【コミカライズ記念】はじめての飛行術
このたび
「黒魔女さんのペンション経営」改め「異世界でペンション始めました。〜世界で唯一の黒魔女ですが、この力はお客様のために使います。」のコミカライズが決定いたしました。
こちらの可愛らしいイラストは、作画の野宮けい先生によるものです。本当に素敵です…!
いつもこちらの作品を読んでくださった皆様、ありがとうございます!
最近ようやくリアルが落ち着きまして、本編も更新に向けて色々と新たに練っております。
今回はコミカライズ記念ということで、幼少ルナンのちょっとした小話を書きました。
「黒魔女さん」改め「異世界ペンション」を、これからもどうぞよろしくお願いいたします!
あれは六歳の頃だった。
偶然にも師匠を召喚し、それから一ヶ月が経過したぐらいのときである。
「そろそろ月の魔力が体に馴染んできたんじゃないのか。ほれ、試しにその箒で浮いてみろ」
「え? その箒って……これで?」
それは普段、私が掃除用に使っている箒だった。
私は魔女術の修行をする際、人目を避けるため近くの森まで移動している。
今夜もそうだ。
ひとついつもと違ったことといえば、出かけ間際に師匠から「箒を持って行け」と言われたことだった。
「掃除で使ってる箒だけど、これで飛べるの?」
「飛行には少しばかり穂先が頼りないが、今はそれで事足りるだろう。ほら、浮いてみろ」
「いやいや、急に言われても……」
持ち手をきゅっと掴みながら、私は無茶ぶりが過ぎる師匠に目を向ける。
「おい、ルナン。始める前から腰が引けておるぞ。なんだ、空を飛んでみたくはないのか?」
「それは飛んでみたい!」
「ならば、まずは手に持って箒に魔力を流し込んでみろ」
「う、うん。わかった」
私は言われた通りに箒を両手で持ち直し、体内の魔力を流し込んだ。
この一ヶ月、月が出ている晚は欠かさずにおこなっていた月光浴のおかげで、私の体には少しずつ魔力が溜まり始めていた。
とはいえ、初めの二週間は月の魔力を体に取り込むという感覚が掴めず、扱いに苦労したものだ。
「ええと、魔力……流し込めてるよね?」
「ああ、まあよかろう。初めてにしては上出来じゃ」
「へへ、やった」
「まったく、言ったそばから気を抜くな。集中じゃ、集中」
指摘を受けながら箒に魔力を流し込み、いよいよ持ち手に跨る段階になる。
言われた通りにいそいそと跨ったとき――ふと、魔力を流した箒と自身が、一体化したような心地になった。
「――え?」
気づいたときには、私の足裏は地面から離れていた。
今までにない浮遊感と、全身で風を切る心地に思わず声をあげる。
「と、飛べてる!? 師匠、師匠!」
「飛んでいるというより、浮いている、じゃな。このまま上に進み続けたら、月まで行ってしまうんじゃないか?」
持ち手の先端に器用に乗った師匠が、くつくつと喉を鳴らして言った。
「上? 上って……」
浮いたことに感動してばかりでわからなかったが、地上との距離がかなり遠のいていることに今更ながら気がついてしまう。
月明かりに照らされた故郷の村と、どこまでも広がる山々と森林。
この薄明かりでは景色を隅々まで見渡せることができないけれど、その高さに唖然とする。
「た、たた――高いっ!!!!」
ひやりと背筋に寒気が漂った瞬間、私の体は一直線に急降下を始めた。
ひゅるるる、と激しい風音が耳に入り込んでくる。
私の情けない悲鳴が上空に響き渡り、あれだけ遠のいていた地上との距離が狭まっていく。
このままでは間違いなく落下して終わる。二度目の人生、終わってしまう。
「こら、ルナン。なにをしとるんだ、死ぬつもりか。正気を保って姿勢を正せ」
「た、正してる! 正してるよ!」
「背中を丸めてなにを言っとるんだ」
ぺしりと、師匠の長い尻尾が震える手首を叩く。
このまま箒の持ち手にしがみついていたいけれど、それでは埒が明かない。
私は半泣きになりながら上体を起こし、背筋を伸ばした。
「いた、いたたたたっ」
しかし、ほんの一瞬持ち直すのが遅かった私の体は、落下の速度を抑えられたものの、森の木々目掛けて盛大に突っ込んでしまう。
地面に叩きつけられなかったのは、緑を生やした木々が私を守ってくれたからだった。
「……枝と葉っぱが、クッションになってくれたんだ」
目眩を起こしながらも、私はどうにか状態を確かめる。
『ルナン!? どうして空から落ちてきたの!?』
近くの枝に巣を作っていた鳥が、突然空から現れた私に声をかけてきた。
「ご、ごめんなさい。寝ているところを、邪魔しちゃって……」
騒がせてしまったことを詫びながら、私は太い枝に移動して衝撃をやわらげてくれた枝葉の様子を見る。
ああ、よかった。どこも折れていない。
少し葉っぱを散らしてしまったものの、ひとまずほっとする。
「怪我はしてないか、ルナン」
「うん、なんとか……」
同じく近くの枝の上に避難していた師匠が、涼し気な表情でこちらを見ていた。うん、師匠もなんともなさそうだ。
そして垂れ下がった尻尾を左右に揺らし、心底可笑しそうに笑っている。
「どうだ、はじめての飛行術は」
「…………浮いて、落ちただけって感じ」
「嫌になったか?」
「ううん、まだ始めたばっかりだもん。次はもっとうまくやりたい!」
「いい心がけじゃ」
私のありのままの感想に、師匠は再びけらけらと笑う。
うまく飛ぶにはまだまだ修行が必要だな、と言った師匠は、なんだかとても楽しそうだった。




