93. 捕縛
電流の加減が甘かった。
気を失っていると思っていたゴードンさんが背後から襲いかかる動きを見せたとき。
私は咄嗟に保護の術を自身にかけようとした。
頭は思ったよりも冷静で、焦りより身を守ろうとする防衛本能のほうが強く働いたんだと思う。
しかし、それよりも素早く動いたのはコクランさんだった。
「動くな」
視界の端で人影がシュッと移動する。本当に耳に入ったのはそれぐらいの些細な音。
次の瞬間には、コクランさんはゴードンさんの後ろに回り込み、手に持っていた短剣を首筋に押し当てていた。
「……敵意のない、無防備な者を傷つけようとする行為がどれだけ愚かなことか、わかっているのか」
冷ややかな目で見下ろすコクランさんが、その一瞬だけはなぜか別人に見えてしまう。
口にする言葉はとても静かなものだったけれど、声音には怒りが含まれている。
そんなコクランさんの姿が、私の視界に鮮烈に残った。
「コクランさん、大丈夫ですか!?」
「ああ、俺は問題ない。まずは何か縛るものを――」
「てめえ、ふざけるな! 離せ獣が! 野蛮な種族が俺の体に触ってんじゃねえぞ!」
両手を拘束されている彼は、じたばたと無闇やたらに暴れだす。
コクランさんは微動だにしていないが、乱暴に吐き出される言葉には聞き捨てならなかった。
「どちらが野蛮なのか、わかりません」
私は身動きの取れないゴードンさんの前に立ち、強く見据える。
「……ああ!?」
「言葉をお借りするなら、私には襲いかかってきたあなたのほうが、よっぽど野蛮な獣に見えました」
「この女っ、客に向かって何言ってやがる!」
先に暴行を働いたのはそっちだというのに、なんだか彼の発言は支離滅裂である。興奮しているせいで正気の沙汰ではない。
それにこの人は、もうお客様じゃない。
いくら誰でも歓迎しているからとはいえ、彼をお客様だとは認められない。
そして今も自分の自由を奪うコクランさんを煩わしそうに見て、酷い言葉の数々を言い続けている彼には、憤りを覚えた。
「私を庇ってくれた方に、これ以上の暴言を吐くのはやめてください」
今の私がどんな顔をしているのかわからないけれど、ゴードンさんはぎょっとした様子で肩を震わせた。
鬼のような顔でもしているのだろうか。うん、している気がする。
「この人は、野蛮でも、獣でもありません」
おそらく彼に言ってもあまり効果はないのだろうとわかってはいるけれど、言わずにはいられなかった。
「……」
私の言葉を聞いたコクランさんは、瞳を大きく見開いてこちらを見ていた。
「こ、この……!」
わなわなと体を震わせたゴードンさんは、私を睨みつけて勢いのまま前に出ようとする。
これ以上の話は不可能だと判断したコクランさんは、彼の体を後ろに引くと、首に一撃を入れ凄まじい早さで気絶させた。
「コクラン、そっちはどう? お嬢さんもちゃんと無事?」
ベルが鳴り、入り口扉が開く。
入ってきたのは、この状況に反して涼しい笑みを浮かべるキーさんだった。
「ルナン! さっきビリビリって変な音が鳴ってたけど、大丈夫なの!?」
「ルナンさんっ」
続いてキーさんの後ろからカノくんとシュカちゃんがロビーに飛び込んでくる。
今度こそ気を失い床に寝かせられたゴードンさんには一切触れずに二人は私の目の前までやって、途端に顔をさあっと青ざめさせた。
視線が頬に集中している。
「な、なんで怪我してるの! 魔じ――魔術は? ルナンなら抵抗できたでしょ!?」
「ルナンさん血が出てる……! シュカのハンカチつかってっ」
混乱してうっかり「魔女術」と口が滑りそうになったカノくんだが、寸前のところで魔術と言い直してくれた。
シュカちゃんはエプロンのポケットから可愛らしい白いハンカチを取り出して私に差し出してくる。
「剣を突きつけられたのに驚いて反応するのが遅くなったというか……そのあと魔術で離れることはできたんだけど。シュカちゃんもありがとう。でもハンカチが汚れちゃうから大丈夫だよ」
傷つけられた頬の傷は、血が大量に滴るほどの怪我ではなかったとはいえ、未だに乾かず触れた指についてしまう。
それを見た二人は、同じような顔を顰めた。
「ルナンさん、なにいってるの! そんなのいいの!」
「まずは怪我してる自分の心配をしないでどうするんだよっ」
「ごめん、二人とも怒らないで。ちゃんと手当てはするから……っ」
剣幕に圧されて後ずさりしたところで、足元に転がるゴードンさんの存在を思い出す。
そうだ、まずはこの人をどうにかしないと。起きてまた暴れだしたら大変だ。
「お嬢さん、少し横にズレてくれる? こっちの人もさっさと縄で縛っちゃうからさ」
「あっ、すみませんキーさん。こんなことをやらせてしまって……」
「べつにいいよ。外にいるやつらのついでだし」
手に縄を持ったキーさんはそう言って手際よくゴードンさんを縛り上げていく。
ついでと聞いて、私は今の会話を振り返った。
そういえばキーさんは、ゴードンさんを見て「こっちの人も」と言っていた。
それはつまり、ほかにも同じような人がいたということだ。
「……。外って」
私は入り口扉を開けて外を確かめた。
『あ、ルナン』
『コンたちちゃんと見張ってるよ〜』
建物の外には、小型化したグランとコンが元気に尻尾を振りながらその場でぴょんぴょんと跳ねていた。
しかも跳ねているのは地面ではなく、人二人の上である。
「オレとシュカが落ち葉掃除してたら、急にあいつらが剣で襲ってきたんだ。それをキーさんが助けてくれたんだよ」
後ろに立ったカノくんの言葉に外でのびている彼らの顔を確認すると、やはりと言うべきか、ゴードンさんと一緒にいた連れの二人だった。
ありがとうございました。
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