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92. 出禁案件



活動報告でも改めて宣伝させていただきますが、こちらでも失礼します!


カドカワBOOKS様より

「異世界でペンション始めました。世界で唯一の黒魔女ですが、この力はお客様のために使います。」の書籍版が2/10に発売します!


同月の2/7には

スクウェア・エニックス様より

野宮けい先生が作画をされる「異世界ペンション(略称)」が発売します!


どちらも本当に素敵な仕上がりになっており、舞い上がっております。

機会がございましたら何卒どうぞよろしくお願いいたします。


そして、更新がなかなか追いつかず申し訳ございません…。




 次の日。

 朝食の提供時間が終わり、私は午前中の記録を受付カウンターでつけていた。

 昨日の夕食のことがあったおかげで、今朝はカノくんもシュカちゃんも肩の力を抜いてスムーズに対応しているようだった。


 まだぎこちなさは抜けきれないけれど、以前は人間そのものを毛嫌いしていたカノくんや、怯えを隠しきれなかったシュカちゃんからは想像もつかないほど前進している。

 その変化には、私も他人事とは思えなくて嬉しくなってしまう。

 

「今日も一日、頑張ろ――」


 二人のことを考えて顔がほころぶのを感じながら、区切りのいいところでペンを置いた。

 気合いを入れるように小さく声に出したところで、ベル音が鳴る。

 同時に、入り口扉が音をたて開いた。

 

「おかえりなさいませ、ゴードンさん」

「はぁっ、はあ……ああ」

「ゴードンさん? 顔色がよくありませんが、どうかされましたか?」


 部屋に大荷物を置いたきり留守にしていたゴードンさんは、ここまで全力で走ってきたのか激しく呼吸を繰り返している。

 私は慌てて受付カウンターから出ると、ゴードンさんのもとへ駆け寄った。


 近くで見ると、顔色の悪さがより際立ってわかった。

 額や首には大量の汗が伝い、息がなかなか整わない。お連れの二人もいないみたいだ。


「お外、暑くありませんでしたか? よければお水をお持ちしますので、どうぞ椅子にお掛けくださ……」


 ひとまず水分を補給してもらおうと食堂へ急ごうとしたとき、背後から伸びた腕が胸上に回され、凄まじい力で引き寄せられた。


「……っ!?」


 最初は自分の身に起こった事態に頭が処理しきれず、滑って後ろに体勢が崩れたんだと思った。

 けれど、違った。私の体は自由が利かず、抜け出せない腕に拘束されているのだと気づく。


「痛っ……ゴードンさん、なにを……っ」

「はぁっ、はあ……動くな」


 耳裏で低い声が響き、首筋には冷たい感触がした。

 さあ、と血の気が引く。

 ――これは間違いなく刃物、短剣だった。


「ちくしょう……あいつら、下手を踏みやがって。おかげでこんなことに……くそっ!」


 ゴードンさんはひとりごとをブツブツと唱えている。


 チェックイン時の愛想のよさもどこかに消え、彼から伝わるのは荒々しい剣幕だ。

 焦っているようだけど拘束の手を緩めることはなく、片腕では私の体をしっかりと押さえ込み、もう片方の腕は短剣の切っ先を触れるか触れないかの距離で固定していた。


 な、なにこの状況。剣が、首に! 当たりそうなんですけど! どうして!?


「ちっ、もう時間がない。おい、この顔に晒せなくなるほどの傷をつけたくなかったら、早く有り金をまとめて渡せ。さもないと……」


 ゴードンさんはわずかに握った刃を動かした。

 頬にちくりと、小さな痛みが走る。

 たったわずかな感触でも、彼が本気であることは十分に伝わってきた。

 ああ、嫌な予感がこんなにも早く的中してしまうなんて。

 

 彼は私の自由を奪ったまま受付カウンターに誘導しようとしているが、どういうわけか足が震えて動かない。

 はじめて野生の熊を目の前にしたときと、少しだけ恐怖が似ている。

 けれど熊よりももっと生々しく肌にまとわりつく、特有の殺気に、情けなくも体が硬直してしまう。


 まずい、このままじゃだめだ。落ち着いて、とりあえずこの短剣だけでもどうにか遠ざけて。

 というより水でも風でも起こしてこの人から離れればいいんじゃないの。

 混乱して頭が回っていなかったけど、対人でもそれぐらいなら私にもできるはず。


「……っ」


 ごくりと、息を飲み込む。

 相手に悟られないように、そっと右手の指を動かそうとしたところで。


「……店主!」


 カランコロンと、ロビーに音が鳴る。

 入り口扉には、コクランさんが立っていた。


「亜人だと? ちっ、ギルドの連中かっ」


 現れた人物に、ゴードンさんの声音が変わった。

 首筋に向けられていた刃が、私か、コクランさんかでさ迷うように揺れている。


 女の私を人質にとるか、力の強い男であるコクランさんを先にねじ伏せるか、そんな魂胆が見え見えだ。

 けれど彼が見せた迷いに、私はようやく本当の意味で冷静さを取り戻した。

 

 ここで、店主()ではなくお客様(コクランさん)に刃が向かってはいけない。


 私は一瞬の隙を突きゴードンさんのお腹に肘鉄をくらわせると、両手の指をぴたりとくっつけ無我夢中で術に集中した。


「ぎああああっ」


 バチバチバチ、と空中に歪な光の線が複数出現する。

 同時に背後から驚くほど高い金切り声があがった。



 ***



 朝食時間に食堂にやって来たのは、エカテリーナさんとフートベルトさんの二人だけだった。

 ポンタさんは絵の追い込みで、コクランさんとキーさんは夜に出かけたきりまだ戻ってきていなかったからである。

 用心棒の依頼が長引いたときは、そのまま依頼を受けた宿で睡眠をとることもあると言っていたので、今日もそうなのだろうと思っていた。


 ……だけどまさか、このタイミングで帰ってくるなんて。


「店主!」


 必死に呼ぶコクランさんの声に、私ははっとした。

 コクランさん……つまり、お客様がすぐ近くにいるこの状況で、私は身動きが取れずなにをしているんだろうと。


 背後に回り込まれ、単純な力の差では敵わないけれど、私には魔女術がある。

 自分のみならずお客様に危険が及ぶことは、絶対に避けないといけない。


 そうして咄嗟に思いついたイメージが、電流だった。

 もっと正確に言うならば、そう……スタンガン。この世界にはないと思うけど、それが一番イメージしやすいものだった。


 これまで私は人に向けて使う魔女術、攻撃系の術を得意としていなかった。

 力が大きい分、加減を間違えれば大変なことになるうえに、とりあえず防御を極めれば危機的状況でも乗り越えられると甘んじていたのである。


 けれどそれも私の気持ちが安定していたらの話。

 実際はこうして訳もわからずあたふたして、うまく切り抜けられずにいた。


 電流を放出させられたのも、運が良かったのかもしれない。


 お客様には危害を加えさせてはいけない。

 むしろ守らなければいけない。

 ただ、その一心だった。


「……。店主、大丈夫か?」


 扉の前に立つコクランさんが、今の一瞬の出来事に驚愕の面持ちを浮かべている。


「……はい、なんとか」


 私は電流によって床で気絶したゴードンさんを横目に頷いた。


「そう、みたいだな……無事でよかった」


 コクランさんはほっと安堵して顔を和らげると、近くに転がっていた短剣を手に取る。


「そちらの短剣、この人が落としたものです。って、一緒に見ていたのでわかりますよね。驚いて何がなんだかわからなかったんですけど、どうやらお金が目当てだったようで……はは」


 自分の魔女術で人を攻撃したことへの衝撃か、それともこのすべての状況に心中穏やかでないためか、おかしなほど早口になってしまう。

 空笑いが出たあたりで、ようやく肩の力が抜けるのを感じた。


 あれ、そういえばコクランさんは、どうして血相を変えて帰ってきたのだろう。

 まるでロビーでの出来事を知っていたような反応だったけれど。


「……店主、その頬は」

 

 不思議に思っていると、コクランさんは大きく目を見開いた。

 心なしか怒ったように顔を顰め、視線は一点を集中している。

 頬って言ったような。ああ、そういえば。


 思い出した私は確かめるように頬に手を添えた。

 触れただけではわかりにくいけれど、たぶんこの辺り、切れているみたい。

 指にわずかな血の痕がついていることに「ああ……」と肩を落とす。


 その時、ふらりと動く気配がした。



「――んの、なにしたんだ女ぁ!!」


 気を失っていたはずのゴードンさんは、恐ろしい剣幕で立ち上がり、私目掛けて手を伸ばしてきた。


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