信じて協力してくれた、ティアさんと帝国の皆です」
そう答える。
だがその言葉に、ティアさんは首を横に振ると、
「確かにあなた一人の力で実現できた訳ではない。でもあなたがいなければ、確実に実現できなかった。それにね、これは皆には内緒だけれど、もしあなたがいなかったなら、私はこのクワネガスキとトウルバ港は、戦略的に切り捨てていたと思うの」
そう小さな声で、衝撃の事実を告げる。
大陸南端に残された最後の帝国領であり、重要拠点であるこの地の保持を諦める。
それは言葉にするほど簡単なことではないし、実行したなら想像を絶するほど大きな犠牲を伴っていたはずだ。
「この地を失うのは確かに大きな痛手だし、多くの犠牲も覚悟しなければならない。けれど今の帝国が光神国と渡り合うためには、多少の犠牲は覚悟しなければならない。あなたと出会うまでは、そう考えていた。でもあなたと出会って、その内に秘めた可能性を見て、私は自分の全てを、あなたに賭けたの。そしてその結果は、もうすぐ出る」
言葉と共に、それまでわずかの間隙もなく続いていた砲撃の衝撃が、嘘のようにピタリとやむ。
そうして戦場を包む不気味な静寂の中で、ティアさんはそれまでの微笑を、正真正銘の笑顔へと変化させると、
「昨日の航空戦と夜戦での勝利も、あなたの力あってのものよ。そして最後は陸戦。大丈夫、あなたがここまで引き寄せてくれた勝利、絶対にものにしてみせるわ」
そう言ってマント翻し、堂々と洞窟壕の外へと足を踏み出す。
そして他の将兵もまた、その背中を真っ直ぐ見つめ、先ほどまで敵の砲弾が雨あられと降り注いでいた場所へと、迷いなく足を踏み出していく。
目の前で繰り広げられるそんな情景を見、心の奥底から湧き上がってくる熱い何かに、僕は拳を握りしめる。
技術者である僕は、安全な壕の中にいればよい、むしろそうしていてほしい、事前にそんな風に言われていた。
だがそんなことはとてもできそうになかった。
他の皆が命を懸け、自ら危険な戦場に立とうとしているのに、僕だけがこんな場所に留まっているわけにはいかない。
決意と共に、僕は他の将兵と共に、足を前へと踏み出す。
洞窟の入り口から差し込む光はどこか恐ろしく、だが今の僕にはそれでもなお手を伸ばしたくなるほどに美しく見えたのだった。
城内は敵の砲撃で各所が破壊され、荒れ果てた様子だった。
だがそれでも、洞窟内に隠れていた時に想像していたのと比べれば損害ははるかに少なく、破壊されたのは木製の壁や櫓がほとんどで、土塁や堀、門といった重要構造に対する損害はわずかなようだった。
これも一切反撃せず、全力で防御と攪乱に徹したおかげ。
「各所に損害が発生しておりますが、重要区画の損害はわずか。魔道砲、投石器も半数強が残存。破壊された木製城壁も急ピッチで修復中。兵の配置も間もなく完了します」
将校のもたらす報告にティアさんは頷きを返す。
その直後、城外から響き渡る敵軍の甲高い楽器の音。
程なく、万を超える敵の大軍勢の立てる歓声と軍靴の音が、城内を包み込む。
「敵軍、一斉に進撃を開始。小丘の城、クワネガスキ城にも同様に迫ります」
伝令のもたらす報告に、ティアさんは再度頷きを返すと、城の中央に位置する大櫓の階段を登り始める。
このような櫓は見晴らしがよく、戦況を把握するのには非常に都合がよい。
反面、目立つため敵の攻撃の目標になりやすく、極めて危険な場所でもある。
だがそんな場所に上ろうとする彼女を止めようとする者は誰もおらず、むしろ取り巻き全員が彼女に付き従い、中には彼女を守るために支え棒付きの大盾を手に櫓を登る者もいる。
そして僕もまたそんな彼らに倣い、近くに置いてあった盾を手に、櫓に登る。
そうして櫓の最上階に上り城外を見下ろせば、その視界に広がる情景に、僕は思わず目を見開く。
それまで遠くから城を取り巻いていただけの敵の大軍勢。
それが今や人の群れの作る大河の濁流となり、大地を震わすほどの軍靴と歓声の大轟音を伴い、帝国軍のちっぽけな城を飲み込まんと迫ってくる。
「敵軍、間もなく投石器の射程圏内に入ります」
伝令のもたらす報告に、
「まだよ、ギリギリまで引き付けるように伝えて」
ティアさんはそう冷静に返答する。
だがその直後、敵軍から鳴り響く巨大な鐘の音。
それが合図だったのだろう、城外から立て続けに轟音が鳴り響いたかと思うと、色とりどりの閃光が雨のように城へと飛来、帝国側の展開する障壁に直撃し、猛烈な爆音を響かせる。
「敵は魔道士による遠距離攻撃を開始、間もなく鉄砲隊の射程圏内に入ります」
伝令の報告がもたらされるが、報告が無くとも、この櫓からなら戦況は一目瞭然だ。
だが直後、飛来した閃光の一つが障壁を貫通、そのまま櫓の屋根に直撃し、衝撃が櫓を襲う。
その後も目立つ櫓に向かって閃光は無数に飛来し、障壁を貫通したいくつかが、断続的に櫓に降り注ぐ。
「総帥を守れ!」
ティアさんの取り巻きが叫び、盾でティアさんの周囲を固め、彼女を守る。
降り注いだ閃光のうちいくつかが、そんな彼らの構える盾に命中し、衝撃に数名が尻餅をつき、床になぎ倒される。
だがそれでもティアさんは櫓に立ち続け、戦場を睨んで各地に指示を送る。
そして僕もまた戦いの行方をこの目で直に見定めようと、盾を手に戦場を見下ろす。
そんな僕の眼下で、決戦の勝敗は、今まさに決しようとしていた。
いつもご愛読ありがとうございます。申し訳ありません、体調を崩してしまい104話を7月8日に更新する事が難しくなってしまいました。体調回復次第更新させていただきます。今後ともよろしくお願いします。




