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87. 男女二人組



 夕食後。

 コクランさんとキーさんは、これから夜の冒険者街に向かうとのこと。

 受付カウンターに用事があった私は、外に出る彼らとロビーまでお供した。


「北街区で用心棒ですか。やっぱり街が繁忙期に入るとそういった依頼が増えるんですね」


 大市場祭の影響で人の出入りが大幅に急増する。

 そのため冒険者街にある宿屋や娼館など、夜営業をしている店は防犯やトラブル避けのため見張り役を強化しているらしい。

 コクランさんとキーさんが受けたという用心棒の依頼もまさにそれだった。

 

「コンはお留守番なんですね」


 グランは一緒について行くようで、私たちの前を小さな体で走っている。

 夕飯を食べ過ぎていたし、まるでカロリー消費をしているみたい。


「連れて行っても問題はないけど、コンは寝るのが好きだからさ。あの子が眠りたいって言ってるときは寝かせてるよ」

『コンってオレより寝坊助だよね』

「……寝ぼけ具合を言うならば、お前も人のこと言えないだろう」

『えー、そうかな』


 グランがコンに対して「やれやれ仕方ないなぁ」という口ぶりをすれば、すかさずコクランさんが意見を唱えた。

 そういえばグランはこのペンションに初めて泊まったとき、寝ぼけて廊下を徘徊していたっけ。

 思い出すとなかなかに強烈な対面で、その会話を盗み聞きながら思わず心の中で笑ってしまった。


 用心棒の件は、カノくんとシュカちゃんにもあとで知らせておこう。情報共有は大切。


「おそらく帰りは夜中になると思うが……部屋に戻るときはなるべく音を立てないように気をつける」

「お心遣いありがとうございます。その時間帯は施錠してしまっていると思うので、入口用の鍵を使ってくださいね」

「ああ、わかった。それにしても……店主はほかの宿のように用心棒を雇わないのか?」


 一度穏やかに口元を緩めてうなずいたコクランさんが、私を見下ろして言った。


「用心棒を雇うかは……少し様子見といった感じです。この辺りは街の中心部のようにいつ何時も人が行き交っているわけではないので」


 実のところ防犯の面は、まだ魔女術で事足りていると考えていた。

 それに夜間や外出時は、ペンションを狙って攻撃しようだとか、敵意ある人が敷地内に足を踏み入れようとすれば境界線で察知できる。

 危険だと判断した場合、師匠が報せてくれることにもなっていた。


 だから今のところは問題ないのでは……と思っていたのだけれど、客として利用する側からすると心もとないのだろうか。


 用心棒がいるというだけで抑止力になるのはわかるんだけど……仮に雇ったとして、場所が場所だから緊急時以外は森の中にぽつんと立たせているようなものなんじゃ。

 街にある小さな宿屋も用心棒を付けないところはざらにあるというし。


「まあ、お嬢さんならいざという時に輩を追い払う(すべ)も心得てるんじゃないかな。違った?」


 コクランさんの隣を歩いていたキーさんが、ひょこっと体を前に傾けて私の顔を見てくる。

 魔術のことを言っているのだろうと、私は便乗してうなずいた。


 そうこうしてるうちにロビーに到着する。

 用心棒云々の世間話が終わったかと思うと、二人の視線は素早く入り口扉に向けられた。


「足音がする。二人組のようだ」

「ああ、そうみたいだね」


 そう言ってコクランさんとキーさんは、耳を同時にひょこひょこ動かす。

 自由に動き回っていたグランは、コクランさんの足元に近づくとおすわりの姿勢を取った。


『いる。違う匂いがふたつ』

 

 私は全く足音が聞こえないけれど、獅子のグランが反応を示して、亜人の二人が聞こえるというのだからそうなのだろう。

 

「この時間ですと、素泊まりのお客様でしょうか……」

「……」

「コクランさん?」


 コクランさんはただじっと扉を見据えていた。

 まるで待ち構えるように立ち止まるコクランさんの隣で、キーさんはほんのりと瞳を細める。


「へぇ、この足音……随分と独特だ」


 きっちりローブを羽織ったコクランさんとは正反対に、さらけ出したキーさんの尻尾の先がぴくぴくと不規則な動きを見せた。


「独特? それってどういう――」


 私がそう尋ねかけたタイミングで、入り口の扉が開いた。

 カランコロンと音が鳴り、外に広がる淡い闇を引き連れ中に入って来たのは、若そうな男女の二人組だった。


「こんばんは。ようこそお越しくださいました」


 笑顔を作って出迎える。

 しかし目の前の二人組の視線は、私ではなくコクランさんとキーさんに留まったまま固定されていた。


 私の中で若干の緊張が走る。

 男女の二人組は、どちらも薄灰色のローブを腕に掛け、腰には剣を差していた。

 姿だけで判断するのなら、この二人組は人間である。

 

「失礼いたします、お客様。よろしければロビーまでお入りくださいませ。お疲れのようでしたら腰掛ける場所もご用意しておりますので」

「あ……」


 私の存在に初めて気づいた様子で、二人組のうち長い髪を高い位置に結った女性が瞳を瞬かせた。


 そんな彼女の反応をすかさず確認する。

 亜人であるコクランさんとキーさん、そして契約獣のグランを見ても、嫌悪感を抱いてはいないようだけど。


「っ、失礼。実は二日ほど滞在したいと考えているのですが、二部屋空いていますか?」


 入って来た直後とは打って変わり、女性は柔らかな笑みを浮かべた。

 そして背後に立つ男性に目配せをしたあと、私の元に歩いてくる。


「はい、空いております。お一人ずつのご利用ですね。差し支えなければあちらのカウンターで当宿の説明をさせていただきたいのですがよろしいでしょうか?」

「構いません。お願いします」

「ありがとうございます。カウンターに記入紙がございますので、そちらのご記入もよろしくお願いいたします」


 二人組を受付カウンターへと誘導する。

 最初はコクランさんとキーさんに関心を持っていかれていたようだけど、今は気にした素振りもなく彼らの横を通り過ぎていた。


「新しいお客も来たようだし、ぼくたちも行こうか、コクラン」

「……そうだな」


 受付カウンターに移動した二人組を密かに観察していた彼らも、そろそろ予定の時間が迫り動き出す。


「行ってらっしゃいませ。どうかお気をつけて」

「ああ、ありがとう店主。行ってくる」

「お気づかいどーも。またね、お嬢さん」

『ルナン、ばいばいー』


 三者三様に返ってきた言葉。

 その場で軽くお見送りをしたあとで、私は受付カウンターへ急いだ。

 ……って、キーさんが呟いていた足音が独特って、結局なんだったんだろう。


「お待たせしてしまって申し訳ございません。それではまず記入紙のほうから――」

「……すっげ、ほんとに契約獣までいんだ」


 少しタレ目な印象を受ける男性の口から、思わずこぼれたような言葉が漏れる。

 カウンターから顔を背けた彼の視線は、入り口扉に注がれていた。

 すでに出ていったコクランさんたちのことが気になっている様子だ。


「おい、こらっ」

「うぐっ、いってぇ! いきなり何するんすかっ」

「思ったことが声に出ているのに気が付かないのか。失礼だろう」

「だからって、そんな肘で突くことな――」


 女性に肘で追加の一撃を加えられた男性は、声にならない声をあげる。

 ええと、そんな光景を目の前で繰り広げられても私としては困るんだけど。


「先ほどのお客様方が、どうかされましたか?」


 空気を読みながら聞いてみると、二人組はこちらに顔を向けた。

 何か尋ねたそうにしているのがひしひしと伝わってくる。


「彼らは……亜人でしたが、こちらは亜獣人宿泊可能な宿ということで間違いはありませんか」

「はい。種族関係なく宿泊を受け付けております」

「なるほど。やはり聞いていた通りですね」

「当宿を、どこかで耳にされたのですか?」

「ええ。冒険者街にいる屋台の女性から。どこか勧めの宿がないかと訊いたところ名前が上がりまして」


 屋台の女性……まさか、卵売の女将さんじゃ?

 どちらにせよ『月の宿』を紹介したということは、ここが亜獣人宿泊可能な宿だと前もって聞いたのだろう。


 さっきタレ目の男性が「ほんとに契約獣までいんだ」と言っていた理由が何となくわかった。

 扉を開けた直後の反応も、半信半疑だったけれど来てみたらお客として亜人も契約獣もいたので少し驚いてしまった、ということなのかもしれない。


「それでこちらにお越しくださったのですね。ありがとうございます。紹介が遅れましたが、私はこの『月の宿』の店主をしておりますルナンと申します」


 今のところ二人組の反応は悪いものでもなかった。

 亜獣人宿泊可能というだけで最悪利用を避ける人もいるみたいだけど。


「丁寧なご挨拶痛み入ります。是非ともこちらに宿泊させていただきたい。どうぞよろしくお願いします」


 女性は深々と頭を下げた。

 こんなに丁寧な口調と所作のお客様は珍しいと思う。


「それでは記入紙を確認いたしましたら、館内等の説明に入らせていただきますね」


 そして、受け取った二人の記入紙を見た私は、あることに気がついた。


 髪型をいわゆるポニーテールにした女性の名がエカテリーナさん。

 タレ目で脇を突かれていた男性の名はフートベルトさん。

 

 二人とも任意としている『出身または居所』の欄に『シェルミア』と記入していた。

 シェルミアとは、レリーレイクを所有するリュアーシ王国王都の名称。


 服装や雰囲気から全く旅人臭がしないと思いきや、どうやらこの二人組は、王都から来たお客様らしい。



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