91. 悪い予感と良い予感
三人組の代表者の男性――ゴードンさんは、かなりの大荷物を部屋に置くとすぐに冒険者街に戻ると言い出した。
「南街区で飲むんですよ。うまい店があるって聞いてるんでね。帰りは夜中になるけど、金はもう払ったんだし、それぐらい別に問題ないよね?」
「……ええ、大丈夫です。お気をつけて行ってらっしゃいませ」
すでに合鍵は渡している。
コクランさんたちも用心棒の依頼で帰りが遅いので、ゴードンさんたちにも例に漏れず同じように説明をした。
「ほんとなら宿で飲みたいところだけど、ここは酒を注いだりはしてないんでしょ? ほかに年頃の女の子もいないみたいだしさ」
「そうだよ。店主さんは若いのに、そういうことはしてくれないの?」
「オレたちは全然アンタでもいいんだけどさー」
「申し訳ございません。そういったことは……」
「ああ、いいよいいよ。部屋さえ借りれればそれで。じゃあ、どうぞよろしく」
ひらひらと手を振ったゴードンさんは、後ろに連れの二人を引き連れてペンションを出ていった。
私は最後まで笑顔を浮かべていたが、出入口の扉が閉まった途端にみるみる表情が崩れ落ちる。
「…………やられた」
三人組がペンションにやって来て出迎えた直後は、ゴードンさんも愛想の良い人という印象があった。ほかの二人は口を閉ざして私とゴードンさんのやり取りを見ていただけだったし。
なのに料金を払い部屋の鍵を受けとるや否や、その態度がひっくり返った。
特に重大な問題になるような振る舞いを取られたわけではないし、何かが起こったわけではないものの、あの圧を加える感じは少し嫌な予感がしてならない。
そう、これはただの勘である。確証のない勘。
だけど、こういうときの自分の予感というのは、馬鹿にならないと思う。
卵売りの女将さんが言っていた内容を思い出す。
――武器を所持して宿の主人を脅し、複数人、未払い、用心棒がいない宿を狙っていた。
「……まさか」
いやいや、さすがに極端すぎる。
いくら不自然に感じたからといって、東街区で問題を起こした人たちとゴードンさんたちを繋げるのは失礼だ。前払いだから一泊分の素泊まり料金はいただいたわけだし。
それでも何かが起こってからでは遅い。
あんまり、使いたくはなかったんだけど。
私はゴードンさんの名前が書いてある記入紙の左上に赤いインクで『△』と記す。
これは少し様子見という意味合いのマークで、いわゆる注意すべきお客様用にあるものだった。
「うーん……あれはちょっと、わからなかった……」
受付カウンターに肘をついた私は、細々としたため息を吐いてしまう。
表面の態度だけでは、さすがに善し悪しの見分けはつかない。人の心の内側を読めるわけがないのだから。
だからこそ、日々接客をしていく中で常に気をつけなければならないことだった。
――とはいえ、いくら気になる態度の変化があったからといって、この段階で怪しんでもどうすることもできない。
卵売りの女将さんの話があって、タイミング良く気になるお客様が現れたってことで、過敏になっている部分もあるのだろうし。
ひとまず、いまは食堂に戻らないと。
この時間に食事を摂っているのは、エカテリーナさんとフートベルトさんの二人組。
コクランさんとキーさんは、今日も北街区で用心棒の依頼があるため、すでに早めの夕食を済ませてもういなかった。
ポンタさんは絵の追い込みをしているらしく、作り置きを頼まれているので準備するとして。
今夜のメイン料理は、白身魚の蒸し焼きと季節野菜の蒸し煮。それを提供してから時間も経っているので、そろそろ食べ終わる頃合いだろう。
デザートがフルーツの盛り合わせのため、早く厨房で切り分けなければ。
***
「お待たせいたしました。夏季限定フルーツ盛りです」
熟した果肉をくり抜いたパインの皮の中に、パウパウやサポン、フィーグといった夏果実を詰め合わせたものを、二人のもとに持っていく。
「はぁー、これまた豪勢だ」
「朝食のときも思いましたが……この宿では、毎回こんなに凝ったものを出しているのですか?」
飾り付けが珍しかったのか、エカテリーナさんは両眉を上げて質問してきた。
「凝ったものをというよりは……私ができる範囲で作れるものをご提供させていただいています」
「メニューはすべて、店主さんが考えているのですか?」
「考えるといっても既存のレシピから選んだものが大半ですよ。朝食はある程度日替わりでメニューが決まっているんですけど、夕食は長く時間を割けるので、全体の料理やデザートにも力を入れています」
エカテリーナさんは熱心に耳を傾けている。
彼女の正面に座ったフートベルトさんもフルーツを食べながら聞いていたが、ふと視線がカウンターに向けられた。
カウンター内では、カノくんとシュカちゃんが黙々とグラスや皿を拭いている。
「おーい、そこの二人。ちょっと俺と話そうぜ。とって食ったりしねーからさ」
フートベルトさんに声をかけられた二人は、同時にびくりと両耳を立てた。
「カノくん、シュカちゃん。せっかくだから……少し話す?」
呼ばれた当人たちは「なぜ自分たちを?」という顔をしてこっちを見ているけど。
かくいう私も、実はかなり驚いている。
レリーレイクに来てからというもの、亜獣人に自ら進んで話しかける人間を見かけたことがなかったから。
でも、この二人はおそらく亜獣人に偏見のない人たちで、間違いない。
「……話って、なんですか。なにか、粗相でも」
「いや? 随分と警戒させてるから、そんな悪いやつじゃないって知ってもらおうと思ってさ」
笑いながら言ったフートベルトさんに、カノくんは気まずそうに唇を噤んだ。
そりゃ、伝わっちゃってるよねぇ……隠せるものでもなかったし。
「カノ、だっけ。なんか俺の友達と似てるんだよな」
「……人間と、オレが?」
「あー、人間ではないな。そいつ、猫の亜人だから」
「亜人? 亜人が、友達?」
さらっと言ったフートベルトさんに、カノくんとシュカちゃんは目を見開いた。
「ああ、俺の友達だよ。だからなんつーか、ずっと警戒されっぱなしなのも嫌でさ。我慢できなくて声掛けたわけ」
「は、はあ」
砕けた口調で話すフートベルトさんに、カノくんはたじたじになっている。
友好的な反応に慣れていないのか、同じく隣に立つシュカちゃんは、無意識にカノくんの服を掴んでいた。
「フートベルト」
「なんすか?」
「……はぁ、何もない」
難しい顔をしていたエカテリーナさんは、フートベルトさんのケロッとした顔を見て仕方なさそうに肩を落とす。
そしてフートベルトさんは気にした様子もなく、カノくんとシュカちゃんに人懐こい笑顔を向けて言う。
「この宿、いいところだな」
すると、カノくんがまた口を開いた。
「…………。正確には、ペンションっていうんですけど」
「え、なんて? ション?」
「……ペンションですっ」
ぼそりと呟いたカノくんの声が聞き取れなかったフートベルトさんに、シュカちゃんがもう一度教えた。
「ああ、ペンションね、ペンション。それで、ペンションて?」
「ペンションっていうのは――」
再度、ぽつりぽつりとカノくんが言葉を重ねる。
その様子に、私の視線は釘付けになっていた。
「すみません。連れが、図々しい真似を」
「……いえ、むしろ感謝したいくらいです。本当に」
「感謝、ですか?」
「二人があんな顔をして、自分たちから人間と話そうとしているところを見たのは、初めてなんです」
そこにははっきりとした戸惑いがあったけれど、それだけではないと感じた。
恐る恐ると、けれど今までと違った様子でフートベルトさんと話す二人を見て、私はそう思ったのだった。




